地球ニュートリノグラフィのデモンストレーション ―地球ニュートリノグラフィに使える反電子ニュートリノ方向検知技術

H.K.M.Tanaka & H.Watanabe

Scientific Reports: http://www.nature.com/srep/2014/140424/srep04708/full/srep04708.html

地球ニュートリノグラフィのデモンストレーション
―地球ニュートリノグラフィに使える反電子ニュートリノ方向検知技術―

成果概要
東京大学地震研究所で開発が進められている火山のミュオグラフィ技術と東北大学ニュートリノ科学研究センターの地球ニュートリノ観測技術を融合することで、地球内部を透視する地球ニュートリノグラフィに使える可能性のある反電子ニュートリノ方向検知技術を見出しました。本技術を使えば、破局噴火を起こす様な巨大マグマだまり、地球形成過程で局在化したコア・マントル境界の巨大不均質構造など新たな観測窓を開ける他、原子炉モニタリング、天体物理学への貢献などの波及効果も大きいことが予想されます。

成果内容
宇宙線に含まれる素粒子ミューオン(注3)を用いた固体地球のイメージング(ミュオグラフィ)は、東京大学地震研究所で2006年、世界初の実証が成されて以来、世界の名だたる活火山でミュオグラフィ観測が行われ、山体内部に潜むマグマの形成を視覚的にとらえるいわゆるレントゲン写真撮影において数々の成果が挙げられて来ました。また、地球内部の放射性物質を起源とする反ニュートリノ(地球ニュートリノ)(注1)は50年以上前からその存在が指摘されていましたが、2005年東北大学ニュートリノ科学研究センター主導の元進められているカムランド(注2)において、世界で初めて観測に成功し、2011年の結果では地球の熱源の約半分が放射性物質起源であることを実測で証明するなど、地球科学の理論に対して制限を与えることに成功しました。

しかし、地球ニュートリノは地球全体をも簡単に通り抜ける事が出来る高い透過性を持つ一方、その到来方向検知が出来ないという原理的問題があります。またミューオンは透過距離が岩盤にして数kmと限られてしまうので、火山浅部より深い地球内部をイメージングすることは出来ません。

今回、東京大学の田中宏幸教授と東北大学の渡辺寛子助教は、地球ニュートリノ観測で用いる液体シンチレータ(注4)にリシウム(注5)を添加することによって逆ベータ崩壊(注6)で放出される粒子の飛跡を従来より高い精度で決定できることに注目し、モデル計算、計算機シミュレーションを用いて飛跡決定精度を見積もりました。次に飛驒山脈の地下で測定された巨大な地震波低速度領域を巨大マグマだまりと仮定して、ミュオグラフィ解析技術を応用した計算機シミュレーションにより同手法の地球ニュートリノグラフィへの適用可能性を考察しました。

地震波低速度領域の直上で観測されているウラン(U)、トリウム(Th)濃度がマグマだまりのU、Th濃度と同じであると仮定して、神岡鉱山周辺における地球ニュートリノフラックスの余剰分を計算した結果、3キロトンスケールの検出器を用いることで、10年の観測で99.7%以上の統計的有意度でそれを検出できることを見出しました。また、マグマだまり内部のU、Th濃度分布もイメージングできることを示しました。地球形成時に生成され、地球のコアとマントルの境界に局在したと考えられている巨大地震波低速度領域(LLSVP)が作る地球ニュートリノのフラックスについても、その直上において今回仮定されたマグマだまりが作るニュートリノフラックスの余剰分と同程度と考えられるため、同領域のイメージングが有効であることが議論されました。

従来、困難を極めた地球ニュートリノの到来方向検知ですが、本研究からリシウムを添加した液体シンチレータ、高解像度撮像系、ミュオグラフィ解析技術の組み合わせは、ミュオグラフィでは到達できない深度の地球内部をイメージングすることで新たな地球の観測窓を開ける可能性を秘めていることが分かりました。この結果を発展させることにより、地球内部研究は多いに進み、固体地球科学全体に新たなパラダイムをもたらすことが期待されます。

図1 地球ニュートリノの方向検知性能の比較。地球ニュートリノはCos\theta=1の方向から入射している。液体シンチレーターにリシウムを添加することで方向感度が大きく向上する。詳細については論文参照(オープンアクセス)

