超大規模地殻変動解析に関する研究がGordon Bell Prize finalistに選出

市村強教授,藤田航平准教授,日下部亮太さん(博士課程3年),村上颯太さん(博士課程2年),堀宗朗名誉教授,ラリス准教授らの研究がGordon Bell Prize Finalistに選出されました.


論文タイトル:Extreme Scale Earthquake Simulation with Uncertainty Quantification

著者:Tsuyoshi Ichimura, Kohei Fujita, Ryota Kusakabe, Kentaro Koyama, Sota Murakami, Yuma Kikuchi, Takane Hori, Muneo Hori, Hikaru Inoue, Takafumi Nose, Takahiro Kawashima, Lalith Maddegedara


研究概要:

 地球内部の現象の理解や地震・津波・火山等の災害想定を行う上で,地殻変動の数値シミュレーションは重要な役割を果たします.地震研究所では,このような数値シミュレーションの高度化を図るべく研究開発を行ってきています.

 地球内部構造推定が活発に行われていますが,現状ではその推定には限界があり,推定された構造には曖昧さが含まれています.今回開発した手法は,この曖昧さを考慮しつつ超高詳細な地殻構造を用いた地殻変動の数値シミュレーションを可能とする確率有限要素法に関するものです.確率空間と物理空間を同時に離散化し,富岳全システムを用いて世界最大の32兆自由度の地殻変動の数値シミュレーションを可能としました.本研究開発手法は,富岳だけでなく小規模計算機環境でも効率的に曖昧さを考慮した解析が可能なことから,地殻変動シミュレーションを活用する研究への寄与が期待されます.また,今回の開発手法を踏まえ,曖昧さを考慮可能なさらに複雑な地殻変動の数値シミュレーションへの展開が望まれます.

Gordon Bell Prizeは高性能計算を用いたアプリケーションの性能及びその成果についてACM (Association for Computing Machinery)から授与される賞であり,高性能計算分野において最も栄えある国際的な賞の一つとされています.米国・ダラスにおいて2022年11月13日より開催される高性能計算に関する国際会議であるInternational Conference for High Performance Computing, Networking, Storage, and Analysis(SC22)において最終発表が行われます.なお,地震研究所の地震シミュレーションの研究は,2014,2015,2018年にもGordon Bell Prize finalistに選ばれており,これらの成果は,国際的・分野横断的な研究開発が継続して行われていることの現れの一つと考えられます.

参考:Gordon Bell Prize(Wikipedia)

佐竹 健治 教授・所長 2022年濱口梧陵国際賞 受賞

佐竹 健治 教授 が、2022年濱口梧陵国際賞(国土交通大臣賞)を受賞しました。

国土交通省ホームページ:https://www.mlit.go.jp/report/press/port07_hh_000183.html
            https://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_008734.html

濱口梧陵国際賞は、我が国の津波防災の日である 11 月 5 日が、2015 年の国連総会において世界津波の日」として制定されたことを受け、沿岸防災技術に係る国内外で啓発及び普及促進を図るべく、国際津波・沿岸防災技術啓発事業組織委員会によって 2016 年に創設された国際的な賞です。( 国土交通省HPより引用)

大規模データ同化に基づく摩擦特性空間分布不確実性の高解像評価

伊藤伸一1,2、加納将行3、長尾大道1,2
1東京大学地震研究所、2東京大学大学院情報理工学系研究科、3東北大学大学院理学研究科
Shin-ichi Ito, Masayuki Kano, Hiromichi Nagao, Adjoint-based uncertainty quantification for inhomogeneous friction on a slow-slipping fault, Geophysical Journal International, Volume 232, Issue 1, January 2023, Pages 671–683, https://doi.org/10.1093/gji/ggac354

