修正された速度・状態摩擦則(修正RSF)を用いた地震サイクルシミュレーション

亀 伸樹・藤田 哲史・中谷正生・日下部哲也

Tectonophysics (2012), http://dx.doi.org/10.1016/j.tecto.2012.11.029

修正された速度・状態摩擦則(修正RSF)を用いた地震サイクルシミュレーション

地震は断層の滑り現象ですから、岩石摩擦を理解することは地震研究の根本です。実際、地震の多種多様な局面は、岩石摩擦の性質から説明できるようになりました。岩石実験から見いだされた摩擦のすべり速度と摩擦状態への依存性は、速度・状態依存摩擦則(略称RSF)として方程式の形にまとめられました。RSFは地震発生サイクルシミュレーションに適用され、地震に先行するプレスリップ・地震発生後のアフタースリップ・サイクル中に生じる断層面の強度回復と弱化の見積もりなど、地震発生に関する多くの知見が得られてきました。 しかし、RSFの従来の式は、実験を必ずしも完全に再現できない欠点がありました。本研究は、欠点が全て解決されたNagata et al. (2012)の「修正されたRSF」を用いて地震サイクルシミュレーションを見直しました。バネ・ブロックモデルを用いて周期100年、応力降下量20MPa、すべり量4.5mの地震サイクルを模擬し、従来の欠点のある摩擦則との結果と比較したところ、以下の相違が見つかりました。 ・地震発生に2〜3年先行する強度低下量は従来の摩擦則による予想より大きくなる(図1)。 ・この間のプレスリップ量は二つの摩擦則による違いはなく、ほぼ同じ大きさになる。 ・100年の長期地震サイクルにおける断層強度の回復から低下への転換点は、従来の摩擦則では地震発生数年前であるのに対して、修正摩擦則では地震サイクル前半で早くも生じる。 また、この強度低下量を地震先行現象として観測可能かどうか検討したところ、1〜100Hzの周波数帯域で強度変化に比例する透過波の振幅が期待できることがわかりました。

図1地震サイクルシミュレーションの結果の比較。地震発生時刻をt=0として、前後の計3年間の滑り速度・応力・強度の変化を示す。滑り速度(黒線)と応力(緑線)は、ほぼ同じであるのに対して、強度低下量は76MPaと非常に大きくなる。

余震発生モデルにおける修正された速度・状態摩擦則(修正RSF)の効果

Tectonophysics (2012), http://dx.doi.org/10.1016/j.tecto.2012.11.028

亀 伸樹・藤田 哲史・中谷正生・日下部哲也

余震発生モデルにおける修正された速度・状態摩擦則(修正RSF)の効果

 地震は断層の滑り現象であり岩石摩擦の性質からその多種多様な局面を説明できます。これまで、岩石実験により摩擦のすべり速度と摩擦状態への依存性が調べられ、速度・状態依存摩擦則(略称RSF)として方程式の形にまとめられました。 RSFを用いて余震発生をシミュレーションすると、本震発生による余震発生率の増加とその後に生じる大森則に従う時間減衰が説明できますが、岩石実験からの発生率の予測値は地震観測データより非常に低くなります。実は、従来の摩擦則は実験データを完全には再現できない欠点がありました。我々は、この欠点が予測値が合わない原因ではないかと考え、欠点が全て解決されたNagata et al. (2012)の修正された摩擦則を用いて余震発生モデルを見直しました。 本震が発生して応力が突然上昇した場合の、個々の余震断層における地震発生をバネブロックモデルを用いて調べました。従来の摩擦則では、地震発生時刻は全ての余震断層において早められ、これにより余震発生率が高まります。一方、修正された摩擦則では、私たちの感覚とは全く反対に、一部の余震断層で地震発生時刻が遅くなることがわかりました(図1)。これは、普段は地震を起こしていた断層が、応力の急上昇が有った場合に、ゆっくり滑りを起こしてしまうからです。 このゆっくり滑りが本当に起きるのか、本研究の理論的な予測の有効範囲を、実験で確かめる必要があります。もし、実際に起きるとすれば、ゆっくり滑りの発生により、修正された摩擦則では余震活動の時間減衰が従来のように一定でなく急に減った後に元に戻るがことが予測されます(図2)。これが実際の地震でも起きているのか地震観測データで確かめる必要があります。また、当初の研究の動機であった余震発生率が低く見積もられる問題点は、修正された摩擦則を用いても根源的には解決されないことがわかりました。 図1 応力の上昇に対して生じる2つの対照的なすべりの反応。本震が起きなかった場合(黒)を基準にとり、従来の摩擦則では地震発生が早まる場合(赤)しか起きませんでしたが、修正摩擦則では地震発生が遅れる場合(緑)も起きることみつかりました。

