CGOI」カテゴリーアーカイブ

3.11 Center for Geophysical Observation and Instrumentation

3.11.7 テレメータ室の活動

(1) テレメータシステムの運用管理

観測開発基盤センターの地震・火山観測網で,地震波形データをはじめとする,各種リアルタイム観測データの伝送および連続収録を行うテレメータシステムの運用管理を継続している.研究者が目的に応じて接続するセンサーの連続データを,途切れなく伝送し収集・提供するとともに,一部イベント収録処理も行う.伝送手段としては衛星通信(VSAT)や,ISDN・ADSL・光回線・無線LAN・モバイル通信等,最新の通信技術を取り入れた各種IP通信回線を利用している.管轄する観測点は地震・火山合わせて約200観測点である.特に衛星通信については,全国の大学の共同利用設備として,VSATシステムのハブ局を東京と長野の2か所で運用し,140局のVSATの維持管理を行い,地上回線の利用が困難な山間僻地や離島での機動的な観測研究に貢献している.観測点からフレッツ系およびモバイル系回線でデータをSINETのデータセンタ(長野,松江)へ直接収集して直ちにJDXnetに乗せる,耐災害性の高いデータ伝送システムを運用継続し,2022年度末には,地震予知振興会等の観測点を含め合計241点に対応した。

(2) 全国の大学を含む各機関とのデータ交換システムの運用管理

リアルタイム観測データの全国的な流通のため,各大学や地震火山情報センターと協力して,高速広域網新JGNとSINET5のそれぞれ L2VLANサービスや,フレッツ系回線等を利用し,全国の大学等を結ぶJDXnet(Japan Data eXchange network)を構築・運用管理している.また,地震観測に関係する全国の大学を代表して,東京大手町に防災科研が設置したTDX(Tokyo Data eXchange)を介した,気象庁・防災科研等他観測機関とのリアルタイムデータ交換の窓口の役割を果たしている.そのために,TDX,衛星通信ハブ局 等の拠点間を接続する延長約300kmの光ファイバー通信網を構築・運用管理している.これらの高速広域ネットワークにより,全国の研究者が様々な機関 の約2000観測点ものリアルタイム観測データを研究利用することが可能になっている。

(3) 収集データの利用支援

テレメータシステムやデータ交換システムによって収集されたデータは,所内ネットワークやインターネットを通じて所内外の研究者に提供される.それ には収録済みデータのオンライン利用やオフライン利用(テープの再生等)とともに,インターネットやJDXnetを介したリアルタイム配信サービスも含まれる.これら所内外の共同利用ユーザーに対する技術的および手続き面での支援を行っている.また,長期間地震波形データ等解析システムを導入してこれまでに蓄積されたすべての地震データの解析環境を提供してきたが,2022年3月に大規模連続地震波形データ解析及びモニタリングシステムとして更新し,運用を開始した.新しいシステムの記憶容量は1.6ペタバイトであり,地殻活動モニタリングシステムとハードウェアを統合した.地震波形データについては,地震研究所の保有する1989年からのデータ536TB及び臨時観測等のデータ259TBが本システムに格納された.

図3.11.2

fig3_11_2

四国西部における深部超低周波地震累積個数の経年変化.G1は豊後水道域,G2は愛媛県西部,G3は愛媛県中部に対応する.黒い矢印は豊後水道の長期的SSEの発生時期を表し,赤い直線は2004年4月–2009年12月および2014年7月–2017年3月の回帰直線を示す.回帰直線の傾きを比較すると,G1とG2で2014年後半以降超低周波地震の活動が静穏化していることがわかる(Baba et al. 2018).

図3.11.1

fig_3_11_1_a

fig_3_11_1_b

fig_3_11_1_c

 

1997年7月11日から2017年12月31日までの鋸山観測所における歪, 傾斜, 気圧, 雨量のデータ.2011年の東北地方太平洋沖地震の影響によるデータ欠測期間を破線で示した.

上段:歪三成分 (NS, EW, NE,いずれも伸びが正)と大気圧.

中段:傾斜二成分 (NS:N-down正,EW:E-down正).

下段:24時間降水量.

 

2012年4月11日に発生したスマトラ地震によって誘発された深部低周波微動.色付きの大きな丸が今回検出された誘発微動で,白抜きの小さな丸は以前の研究で検出されている誘発微動である.各波形はそれぞれの地域における表面波トランスバース成分記録及び水平動成分の2-8 Hzのバンドパスフィルター記録で,時刻ゼロがスマトラ地震の発震時を示す.小さい黄色の丸印は2003年から2012年までの西南日本に発生した深部低周波微動,橙色の星印は浅部超低周波地震である.