 地震は断層がすべることで発生しますが、その運動形態は断層面内に発生する摩擦力の空間分布に依存します。摩擦力の空間分布の詳細を調べることは複雑な断層運動の物理的理解に大きく役立ちます。地下深くの断層を直接見て調べることは困難なので、取得可能な限られた観測データを使って、「現実に観測されている運動が実現されるには摩擦力の空間分布はどうあるべきか」を推定し、さらに、その不確実性の空間分布を評価することで、「主要な運動に寄与している場所はどこか」を推定する必要があります。これらを達成するために地震のシミュレーションモデルとベイズ統計学を合わせたデータ同化などの手法が近年利用されつつありますが、地震のモデルは一般に規模が大きく、既存のデータ同化法では「次元の呪い」により計算が大規模化し推定が困難になるという問題がありました。この計算量的な困難さは推定したい空間分布の解像度を制限してしまうので、本来あるべき空間分布の詳細な構造およびその不確実性の評価を達成するための新しい手法の開発が求められています。本研究では、近年提案された数値解析の知見に基づいた新しいデータ同化手法[Ito, Matsuda, and Miyatake, BIT Numer. Math., 2021]を豊後水道沖のスロースリップ発生帯を模擬した地震モデル[Hirahara and Nishikiori, GJI, 2019]へ適用し、摩擦力空間分布の不確実性を高解像・高精度に評価する手法を開発しました[図1]。これにより、解像度を制限することなく不確実性の詳細な構造を現実的な計算量で評価できるようになりました。本研究成果は、地震運動の物理的理解への一助となるだけでなく、推定される詳細な不確実性の構造と運動の比較に基づいた効率的なデータ取得の指針へのフィードバックなど、実用的な問題への貢献も期待されます。

図1:(上)本研究で用いた豊後水道スロースリップ発生域を模擬した地震モデル。(下)本提案手法で推定された摩擦力パラメータ不確実性の空間分布。既往研究に比べて高解像な不確実性評価が可能となっている。

第1019回地震研究所談話会開催のお知らせ

下記のとおり地震研究所談話会を開催いたします。

ご登録いただいたアドレスへ、開催当日午前中にURL・PWDをお送りいたします。
なお、お知らせするzoomURLの二次配布はご遠慮ください。また、著作権の問題が
ありますので、配信される映像・音声の録画、録音を固く禁じます。

    日  時: 令和4年11月18日(金) 午後1時30分~ 
    開催方法: インターネット WEB会議

  1. 13:30-13:45
    演題:NZヒクランギ沈み込み帯における沈み込みシステム解明のための国際共同研究プロジェクト部【所長裁量経費成果報告】
    著者:○望月公廣・篠原雅尚・山田知朗・悪原 岳・畑 真紀・臼井嘉哉・上嶋 誠・馬場聖至・市原美恵、大橋正俊(九州大学)
    要旨:ヒクランギ沈み込み帯における我々の海底地震観測網で観測された微動活動の分布は、プレート間カップリングの分布とよい一致を示した。
  2. 13:45-14:00
    演題:アジョイント法を用いた豊後SSEの断層摩擦特性・すべり推定の数値実験
    著者:○大谷真紀子・亀 伸樹、加納将之(東北大学)
  3. 14:00-14:15
    演題:「古地震記録」の情報利活用向上
    著者:○鶴岡 弘・古地震・古津波記録委員会

○発表者
※時間は質問時間を含みます。
※既に継続参加をお申し出いただいてる方は、当日zoomURLを自動送信いたします。
※談話会のお知らせが不要な方は下記までご連絡ください。

〒113-0032 東京都文京区弥生1-1-1 
東京大学地震研究所 共同利用担当
E-mail:k-kyodoriyo(at)eri.u-tokyo.ac.jp