 

 

 

 

図2:5つの異なる本震による応力上昇値に対する余震発生率の時間変化のシミュレーション結果。(a) 従来の摩擦則の場合、(b) 修正摩擦則の場合。

2014年02月01日インドネシア、シナブン山の噴火【2月4日更新】

ウェブサイト立ち上げ:2013年2月4日

インドネシア・スマトラ島北部に位置するシナブン山が、2月1日の午前に噴火。


火山噴火予知研究センターのHPでも情報を更新しています。

火山噴火予知研究センター:2013-2014 年シナブン火山(インドネシア)の噴火について【最終更新日2014年2月4日】


シナブン山の2013 年〜2014 年の噴火活動

インドネシア,北スマトラに位置するシナブン火山は,2010 年8 月,9 月に有史 以来初めての水蒸気爆発を起した。その後,2013 年9 月に入って再びマグマ水蒸気 爆発が開始し,同年11 月にかけて,噴煙高度が5kmに達する激しい噴火活動続けた。 11 月中旬からは火山灰中にマグマ物質の混入が認められ,11 月23 日のブルカノ式 噴火では北東部に軽石が放出された。また,この噴火では噴煙が崩壊して小規模な火 砕流が発生した。その後,噴火活動は見かけ上は停滞したものの,山頂部の膨張・崩 壊が続き,12 月下旬から山頂火口に溶岩が出現し始めた。

Fig. 1. Easterly view of erupting Sinabung volcano on 25 January 2014 (S. Nakada). Fig. 1. Easterly view of erupting Sinabung volcano on 25 January 2014 (S. Nakada). Fig. 2. Andesite lava flow extending on the SE slope of Sinabung volcano. Taken on the early morning of 25 January (S. Nakada). Fig. 2. Andesite lava flow extending on the SE slope of Sinabung volcano. Taken on the early morning of 25 January (S. Nakada).

sinabung_fig3a

Fig. 3. Relatively small pyroclastic flows on the SE slope of Sinabung volcano. Taken on 25 January 2014 (S. Nakada) Fig. 3. Relatively small pyroclastic flows on the SE slope of Sinabung volcano. Taken on 25 January 2014 (S. Nakada)

山頂火口の溶岩はドーム状に成長し,12 月30 日から南東斜面へ崩落し始め,火砕流となって南東斜面を流れ下った。溶岩ドームは崩落を繰り返しながらも成長し南東斜面の上を伸び,1月下旬には水平距離1km を超す溶岩流となった(Figs. 1 and 2)。溶岩の崩落は一日数十回程度の発生を続けており(Fig. 3),比較的規模の大きな崩壊は1 月7 日,11 日,21 日,2 月1日などに起こった。2 月1 日の崩壊で発生した火砕流の流走距離は4.5km で,山頂から5km 以内の警戒区域に入域していた地域住民16 名が犠牲となった。

現在,発生している噴火活動は,9〜10 世紀の火山活動と,場所や規模も含めて,酷似した噴火である(Fig. 4)。また,雲仙普賢岳やカリブ海モンセラート島のスフリエールヒルズ火山とも酷似した噴火であり,溶岩流の形成と崩壊による火砕流発生が,比較的長期にわたって継続するものと考えられる。

Fig. 4. Comparison of distribution of pyroclastic-flow deposits in January 2011 with that of the 9 to 10th Century eruption. Approximate location of lava flow in late January 2014 is also shown. Fig. 4. Comparison of distribution of pyroclastic-flow deposits in January 2011 with that of the 9 to 10th Century eruption. Approximate location of lava flow in late January 2014 is also shown.