2012年4月11日に発生したスマトラ地震によって誘発された深部低周波微動.色付きの大きな丸が今回検出された誘発微動で,白抜きの小さな丸は以前の研究で検出されている誘発微動である.各波形はそれぞれの地域における表面波トランスバース成分記録及び水平動成分の2-8 Hzのバンドパスフィルター記録で,時刻ゼロがスマトラ地震の発震時を示す.小さい黄色の丸印は2003年から2012年までの西南日本に発生した深部低周波微動,橙色の星印は浅部超低周波地震である.

3.11.8 共同利用への対応

(1) テレメータ機材

地震観測用VSATシステムおよび地上テレメータ装置,データロガー等を地震研共同利用の手続きに従って,全国の大学の研究者に提供(貸し出し)しており,2023年2月27日現在の貸し出し数は741件である.

(2) 地震観測装置

総計約1000台の地震観測装置を,地震研共同利用の手続きに従って,全国の大学の研究者に貸し出している.2ヵ月以上の長期利用を希望する利用者が,利用を希望する前年度に行われる利用公募に申請した際に,観測開発基盤センターは,申請内容を審議して採否を決定している.2022年度の特定機器利用の採択件数は7件で貸出台数は122台であった.また,2 ヵ月未満の短期利用については随時受け付けており,2022年度の利用件数は29件,貸出台数は延べ679台であった.

(3) 電磁気観測装置

国内の大学や諸研究機関に所属する電磁気関連研究者による,それぞれの研究ターゲットに基づく野外観測を援助するため,地震研究所の共同利用機器として,電磁気観測装置の貸し出しを実施している.2022年7月現在で,高精度広帯域MT観測装置,長基線電位差測定装置,超長周期電磁場測定装置,高精度方位決定ジャイロ装置,高精度広帯域電場観測装置を保有し,毎年,各研究者からの応募に対応して利用の便宜を図ってきた.そのことにより,多くの観測成果が生み出され,特に地震活動や火山噴火活動のメカニズムを解明するための比抵抗構造研究では,毎年,複数の学術論文が上梓されている.観測機器を常に最良の状態で使用できるよう,ファームウェアを更新し,使用前後に機器キャリブレーションを実施して動作確認をすることも重要な仕事となっている.2022年度の利用件数は9件であった.貸出台数は,測定器本体と磁場センサーをあわせ,延べ152台であった.

3.11.6 強震動観測研究

(1) 定常的な強震観測網の運用

伊豆・駿河湾地域や足柄平野などにおける高密度の強震観測網を中心とした観測研究を,強震計観測センターの時代から継続して行っており,近年リアルタイム化を進めている.伊豆駿河湾の観測網は東海地方での大規模地震発生を想定して,地域を代表する露岩上に設置されている.一方,足柄平野の観測網は表層地質による強震動への影響を評価することを主目的として1987年に設置され,国際的なテストサイトとしても位置づけられている.定常的な強震観測網では,地盤特性の把握を目的としたボアホール観測に加え,地盤と建物の同時観測も実施している.

(2) 臨時強震観測の実施

開発された機動観測用強震計は,微動観測にも対応可能な増幅器を併せ持ち,共同利用の枠組みなどを通して機器の貸し出しが可能な体制を取っている. 2016年熊本地震後に震源域周辺において臨時強震観測を他機関と共同で行った他,拠点間連携共同研究による小田原地域や東京湾岸地域の共同観測に参加した.

(3) 強震観測データベースの公開

2007年度より,観測された強震動記録のアーカイブと公開を行うデータベースシステムの開発を進め,そのシステムを用いて1980年以降のデータ公開を開始し,以後,引き続き公開を行っている(https://smsd.eri.u-tokyo.ac.jp/smad/ja/top/ ).また,1964年新潟地震の川岸町においてSMAC型強震計で観測されたデジタイズ記録を公開した他,1956年から1995年兵庫県南部地震までのSMAC型強震計記録の画像データを公開した.

3.11.5 新たな観測手法の研究

地震・火山現象を理解するためには地下深部の観測が不可欠であるが,機器を設置できるのは地球全体の規模からすると地表に近いごく一部の領域にすぎない.そのため観測機器の精度の向上や観測範囲の拡大を目指して,レーザー干渉計などの光計測を用いた新たな観測機器の開発に取り組んでいる.レーザー干渉計は高精度・低ドリフトの変位センサーであり,地震・地殻変動観測機器へ組み込むことにより観測装置の高精度化や装置の小型化ができる.また光を用いた計測手法は,半導体素子では観測が難しい地下深部・惑星探査など極限環境での高精度観測を可能にする.

