3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a)ミュオグラフィ画像解析

高精細ミュオグラフィ画像自動診断による桜島火山活動状況の推移との相関評価を進めた。この噴火の推移に伴い、昭和火口の火道がマグマでプラグされた様子が透視画像に映し出された。この成果をベースとして、ミュオグラフィ画像を学習して、噴火判定を行う技術Mu-NETを東大病院と共同開発した。2020年度には、Mu-NETを用いて、2016年から2017年の間に記録されたミュオグラフィ画像を学習して、噴火判定を行った結果、この間に記録された画像と昭和火口からの噴火との間には密接な関係があることが見出された(南岳火口:AUC=0.678、昭和火口:AUC=0.726、その他の場所:AUC〜0.5)。成果を英ジャーナルScientific Reportsに発表した[2]。2021年度は日毎のミュオグラフィ画像データ(高解像度画像)を機械学習(CNN)することで噴火判定を導出する技術(MuNET-2)を開発した。昭和火口から南岳火口に噴火活動が移った2019年以降のミュオグラフィ画像にMu-NET-2を適用した結果、この間に記録された画像と南岳火口からの噴火との間に密接な関係があることが見出された(南岳火口 :AUC=0.761、昭和火口 AUC=0.704、その他の場所:AUC〜0.5)。

2022年度は本グループ(地震研究所)並びに日本電気、ハンガリー(素粒子物理学)、イタリア(火山学)、英国(火山学)、チリ(火山学)との共同研究においてミュオグラフィ連続観測データと衛星SARデータを組み合わせることで、桜島山頂付近の隆起/沈降と噴火の活発期/平穏期との間に負の相関が、また、山頂付近の隆起/沈降と火口底直下の密度の上昇、減少との間に正の相関がありそうであることを発見した。この発見に基づき、噴火の平穏期には、火道中に高密度のプラグが形成されマグマ性ガスがトラップ、圧縮されることにより山体が膨張する。反対に、噴火の活発期には、プラグが存在しないことからガスが抜け、山体が収縮すると結論づけられた(図3.8.5)。

(b) 多方向ミュオグラフィによる伊豆大室山スコリア丘の3次元密度イメージング

ミュオグラフィ研究における重要な課題の一つは,観測方向を増やすことで高い三次元空間分解能を達成することである。今回火山周辺のような商用電源の確保が難しい場所への設置に適している原子核乾板検出器を用い,静岡県の伊豆大室山スコリア丘を10方向から調査した。

各観測点で得られた二次元角度空間における密度長データを,Nishiyama et al., (2014) などで用いられてきた三次元密度再構成手法を用いて解析を行い,結果図3.8.6のような三次元密度画像を得た。

この多方向ミュオグラフィの結果をもとに,これまで行われてきた地質学的調査の結果と合わせ,大室山スコリア丘の形成過程について考察した。大室山の中央部(山頂火口の直下)に高密度領域が存在し,西と南南東,北北東にも高密度領域が見られる。中央部は溶結の進んだ主火道である。西に延びる高密度構造は山体西側の溶岩流の跡と一致するため,ダイクが貫入したものであると解釈できる。南南東,北北東の高密度領域も同様にダイクの貫入であるとするならば,溶岩湖の形成とマグマ供給の増圧によって主火道の壁が割れ,放射状3方向にダイクが伸びた力学的な結果と考えられる。同様の3方向のダイクやダイク群は,シップロック(Townsend et al.2015),ハワイの火山(Wyss, 1980),カナリア諸島(Carracedo and Troll, 2013)など,世界の他の火山でも確認されている。

(c)  宇宙線電磁成分の減衰を用いた土壌水分量の測定

マグマの移動に伴う質量移動を検出する方法として,ミュオグラフィの他には,地表面での重力の時間変動を追う方法がある.重力計によって得られた重力値の時系列データを眺めていくと,降雨に追随した明瞭な変動が見られることがある(振幅にして約10マイクロgal).これは,雨水の質量による万有引力の効果を重力計が受けるために生じる.このような雨水擾乱の効果を正しく補正しなければ,マグマの質量移動を正しく議論できない.こうした雨水の効果を,別の物理探査手法から定量的に把握するための方法として,宇宙線に含まれる電磁成分(電子・陽電子・ガンマ線の総称)を用いたラジオグラフィ手法の開発に取り組んできた.

宇宙線に含まれる電磁成分は,ミュオンと比べると物質の貫通能は乏しいものの,その分,雨水による僅かな質量変動に応じて大きく減衰されることが期待されるため,土壌水分量の測定に有用であろう.このアイデアの実証のため,国土交通省大隅河川国道事務所・有村観測坑道(桜島)の中に,シンチレーター型検出器を設置し測定を行ってきた(図3.8.7a).2021-2022年度は,2014~2019年にかけて断続的に測定されたデータの解析に取り組んだ.電磁成分強度の時系列変化から大気圧や水蒸気圧による変動分を取り除くと,降雨に応じて電磁成分強度が有意に減少していることが分かった(図3.8.7cd).こうした降雨に伴う電磁成分強度の減少は,坑道上の土壌に浸透した降水によって電磁成分が吸収された結果である.プールを用いた較正試験(図3.8.7b)とモンテカルロ・シミュレーションの結果もこの解釈を支持する.2022年度は,検出器を別の坑道(京都大学防災研究所・郡山観測室=鹿児島市)に移設し,さらなる実証試験を実施した.

(d)  ニュートリノ振動を用いた,地球深部の化学組成・密度構造測定

ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動,本学梶田教授2015年ノーベル賞).ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,及び媒質中の電子数密度で一意に決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度分布を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成(原子番号と原子量との比)をイメージングすることも可能である.

ハイパーカミオカンデは,次世代のニュートリノ観測装置であり,スーパーカミオカンデの8倍の巨大な有効体積と,高いエネルギー・角度分解能を備える.これを用いることで,地球液体核やマントルの化学組成に制限を与えられることが,これまでの研究から明らかとなっている.ハイパーカミオカンデは,2020年度より建設が開始され,現在,様々な建設作業が行われている.

地震研究所では,ハイパーカミオカンデの主要構成要素である,光検出器の研究開発を,宇宙線研究所ほかと共同で行ってきた.ハイパーカミオカンデに取り付けられる光電子増倍管は約20000本であり,受入検査・品質検査には多くの労力を要する.今年度は検査能力の向上及び不良検出精度の向上に取り組んだ(図3.8.8).