マグマの化学組成2013 年から噴火を繰り返しているマグマの組成は,11 月23 日噴火の軽石や1月11日に回収された火山灰中の溶岩片の分析結果によると,9〜10 世紀の噴火と似た角閃石安山岩であり,後者に比べてやや珪酸分に乏しい。今回の噴火だけでも組成にばらつきが認められる。

Table 1. Chemical composition of juvenile pebbles of the 11 January 2014 pyroclastic-flow event, pumice of the 23 November 2013 vulcanian event, and the 10th Century lava.

SiO2 TiO2 Al2O3 FeO* MnO MgO CaO Na2O K2O P2O5 11 Jan. 2014 58.1 0.71 18.3 7.09 0.16 2.92 8.05 2.95 1.70 0.12 23 Nov. 2013 58.9 0.71 17.9 6.78 0.15 2.84 7.73 2.97 1.86 0.13 AD 800-1000 59.7 0.71 17.6 6.58 0.15 2.86 7.37 2.99 1.93 0.13

* Total iron as FeO.

 東京大学地震研究所では,京都大学防災研究所,同理学研究科や北海道大学理学研究院,および,インドネシア火山地質災害軽減センターと共同して,噴出物や地形の現地調査,火山灰を含む噴出物の分析を,2010 年12 月から実施している。地質調査に基づき,将来の噴火予測に関する噴火シナリオを作成するとともに,噴出物に含まれるマグマ物質の連続観察を続けている。また,京都大学防災研究所と理学研究科では,2010 年の噴火以来,地震とGPS の連続観測をインドネシア火山地質災害防災局と共同して押し進めている。

2014 年2 月3 日(中田節也・吉本充宏)


シナブン火山の発達史

我々はシナブン火山の地質調査を2010 年噴火の直後に開始し,現在も噴火活動調査を継続中である。ここではその調査成果に基づきシナブン火山の発達史を簡単にまとめた。

約7 万4 千年前のトバ湖を作った超巨大噴火の後に成長したと考えられ る成層火山である(Fig. 2)。山頂は標高2,460m でトバ火砕流が作る台地( 標高約1,200m ) からの比高は1300m。有史の噴火記録はないが,2010 年以前のマグマ噴火は9~10 世紀の火砕流噴火であり,火山の南〜南東に噴出物が分布する(Iguchi et al.,2012)。2014 年の火砕流噴火は9〜10世紀の噴火とほぼ同じ推移をたどっている。

sinabung_eng_fig1a

Fig. 1. Index map of Sinabung volcano, Northern Sumatra, Indonesia. Fig. 1. Index map of Sinabung volcano, Northern Sumatra, Indonesia.

シナブン火山は,北西中腹まで基盤岩が露出する以外は,西側に分布する古期火山岩類と,中央部から東側に分布する新期火山岩類からなる(Fig. 3)(Iguchi et al., 2012)。山体を構成する噴出物には,プリニー式噴火によって生じる降下軽石堆積物が認められず,主に,溶岩流・ドームと火砕流堆積物,山体崩壊堆積物,および土石流堆積物からなる。特に,山頂部は厚い溶岩流(ないしドーム)か溶岩尖塔からなる。地形的に明瞭な溶岩流が複数山腹まで流れ下っている。火砕流堆積物は溶岩崩落型の火砕流で,山腹や山腹に広く分布する。小規模の山体崩壊堆積物が北東側山麓に分布している。9〜10 世紀の火砕流堆積物は,山頂から南東側に約1.5km 流れ下った先から分布しており,山麓の河川まで約4.5km の流走距離を持つ。 岩石は玄武岩質安山岩〜安山岩で,安山岩質のものは角閃石斑晶を含む。古期の火山岩類は新期の火山岩に比べてややK2O 量で飛んでいる(Fig. 2)(Iguchi et al., 2012)。 地質調査結果に基づき画いた,将来起こりうる噴火シナリオがFig.4(Yoshimoto et al., 2013)であり,2013 年9 月から始まった噴火はこのうち最も確度の高い推移のシナリオをたどっている。

Fig. 2. Geologic map of Sinabung volcano (Iguchi et al., 2012). Fig. 2. Geologic map of Sinabung volcano (Iguchi et al., 2012).