※次回の談話会は令和4年12月9日(金) 午後1時30分~です。

2021年福徳岡ノ場噴火における海水とマグマとの相互作用のプロセスを解明

前野 深1・金子隆之1・市原美恵1・鈴木雄治郎1・安田 敦1・西田 究1・大湊隆雄1
1: 東京大学地震研究所

Maeno, F., Kaneko, T., Ichihara, M., Suzuki, Y.J., Yasuda, A., Nishida, K. and Ohminato, T.
Seawater-magma interactions sustained the high column during the 2021 phreatomagmatic eruption of Fukutoku-Oka-no-Ba. Commun Earth Environ 3, 260 (2022).
https://doi.org/10.1038/s43247-022-00594-4
https://www.nature.com/articles/s43247-022-00594-4

【論文のポイント】

  • 2021年8月13日に小笠原諸島・福徳岡ノ場で発生した噴火の表面現象と推移を,遠隔観測,噴出物分析,モデリングにもとづき詳細に明らかにした。
  • 浅海での火山噴火では,海水とマグマとの相互作用により噴出物の運搬・堆積過程や噴煙の形成過程が陸上の噴火とは大きく異なることを明らかにした。
  • 本研究で明らかとなった浅海での爆発的噴火の特徴やプロセスは,海域火山噴火に伴う諸現象とハザードの理解を進めることに貢献する。

【発表内容】

 火山噴火が浅海で起きた場合に海域特有のさまざまな現象とハザードが生じることが最近の事例(西之島,福徳岡ノ場,フンガ火山)で浮き彫りとなった。発生する現象の中でもとくにマグマ水蒸気爆発のメカニズムの理解を進める上で,これらの事例は重要である。マグマ水蒸気爆発に関する研究は古くからあるが,マグマと外来水との爆発的相互作用のプロセス,外来水との混合比率に対する噴煙高度の関係など不明な点も多い。2021年8月13日に発生した小笠原・福徳岡ノ場火山(FOB)での噴火はこのような問題に取り組むための貴重な機会を提供する。本研究ではこの噴火の高解像度時系列記録(衛星,インフラサウンド),地質・物質科学的データ,噴煙モデリングにもとづき表面現象の分析を行い,浅海におけるマグマと海水との相互作用のプロセスについて考察した。

 FOB噴火は浅海底で始まったがジェットは海面を突き抜け,高度16 kmの水に富む噴煙を形成した。衛星Himawari-8は噴火の早い段階から浮遊軽石が給源から湧き出す様子を捉えた(図1)。衛星および父島での空振観測データにもとづくと,噴火最盛期の8月13日12時から20時頃まで,スルツェイ式噴火注1)とは異なる特徴の持続的な傘型噴煙および空振が発生した(図1の青色バー)。この間に火砕密度流の発生も確認されている。これらの活動により給源付近では海が埋め立てられ新島(タフコーン)が形成された。およその地形変化と漂流軽石の分布域にもとづく噴出量は0.03–0.1 km3(DRE)と推定される。

図1: 2021年FOB噴火の遠隔観測による時系列データ。a: ひまわり8号が捉えた発達中の噴煙。b: ひまわり8号による噴煙直径(南北方向)の変化(上)と父島で記録された5-15Hz帯域のインフラサウンド(下)。時刻は日本時間。逆三角形はFOBからの低周波信号であることが確認されたもの。青色バーは持続的噴噴煙柱の発生時刻を示す。赤矢印は2021年8月14日8時30分に発生した典型的なスルツェイ山噴火のシグナルを示す(図a中のiv)。c: Phase 1開始時の噴出源付近の拡大図。漂流軽石が上流に向かって拡大していく。気象庁が取得したひまわり8号の画像をNICT(情報通信機構)デジタル台風プロジェクトが処理したもの。

