HOME > 広報アウトリーチ室 > 地球トリビア > 霧島山 噴火の歴史

噴火 その3


大永4年(1524)
霧島山噴火。[地学協会報告]

 

天文23年(1554)
天文二十三年から翌弘治元年〈1555〉まで噴火した。[三国名勝図会]

 

永禄9年9月9日(1566.10.31)
噴火して人が多く焼死した。[同上]

 

天正2年1月(1574.2)
霧島が噴火し、天地が震動した。[玉龍山続年代記]

 

同 4年(1576)
天正四年から同六年〈1578〉まで、また噴火した。[三国名勝図会]

 

同 13年(1585)
霧島山が震動、噴火。[地学協会報告](一説に、天正十三年十月七日から、大地震が年を越えたとある)

 

同 15年4月17日(1587.5.24)
霧島が噴火・震動し、黒煙の上に白煙がたなびき、一日に三度、高く立ち上った。[福島厳之介編纂 鹿児島県噴火書類]

 

天正16年3月12日(1588.4.7)
霧島が噴火し、申の刻と酉の刻の間、大地震。[同上]

 

慶長3年(1598)
慶長三年から五年〈1600〉まで、また噴火した。[三国名勝図会]

 

元和3年(1617)
元和三年から翌年〈1618〉まで、また噴火した。[同上]

 

万治2年1月(1659.2)
万治二年正月から寛文元年〈1661〉まで、また噴火した。[同上]

 

延宝5年(1677)
霧島山が噴火した。[福島厳之介編纂 鹿児島県噴火書類]

 

同 6年1月9日(1678.2.29)
霧島山が噴火した。[同上]

 

寛永2年12月15日(1706.1.28)
山上で噴火し、神社(六所権現社)・堂塔・寺家、みな焦土となった。[同上]