シナブン山の地質図。南東に扇状に広がる赤色部分が,一つ前の噴火(9~10 世紀)の火砕流堆積物。山頂付近には溶岩流(暗赤色)が分布している。

Fig. 3. SiO2-K2O variation diagram for Sinabung volcano (Iguchi et al., 2012). Latest pyroclastic flow deposits = 9~10th Century eruption. Summit dome and latest spine are strongly altered hydrothermally, such that they potted away from the main chemical trend. Fig. 3. SiO2-K2O variation diagram for Sinabung volcano (Iguchi et al., 2012). Latest pyroclastic flow deposits = 9~10th Century eruption. Summit dome and latest spine are strongly altered hydrothermally, such that they potted away from the main chemical trend. Fig. 4. Event tree of Sinabung volcano prepared in July 2013. The 2013 and 2014 eruption follows the high probability scenario in this diagram. From Yoshimoto et al. (2013). Fig. 4. Event tree of Sinabung volcano prepared in July 2013. The 2013 and 2014 eruption follows the high probability scenario in this diagram. From Yoshimoto et al. (2013).

今回の噴火前に作成したイベントツリー。確度の高い噴火シナリオ通りに推移している。

本研究は,地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)研究「インドネシア における地震火山の総合防災策」(2008〜2011 年)の一部として開始した。調査は, 京都大学,北海道大学,インドネシア火山地質災害軽減センターと共同で進められて いる。

文献

Iguchi, M., Surono, Nishimura, T., Hendrasto, M., Rosadi, U., Ohkura, T., Triastuty, H., Basuki, A., Loeqman, A., Maryant, S., Ishinara, K., Yoshimoto, M., Nakada, S., Hokanishi, N. (2012) Methods for eruption prediction and hazard evaluation at

Indonesian volcanoes. Journal of Disaster Research, 7, 26-36.Yoshimoto, M., Nakada, S., Hokanishi, N., Iguchi, M., Ohkura, T., Hendrasto, M., Zaennudin, A., Budianto, A., Prambada, O. (2013) Eruption history and future scenario of Sinabung Volcano, North Sumatra Indonesia, Abstract of IAVCEI Scientific Assembly in July 2013 (Kagoshima, Japan), Poster 4W_4D-P14.

2014年2月3日(中田節也・吉本充宏)

 

余震活動から描き出された2011年東北地方太平洋沖地震の大滑り域

加藤 愛太郎・五十嵐 俊博

Geophys. Res. Lett., 39, L15301, doi:10.1029/2012GL052220

余震活動から描き出された2011年東北地方太平洋沖地震の大滑り域

大きな地震が発生した際、大きく滑った領域(大滑り域)がどこまで広がったのかを正確に知ることは、隣接地域の大地震発生ポテンシャルの評価において重要な知見になります。2011年東北地方太平洋沖地震の発生時にも、その直後から、地震波、測地データや津波データを用いて、断層面上の滑り量の大きさや向きの時間発展が数多く推定されました。これらの研究結果を比較すると、宮城県沖の本震の滑りが始まった場所から海溝軸にかけての領域に、滑りのピークが存在する点は共通していました。しかしながら、大きく滑った領域の広がりは研究者によって異なっていました。

日本も含めた世界で発生した大きな地震後の余震活動は、大滑り域を避けてその縁辺部に集中するという報告が、近年、多数なされています。つまり、余震の発生数が少ない領域は、本震時に大きく滑った領域に対応する可能性があります。本研究では、この余震分布の特徴と大滑り域の相補関係を東北沖地震の余震活動に適用することで、東北沖地震発生時の大滑り域の広がりを推定することに成功しました。大滑り域の外側では、プレート境界面上のほぼ同じ場所で繰り返し発生する、小繰り返し地震も多数分布しています。この地震は、大滑り域から解放された応力によって、大滑り域の外側で余効すべりが駆動されていることを示すと考えられます。新たに定義された大滑り域は、既存の研究と同様に宮城県沖では広範囲に広がるものの、既存の研究に比べて複雑な形状を示しました。特徴的な点として、南側の福島県沖・茨城県沖まで伸びる細長い大滑り域の存在が明らかになりました。