 岩石の全岩化学組成はトラカイト,石基ガラス組成はSiO2 ~68 wt.%であった。主要な軽石の石基ガラス中のSO3濃度および斜長石中のメルト包有物のSO3濃度の差分からSO2脱ガス量を~73.3 ppmと推定した。この分析結果と,新島および漂流軽石の体積(噴出量)をもとにSO2放出量を2万数千トン以下と推定した。衛星観測にもとづくSO2放出量の暫定値は数万トンのオーダーと推定され,地質・岩石から推定した値と大きくは矛盾しない。このことは,観測されたSO2放出量は新島形成と漂流軽石に関わった火砕物のみで概ね説明できることを意味する。さらにマグマ噴出率,海水混合率,噴煙高度の関係を,1次元噴煙モデルを用いて検討したところ3–6 × 105 kg/sの噴出率により噴煙高度の観測結果を説明できることがわかった。この推定では噴出源において漂流軽石が熱のみを噴煙に与える効果を考慮した。

 得られた結果を統合すると,8月13日の噴火最盛期について次のようなプロセスが考えられる(図2)。
 (1) 海底火口直上の噴煙(ジェット)周縁部では海水が高い比率で混合し密度が増加するため,この部分は海面を突き抜けることができずに火砕物は主に水中,水面に拡散した。マグマの熱は海水の気化と噴煙全体の密度低下に寄与した。(2) 噴煙(ジェット)コア部分では海水との混合は限定的であり,取り込んだ海水の気化・膨張により浮力を獲得し高い噴煙を生じた。噴煙の根元で海水との混合比率が大きくなった場合は密度が増加し火砕密度流が発生した。(3) これらの結果,噴出源付近では大量の火砕物が集積し,漂流軽石の発生や陸化が急速に進んだ。海水–大気境界という媒体の大きな物性コントラストが,噴煙による熱物質の輸送過程に大きな影響を及ぼしたことが今回の噴火の最大の特徴と考えられる。

図2: 2021年FOB 噴火時の噴出源付近でのプロセス。後半のスルツェイ式噴火は,外来水の利用可能性と,火砕物の蓄積に起因した低噴出率の噴火によってコントロールされていた可能性がある。

 FOB噴火は噴出量0.1 km3に達する規模の噴火であったが,(水蒸気)プリニー式噴火注2)であったことを示す証拠は十分に揃っていない。また,高度16 kmに達する持続的噴煙柱を形成したという点で,浅海で発生するより規模の小さいスルツェイ式噴火注1)とも異なる。観測とモデリングは,マグマ(軽石)に加熱された海水が気化することで大量の水蒸気が発生し,噴煙の成長が促進されたこと,大気中に拡散した噴煙に大量の火砕物が含まれている必要はないことを示す。以上の点からFOB噴火は,観測史上ほとんど例のない「大規模なマグマ水蒸気爆発」であったと考えられる。
 本研究により,浅海での爆発的火山噴火の特徴やプロセスがはじめて詳細な時系列データにもとづき明らかになった。これらの結果は,海域火山噴火に伴う諸現象,とくにマグマ水蒸気爆発や漂流軽石の発生メカニズムやそれらに伴うハザードの理解を進めることに貢献する。


注1)スルツェイ式噴火: 浅海でマグマと海水が接触して発生する爆発的噴火で,鶏の尾状のジェットを間欠的に噴き上げたり火砕サージを発生したりする噴火様式。非定常的かつ低い噴出率でマグマを噴出し,噴煙の規模も小さい場合が多い。アイスランド・スルツェイ火山の浅海での噴火に由来する名称。日本国内では,福徳岡ノ場における1986年噴火や2021年噴火の後半,2013年からの西之島噴火の初期の活動などで認められた。


注2)プリニー式噴火: 定常的かつ高い噴出率でマグマを噴出し,成層圏に達するような持続的噴煙柱と傘型噴煙を形成して広域に軽石や火山灰を飛散させるような噴火様式。イタリア・ベスビオ火山の典型的な噴火様式でもある。日本国内では1914年桜島大正噴火,1783年浅間山天明噴火などで知られている。水蒸気プリニー式噴火は,外来水の影響によりプリニー式噴火がより激しくなったもので,広域に噴出物を飛散させるが,プリニー式噴火より細粒の火山灰を大量に生産する噴火として特徴付けられる。