*なお、本論文は、Open Accessであり、自由にダウンロードできます。また、著作権は著者らが所有しております。

用語解説
(注1)地球ニュートリノ:地球内部の放射性元素のベータ崩壊により生じる反電子ニュートリノをいう。
(注2)カムランド:神岡液体シンチレータ反ニュートリノ検出器(Kamioka Liquid Scintillator Anti-Neutrino Detector)の略でスーパーカミオカンデと比べて、低いエネルギーのニュートリノに感度がある。
(注3)ミューオン:素粒子の一種。電子と似たような性質を持つが、重さは電子の207倍、およそ100万分2秒で崩壊する不安定粒子である。
(注4)液体シンチレータ:荷電粒子が通過すると蛍光(シンチレーション光)を発する物質(シンチレーター)の内、液体のものをいう。
(注5)リシウム:白銀色の柔らかい金属。密度は金属の中ではもっとも低く水の半分程度である。
(注6)逆ベータ崩壊:中性子が陽子、電子、反電子ニュートリノに崩壊するベータ崩壊が逆転した反応。反電子ニュートリノが陽子と反応することで、陽電子と中性子を放出する。

 

職員研修会2014/01/24 写真1

毎年1月の下旬に開かれる職員研修会。主には技術職員同士の情報交換の場として、所外研修や技術発表、ポスター発表などを行っている。所内の職員研修会ではあるが、例年、京都大学、九州大学や北海道大学など、全国の大学から技術職員が集う。

詳細や参加登録は「技術部」⇒「研修運営委員会」のページへ:http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/kenshu_iinkai/

今年は所外研修として、国土地理院と、気象庁の地磁気観測所を訪れた。 写真は国土地理院のVLBI観測施設(つくば局)の見学風景。

JPGU2014

今年も日本地球惑星科学連合大会にて、地震研究所ブースを出展しました。 共同利用の案内(申請締切:5月23日)や、ニュースレターPlusの最新号を配布。

2014年3月公開講義『火山島の誕生と成長を探る!』『統計地震学の今』

3月29日、弥生講堂で開催。去年の秋に出現した西之島、その島に注目し続けてきた、火山噴火予知研究センターの前野深助教による『火山島の誕生と成長を探
る!』と、予測モデルの向上を目指すプロジェクトについて、地震火山情報セン
ターの鶴岡准教授による『統計地震学の今-日本における地震発生予測検証実験を例にして-』。この2つのトピックについて講義がされました。

【受賞】前田拓人 助教が科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞

前田拓人 助教が、平成26年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞しました。

「地震波と津波のモニタリングとシミュレーションの融合研究」が、高く評価されたものです。

業績名:地震波と津波のモニタリングとシミュレーションの融合研究

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田中宏幸教授らの論文がNature Communicationsに掲載

活動的な火山の内部を透視活写

―薩摩硫黄島のマグマの動きを動画で初めて捉えることに成功―

著者:Hiroyuki K.M. Tanaka*, Taro Kusagaya, Hiroshi Shinohara

Nature Communicationsに掲載
“Radiographic visualization of magma dynamics in an erupting volcano”
http://www.nature.com/ncomms/2014/140310/ncomms4381/full/ncomms4381.html

成果概要

火山の大規模噴火は時として社会のシステムに大きな影響を与えるため、高精度な噴火及び噴火推移の予測が重要である。これまでに、宇宙線に含まれる素粒子ミューオン(注1)を用いて物体を透視するイメージング技術(ミュオグラフィ)を用いて、浅間山、エトナ火山など世界の活動的火山の透視画像が得られてきた。しかし、これらは全て静止画像であり、流路内のマグマの時間変動をとらえることが不可能であった。

東京大学地震研究所の田中宏幸教授らは世界に先駆けてミュオグラフィによるマグマの上昇下降のレントゲン動画撮影に成功した。動画撮影には、火山の内部のマグマの動きを捉える検出器の信号対雑音比を100倍以上向上した、多層式ミュオグラフィ検出器の開発が鍵となった。新しく開発した検出器を用いて、2013年6月4日に噴火警報が発令された薩摩硫黄島内部のミュオグラフィ透視動画を撮影し、マグマ頭位(注2)の上昇と噴火が同期していることを確認した(図1)。

本研究の成果により、ミュオグラフィを用いたデータのリアルタイム動的処理による火山内部の3次元の高速可視化は、火山噴火の新たな噴火モニタリングシステムを提供するものであり、既存の噴火予測方法を高度化できると期待される。