 

図1 本研究により新たに推定された大滑り域(青色の実線で囲まれた領域)。プレート境界型の余震(本震発生後1年間)は、宮城県沖の本震の震央(黒色の星印)周辺から海溝軸にかけて発生頻度が極端に小さいことがわかります。一方この領域や、マグニチュード7以上の余震の断層面(青色の破線で囲まれた領域[Nishimura et al., 2011])を取り囲むように、余震活動が活発な領域が深さ約35kmよりも深い領域と、岩手・福島・茨城県沖の海溝軸に近い浅部に見られます。青色のひし形は小繰り返し地震の震央、赤色の実線はプレート境界型地震の西縁の位置、緑色の破線は太平洋プレート上面の深さ[Nakajima and Hasegawa, 2006]を表しています。

 

 

 

図2 大滑り域の広がりと既存の研究との比較。黒色と灰色の破線の位置は、測地データ解析[Iinuma et al., 2012]や,地震波,測地,津波データ統合解析[Yokota et al., 2011]によって推定された,滑り量が15m以上の領域を表します。5つの灰色の四角形は強震動を生成した領域 [Kurahashi and Irikura, 2012]、赤色の領域は高周波の生成した領域 [Koper et al., 2011]を示します。

庄内平野で観測された奇妙な微動

西田究・ 汐見 勝彦(防災科学技術研究所)

 JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH, VOL. 117, B11302

庄内平野で観測された奇妙な微動

 

2005年当時、大学院生と脈動と 呼ばれる海洋波浪が引き起こす地面の振動を研究していました。するとデータの中に奇妙な微動の信号が混じっていました。見つかった微動の周期は12秒程の ゆっくりとした振動です。冬に庄内平野の海岸線付近で発生し、一度発生すると数日微動の活動は続きます(図1 (a)に典型的な地震波形を示しています)。当初、冬の日本海は荒れているため、波浪が原因ではないかと考えました。波が海岸線に打ち寄せ、陸を叩き地震 波が発生していると考えたのです。ところが詳しく調べてみると、海の波では説明のつかない、二つの奇妙な観測事実が浮かび上がってきました。

図1: (a)典型定期な微動の記録(2004/12/6 の1時間分)。縦軸は微動源からの距離、横軸は時刻を表す。右上の地図には、微動源の位置と微動の振動方向を図示している。

一つめは、地震波がある一点で発生している点です。図1(a)に微動が発生した場所を星印で示しています。波が海岸線を叩いているのならば、海岸線にそって地震波発生するはずです。実際はそうなっていない。どうも海洋波浪では説明が難しそうです。

2つめは、Love波のみが観測されRayleigh波がほとんど観測されない点です。図1(a)の右の図は各観測点での波の振動方向を示しています。微道源(星印)と観測点(赤印)を結ぶ直線に対して直交する方向に振動している様子が分かります。言い換えると、微動源(星印)からLove波が発生していることを示しています。単純に考えるとLove波を発生させるためには、地球をねじる力が必要です。そのような力を現実的とは考えづらい。観測はしっかりしているのですが、どう解釈すれがよいかさっぱり分からない。2005年当時は解決の糸口もつかめない、というのが本当の所でした。

私の研究テーマのひとつは、とにかく地震計が記録する地面の動きの記録をひたすら見て、何か新しい現象を探す事です。そうすると、奇妙な現象が見えてくることがままあります。しかし多くの場合その場では白黒つかず、はっきりと現象を理解できないことが多々あります。そういうときには、分からないことは分からない事として、研究テーマの卵としてストックしておくことが大切です。研究の経験を積むと新たな視点から視界が突然開けることもありますし、新たな観測から新たな手がかりが得られることもあります。2005年当時、新たなテーマとして暖めておくことにしました。

