南海トラフ浅部スロー地震の包括的理解へ向けた多面的レビュー

武村俊介1・濱田洋平2・奥田花也2・岡田悠太郎3・大久保蔵馬4・悪原岳1・野田朱美5・利根川貴志2
1東大地震研,2海洋研究開発機構、3京都大学、4防災科研、5気象研)

A review of shallow slow earthquakes along the Nankai Trough

Takemura, S.1, Hamada, Y.2, Okuda, H.2, Okada, Y.3, Okubo, K.4, Akuhara, T.1, Noda, A.5, Tonegawa, T.2 (2023) Earth, Planets and Space, 75, 164,
https://doi.org/10.1186/s40623-023-01920-6

(1. ERI, UTokyo, 2. JAMSTEC, 3. Kyoto Univ., 4. NIED, 5. MRI)

 
 2000年代前半にスロー地震が発見されてから、世界中の沈み込み帯でスロー地震に関する研究が盛んに進められてきました。私達は、南海トラフの深さ10 kmより浅い場所で発生する「浅部スロー地震」に注目し、その活動様式や発生場所の特徴について、地震学、測地学、地質学および室内実験のこれまで研究成果を多面的にまとめた英語論文(レビュー)を執筆しました。論文は https://doi.org/10.1186/s40623-023-01920-6 から読むことができます。

 南海トラフの浅部スロー地震は日向灘、室戸岬沖〜紀伊水道沖、紀伊半島南東沖の3つの地域で活発に活動します。これらの浅部スロー地震域は、フィリピン海プレートの固着域と安定すべり域の間の遷移領域に対応しています(解説記事:https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/research/10787/)。このことから、浅部スロー地震域の摩擦特性に何か特徴があるのではないかと考えられます。一方で、地質学的に見てみると、プレート境界に沿って沈み込む堆積物は火山灰や粘土鉱物で主に構成され、走向方向(東北東―西南西)に南海トラフの広い領域で共通して見られます。浅部スロー地震が発生する深さ(温度150ºC以下)で、火山灰や粘土鉱物を含む堆積物の摩擦係数のすべり速度依存性は、ほとんどの場合、正となります(解説記事:https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2023/20230921.html)。これは、浅部スロー地震域を含む深さ10 kmより浅い場所では自発的に地震のようなすべり現象を引き起こすことが難しいことを意味します。つまり、浅部スロー地震の発生には何か特別な後押しが必要だと言えます。

 浅部スロー地震発生域のプレート境界周辺は、地震波速度の低速度層がイメージングされており、周囲と比べて間隙流体圧が高いと考えられています(解説記事:https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/research/11785/)。さらに、浅部スロー地震活動中にプレート境界断層付近で地下構造の時間変化が確認されていて、浅部スロー地震活動中に流体がプレート境界断層付近を移動したと解釈されています。流体圧の過渡的な変化があることで、摩擦係数のすべり速度依存性が正であっても多様なすべり現象を発生させることが室内実験で確認されていることと併せて考えると、浅部スロー地震は流体移動現象と密接に関係していると解釈できます。つまり、浅部スロー地震が日向灘、室戸岬沖〜紀伊水道沖、紀伊半島南東沖の限られた地域で発生するのは、南海トラフの走向方向に不均質に分布した間隙流体とその流体圧の過渡的な変動が繰り返し起こることで発生していると結論づけることできるのではないかと考えています(図参照)。

 さて、日本海溝ではスロー地震発生域が東北地震の破壊のバリアとして機能した(Nishikawa et al., 2023 https://progearthplanetsci.org/highlights_j/511.html)と提案されていますが、南海トラフで発生する次の巨大地震ではどうでしょうか?南海トラフの海溝軸沿いのコアサンプルから高速(通常の地震)と低速破壊(スロー地震)の両方の痕跡が見つかっています(解説コラム:https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/column-20220613/)。浅部スロー地震域が、将来発生する南海トラフの巨大地震ではどのような挙動を示すか、さらなる研究が必要となります。

 本研究は、学術変革領域研究(A)「Slow-to-Fast地震学」(領域のHP:https://slow-to-fast-eq.org/)などの助成により実施されました。

図:南海トラフ浅部スロー地震域とその特徴を描いた概観図。青色が濃い領域ではプレート境界断層周辺で流体圧が高いと考えられていて、浅部スロー地震の活動域とよく一致しています。図中の灰色の柱はコアサンプルが得られているボーリングの位置、右下の矢印はフィリピン海プレートの沈み込み方向を示しています。