成果内容

宇宙線に含まれる素粒子ミューオン(注1)を用いた固体地球のイメージング(ミュオグラフィ)は、1990年代に東京大学理学部で提案され、2006年に東京大学地震研究所の田中宏幸教授らが浅間山の透視を実現してから、急速に発展してきた。この研究は世界中の注目を集め、イタリアのエトナ火山、フランスのスフリエール火山、スペインのテイデ火山をはじめとする世界の名だたる活火山でミュオグラフィ観測が行われ、山体内部に潜むマグマの形状を視覚的にとらえるいわゆるレントゲン写真撮影において数々の成果が上げられてきた。しかし、火山の内部のマグマの動きをレントゲン動画として撮影するには、検出器の雑音レベルが高く、結果として時間分解能が低く、困難であった。

今回、田中宏幸教授らは雑音レベルを極限まで低減させるため、雑音となる放射線を選別・低減する多層式ミュオグラフィ検出器(カロリーメーター方式)の開発に成功した。検出器は6層の位置敏感検出器面とおよそ100放射長(注3)の厚みを持つ雑音遮蔽体(鉄、クロム及び鉛の混合体)から構成されており、粒子飛跡の再構築には検出器を直線的に通過した事象のみを取り出すアルゴリズムが採用されている。この検出器の開発により信号対雑音比が100倍以上向上した。

この低雑音・高感度ミュオグラフィ検出器を活動的火山に適用することにより、マグマ流路内の高い時間分解能でミュオグラフィを実施し、火山学的な対流・脱ガス・発泡を統一的に扱えることに成功した。2013年6月4日に噴火警戒レベルがレベル1からレベル2に引き上げられた薩摩硫黄島硫黄岳において、6月14日から噴火警報が解除される同年7月10日まで継続的にミュオグラフィ観測を行い、レントゲン動画を撮影した。ミュオグラフィ検出器がミューオンを受ける面積は約2平米、角度分解能は1.9度である。また、検出器は硫黄岳山頂からおよそ1.4km西に設置された。このような条件下で撮影された透視動画は気象庁による望遠観測(噴煙及び火映(注4))と比較された。結果、高さ400メートルの噴煙及び火映が観測された6月16日と200mの噴煙及び火映が観測された6月30日に顕著なマグマ頭位(注2)の上昇を撮影することに成功した。また、噴火が観測された両日から数日経た6月17日と7月2日にはマグマ頭位が200~300m下降し、火道内マグマ対流(注5)の定常状態に戻っていることが確認できた。

火山の大規模噴火は時として社会のシステムに大きな影響を与えるため、高精度な噴火及び噴火推移の予測が重要である。今回のレントゲン動画撮影の成功から、ミュオグラフィを用いてデータのリアルタイム動的処理によって火山内部を3次元で高速可視化することにより、火山噴火の新たな噴火モニタリングシステムへと進化する可能性を秘めていることが分かった。この結果を発展させることにより、火山浅部マグマの研究は大いに進み、火山科学のみならず固体地球科学に新たなパラダイムをもたらすことが期待される。

用語解説

(注1)ミューオン:素粒子の一種。電子と似たような性質を持つが、重さは電子の207倍、およそ100万分2秒で崩壊する不安定粒子である。
(注2)マグマ頭位:マグマ流路内におけるマグマ柱の先端部分をいう。
(注3)放射長:粒子が物質中で電磁波を中央の一点から周囲に放出することで自身のエネルギーをおよそ1/3に落とすまでに粒子が物質中を走る距離。
(注4)火映:火口中の火道上部に比較的高温のマグマまたは高温のガスが存在するとき、その上部に水蒸気や噴気があると、ふもとから見て火口直上が夜間、赤く映える現象。
(注5)火道内マグマ対流:地下深くのマグマだまりとマグマの出口である火口をつなぐ流路(火道)の間をマグマが上昇、下降を繰り返すことで対流が起きているような現象をいう。

図1 今回開発した多層式ミュオグラフィ検出器により撮影された、薩摩硫黄島内部の透視動画のサムネイル。マグマ流路が空の時は密度が低く(明るい色)マグマで満たされると、密度が高くなる(暗い色)。

図1 今回開発した多層式ミュオグラフィ検出器により撮影された、薩摩硫黄島内部の透視動画のサムネイル。マグマ流路が空の時は密度が低く(明るい色)マグマで満たされると、密度が高くなる(暗い色)。