2010年の秋頃、そろそろ研究を再開することにしました。まずは、本当に観測されたLove波を説明するために”ねじりの力”は本当に必要なのかを、考える事にしました。すると、一つ大きな落とし穴があることが分かりました。地表付近に数kmの厚さの堆積層(柔らかい層)が存在するので、堆積層の底に微動源が存在するならば観測された現象を説明できることが分かってきました(*1)。微動源の位置を精密に決定したところ、時期にかかわらず、最上川の河口のほぼ一点に決まりました(図2)。微動活動は冬に活発で、海が荒れている時期と一致していることも分かって来ました(図1(b))。色々な状況証拠から、最上川河口の堆積層の底に流体層が存在し流体の移動に伴い微動が引き起こされると、私たちは考えています(図2)。海が荒れるとそれが引き金となり流体の移動を引き起こし、微動が始まると推定しました。

この現象には、まだまだ謎がつきまとっています。まず、なぜ世界中で庄内平野のみ観測されるのか?かが依然大きな謎です。私は、日本国内でも、もう少し小規模ならば、同じ現象が起こっていると考えています。日本以外では地震観測網の密度が落ちてしまうため、この論文と同じ精度での議論は難しいのが現状です。しかし、その候補は存在します。例えばギニア湾には、1960年代の昔からこの微動に似た現象が知られています。アフリカは観測点が少ないのですが、ずっと大きい微動が発生しているために世界中で観測されているのです。しかし、いまだその原因については謎に包まれたままです。もしかすると、今回発見された新たな微動現象は世界的中に普遍的に存在している現象なのかもしれません。

図2: 上図は決定された微動源の位置。下図は、どうやって微動が発生しているかの模式図(上図の太線に沿った深さ断面)。

*1 もう少し詳しく説明すると、堆積層内のP波速度が、その下の地殻のS波速度と一致するために、波源が堆積層内にある場合にはLove波を非常に効率的に励起する事が分かってきました。

アセノスフェアの沈み込み:スラブ下地震波異方性からの証拠

Song, T.-R. Alex (IFREE/JAMSTEC),  川勝均

Geophysical Research Letters, VOL. 39, L17301, doi:10.1029/2012GL052639, 2012

 アセノスフェアの沈み込み:スラブ下地震波異方性からの証拠

プレートテクトニクスによれば,海嶺で生まれた海洋プレートはアセノスフェアの上を水平に移動したのち,日本海溝などからマントルの中に入り込むとされています.この沈み込む海洋プレートは“スラブ”と呼ばれ,その動きが海溝型の巨大地震を起こす主要要因ともなることなどから固体地球科学の重要な研究対象となってきました.一方スラブの下にあるアセノスフェアが,沈み込み帯でどのような役割を果たしているかはこれまであまり真剣に議論されてきませんでした.今回,世界の沈み込み帯における地震波異方性の解析結果を再解釈することで,スラブと一緒に100kmほどの厚さのアセノスフェアがマントル深部に引きずり込まれている証拠を示すことが出来きました.本研究は,地震波異方性の解析・解釈に重要な新たな視点を提供すると共に,沈み込みにおけるアセノスフェアの役割,アセノスフェア構成物質の岩石学・レオロジー的性質,地球全体の物質循環におけるアセノスフェアの重要性など固体地球科学全体に様々な新たな視座を提示する極めて重要な研究成果であると考えています.

図1:世界の沈み込み帯におけるスラブ下の地震波異方性の大きさ(縦軸)とスラブの沈み込み角度の関係.シンボルが観測値を示し,線がアセノスフェアの沈み込みにより予想される異方性の大きさ.50−150kmの厚さのアセノスフェアが沈み込むと考えると観測値を説明出来る.


【補足とより詳しい説明】

地震波異方性から見る世界の沈み込み帯(スラブ下の異方性)

地震波異方性とは,地震波の伝播速度が振動方向によって異なる(縦波であるP波の場合は振動方向と伝播方向が同じ,横波であるS波の場合は,振動方向と伝播方向は直交する)媒質の性質をいいます.地殻やマントルを構成する岩石は結晶レベルで見れば異方的な性質を持っていますが,ある程度の広がりを持った領域では平均化されて“等方的”にふるまうと仮定して解析するのが一般的です.しかしながら実際の地殻・マントルは広域的に見ても異方的になっていることはよく知られていて,その様子を明らかにするのは地殻やマントルのダイナミクスを理解する上で重要な情報を与えてくれます.マントルの主要構成物質である橄欖(かんらん)石は強い異方性を持つことが知られていて,剪断変形の方向にP波の伝播速度が速く,S波の場合は剪断方向に偏向した波が速く進むのが一般的とされています.例えばマントルで考えれば,剪断変形の方向とはマントルの流れの方向と考えて良いので,流れの方向にS波の速い偏向軸があることになります.

図2:地震波異方性とS波のスプリッティング 横波である偏光したS波が異方性媒質を通過すると,直交した偏光軸方向の2つのS波に分離し,それぞれの地震波が独立に伝播する.これをS波のスプリッティングとよび,2つの波の到達時間のずれから異方性の大きさを推定する(図はEd Garnero WEBより引用)

ところが世界中の沈み込み帯で沈み込むスラブの下側の異方性を解析した研究によると(Long&Silver, 2007, 2008),殆どの沈み込み帯ではS波の速い偏向軸は流れの方向(=沈み込みの方向)と直交し海溝軸に平行であることが示されています.既存の枠組みで考えると,このことは海溝軸に平行な流れがスラブの下にあることになり,これまでうまく説明されて来ませんでした.

図3:世界の沈み込み帯のスラブ下の地震波異方性(Long and Silver, 2009).矢印の方向がS波の速い偏光軸方向を示す.Cascadiaや南米中部などの一部の地域を除き,海溝軸に平行な方向が速い偏光軸方向となっている.

今回我々は,アセノスフェアの異方性の性質を細かく吟味し,鉛直軸を対称軸とする異方性(鉛直異方性)が強く(またその鉛直異方性がある条件を満たすとき),そのアセノスフェアが沈み込み帯でスラブ(海洋プレート)と共にななめに沈み込むことで,上に述べた海溝軸に平行なS波の速い偏向軸の存在が説明できることを示すことに成功しました.スラブ下で観測されているS波の異方性を説明するためには100kmほどの厚さのアセノスフェアが沈み込んでいる必要があり,これはもっともらしい厚さです.

我々が提示したアセノスフェアの異方性モデルは,表面波を使った地震波トモグラフィーから推定されているふつうの海洋下の地震波異方性とも調和的です.非常に簡単な幾何学的な考察から“スラブ下の異方性”が説明できたことは,我々のモデルの妥当性を強く裏付けるものと考えられますが,今後個別の沈み込み帯での詳細な異方性研究と比較することで妥当性をさらに検証していく必要があります.一方このモデルの妥当性が検証された場合,アセノスフェアの岩石の変形特性(レオロジー的性質)は,現在最も一般的に受け入れられているものとは異なることが要請され,マントル物質のレオロジー論に新たな展開を要請することとなります.

図4:スラブと共にアセノスフェアが沈み込む場合に予想されるS波スプリッティングの速い方向 上図: 鉛直軸対象な異方性を持つアセノスフェアが沈み込場合の模式的断面図 下図: 上図の場合により予測される,地上の観測点に入ってくるS波の速い方向を青線で示している(観測点から地中を見たような図になっている).解析に使われる地球中心核を通ってくる波(SKS波)は,観測点にほぼ真下から入射し,図では真ん中の白い部分に対応する.S波の速い方向はX2軸の方向となり,海溝に平行になる.

 

北海道で新たに発見された2004年スマトラ地震による誘発微動

小原一成
GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, doi:10.1029/2012GL053339, 2012
北海道で新たに発見された2004年スマトラ地震による誘発微動

巨大地震によって生成された大振幅の表面波が通過した際に、火山等の地域で微小地震が誘発する現象が知られています。これと同様に、西南日本の沈み込みプレート境界で発生する深部低周波微動についても、表面波の各位相に対応した非常に明瞭な誘発現象が検出されてきました。微動現象は、ゆっくりすべりに伴って起きることから、日本の他の地域、たとえば活断層深部などでも発生している可能性がありますが、通常は振幅が非常に微弱でノイズに埋もれやすく、またいつ起きるかわかりませんので、検出が大変困難です。しかし、大地震の表面波が誘発する微動については、発生する可能性のある期間が限定されますので、検出は比較低容易です。そのため、本論文では、日本全国を対象として、2004年に発生したスマトラ地震の表面波によって誘発された微動の有無を調べました。その結果、北海道北部の中頓別町、及び中部の南富良野町付近で、新たな微動活動の検出に成功しました。南富良野町の微動源は火山付近で、深さは20km前後と、もともと発生している低周波地震の震源に非常に近く、火山活動に関連した現象である可能性があります。一方、中頓別町の微動源は非常に浅い可能性があり、周辺には既存の地震活動や活断層は存在していません。表面波によって生じたひずみ場と比較すると、圧縮のピークのときに微動が発生していることがわかりました。微動源付近には鍾乳洞が存在することから、一つの推論としては、鍾乳洞のひとつが水で満たされ、圧縮力が最大になったときに水圧がピークに達し、壁面のクラックで水圧破壊が生じたのではないかと考えられます。


図1.本研究で検出された微動の位置(黄色い星印)。赤三角は第4紀火山、橙色の丸は低周波地震、黒線は活断層の位置を表わす。観測点コードが記された□は、図2に示す波形を記録した観測点である。右下に、解析に使用したスマトラ地震の震央と北海道への経路を示す。 図2.防災科学技術研究所高感度地震観測網Hi-net の観測点で記録された中頓別町付近の微動に対応した波形記録。上から3本は近傍の1観測点における変位に変換した上下動、Radial、Transverse成分波形、下4本は近傍の4観測点における4-16Hz帯域のバンドパスフィルター記録

北海道で新たに発見された2004年スマトラ地震による誘発微動

小原一成

GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, doi:10.1029/2012GL053339, 2012

北海道で新たに発見された2004年スマトラ地震による誘発微動

巨大地震によって生成された大振幅の表面波が通過した際に、火山等の地域で微小地震が誘発す る現象が知られています。これと同様に、西南日本の沈み込みプレート境界で発生する深部低周波 微動についても、表面波の各位相に対応した非常に明瞭な誘発現象が検出されてきました。 微動現象は、ゆっくりすべりに伴って起きることから、日本の他の地域、たとえば活断層深部な どでも発生している可能性がありますが、通常は振幅が非常に微弱でノイズに埋もれやすく、また いつ起きるかわかりませんので、検出が大変困難です。しかし、大地震の表面波が誘発する微動に ついては、発生する可能性のある期間が限定されますので、検出は比較低容易です。そのため、本 論文では、 日本全国を対象として、 2004年に発生したスマトラ地震の表面波によって誘発された微 動の有無を調べました。その結果、北海道北部の中頓別町、及び中部の南富良野町付近で、新たな 微動活動の検出に成功しました。南富良野町の微動源は火山付近で、深さは20km前後と、もとも と発生している低周波地震の震源に非常に近く、 火山活動に関連した現象である可能性があります。 一方、中頓別町の微動源は非常に浅い可能性があり、周辺には既存の地震活動や活断層は存在して いません。表面波によって生じたひずみ場と比較すると、圧縮のピークのときに微動が発生してい ることがわかりました。微動源付近には鍾乳洞が存在することから、一つの推論としては、鍾乳洞 のひとつが水で満たされ、圧縮力が最大になったときに水圧がピークに達し、壁面のクラックで水 圧破壊が生じたのではないかと考えられます。 図1.本研究で検出された微動の位置(黄色い星印)。赤三角は第4紀火山、橙色の丸は低周波地震、黒線は活断層の位置を表わす。観測点コードが記された□は、図2に示す波形を記録した観測点である。右下に、解析に使用したスマトラ地震の震央と北海道への経路を示す。 図2.防災科学技術研究所高感度地震観測網Hi-net の観測点で記録された中頓別町付近の微動に対応した波形記録。上から3本は近傍の1観測点における変位に変換した上下動、Radial、Transverse成分波形、下4本は近傍の4観測点における4-16Hz帯域のバンドパスフィルター記録