 (1) 長基線レーザー伸縮計による広帯域ひずみ観測

レーザー伸縮計は地殻変動から数十Hz の地震波まで広いタイムスケールの地動を観測できる.岐阜県の神岡鉱山(東大宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設)の地下1000 m のサイトにおいて,独自開発した波長安定化レーザーを組み込んだ100mレーザー伸縮計を用いてひずみ観測を継続している.2016年からは神岡の重力波望遠鏡(KAGRA)と連携し,1500mのレーザー伸縮計を建設し観測を継続しており,観測された多様な記録からレーザー干渉計の広帯域・広レンジの特性が示された.観測量と広域ひずみ場の関係の定式化,地下水変動に伴うひずみの検出,近地~遠地の地震に伴い観測されたひずみステップを用いた地震モーメントの測地学的推定などを行った.2022年1月に起こったトンガ火山の噴火によるグローバルな気圧変動の波に対応するひずみ観測記録が得られており,気圧の空間スケールとひずみ変動との関係の解析を行なっている.また,愛知県犬山観測所(名古屋大学,30m)および静岡県天竜船明観測点(気象庁気象研究所,400m)に設置されているレーザー伸縮計と同時観測を行い,共通イベントの解析を進めている.

 (2) 光ファイバーリンク方式の観測装置の開発

レーザー干渉計の光源とセンサーを光ファイバーでつなぐことによりセンサー部を無電源化し,地下深部や惑星探査など極限環境(高温・極低温・高放射線など)で使用可能な高精度観測装置を構成できる.その一つとして,小型広帯域地震計の開発を行っている.この地震計は小型長周期振り子の変位検出部としてレーザー干渉計を使用し,光ファイバーでレーザー光を導入することにより耐環境性を高めている.試作機を用いたこれまでの性能評価では,広帯域地震計(STS1型) と同等の検出性能が確認され,干渉計部分は-50℃~ 340℃の温度範囲で動作できる.この原理の地震計を用いて地下深部や月面における地震探査に応用することを検討している.

(3) 小型絶対重力計の開発研究

絶対重力計は地殻変動や物質移動(マグマ移動・地下水の変動など)を観測する有効な手段である.火山観測など野外で機動的に使用可能で,複数で観測網を構築できる絶対重力計を開発している.小型で必要な精度が得られるように独自のレーザー干渉信号の取得法や地面振動ノイズの補正機構を導入し,市販装置の約2/3のサイズの実証機を開発した.霧島火山観測所(宮崎県),蔵王観測所(宮城県,東北大)などで試験観測を行い,設計精度10-8m/s2が得られている.また,観測網を構築するために長距離伝送できる通信波長帯光源(波長1.5μm帯)を用いた動作試験を東北大・電気通信研究所と共同で実施し,従来の光源(波長633nm)の測定結果と一致し,光ファイバーによる光源の長距離伝送による精度劣化などは生じないことがわかった.火山帯の野外環境などで複数の絶対重力計を光ファイバーで接続し観測網を構成する手法開発を進めている.南極の昭和基地や周辺の露岩地域において,寒冷な野外に装置本体を設置し,長基線の光ファイバーで光源と検出器を接続した構成での絶対重力測定を実施した.国立天文台江刺地球潮汐観測施設(岩手県)においては,東北地方太平洋沖地震後の重力変化を継続的に観測している.

 (4) 重力偏差計の海底・月惑星・小天体探査への応用

地下構造を探査する方法として,広い空間スケールの重力場(重力加速度)をとらえる重力計に加え,その空間微分を測定する重力偏差計を併用することにより狭い範囲に局在化した鉱床などの密度異常のマッピングができる.海底鉱床の探査手法として,無定位振り子と光センサーを組み合わせた加速度計2台によって構成される重力偏差計を製作し,自律型無人潜水機(AUV) に重力計とともに搭載し,海中移動体上で探査を行ってきた.一方,月惑星や小天体などの天体の内部構造はいまだ十分な探査が行われておらず,着陸機あるいは周回機による観測で重力偏差計を用いれば従来の重力加速度の観測よりも高い分解能が得られることがモデル計算によって示されている.国立天文台および宇宙科学研究所(JAXA)と共同で小天体や月惑星表面などの内部構造探査を目指した重力偏差計の開発を進めており,光センサーを用いた小型重力加速度計を試作した.2021年度に50m落下塔を用いた微小重力試験を実施し,所期の動作性能を確認している.また,小型絶対重力計の技術を転用し,2つの鏡を真空中で同時落下させ重力偏差を計測する自由落下式重力偏差計の基礎データを取得した.月惑星など重力天体表面における地下構造探査を目指して機器構成などの検討を今後行っていく.

3.11.4 電磁気的観測研究

(1) 八ヶ岳地球電磁気観測所における基準観測

八ヶ岳地球電磁気観測所では東海・伊豆地方における地球電磁気連続観測の参照となる基準連続観測を継続した.毎月の地磁気絶対観測により地磁気3成分測定値の基線値を同定するとともに,毎月約2週間の,絶対観測室磁気儀台上の全磁力の繰り返し連続計測を実施し,観測所全磁力連続観測測定値との全磁力差を同定した.加えて毎月,地磁気絶対観測の際に絶対観測室内の水平48点,鉛直5層の計240点における全磁力値を計測して同室内の全磁力勾配を評価し,全磁力差や基線値の季節変化・経年変化との関連を調査するための基礎資料を作成した.これらの参照資料とするための気温・地温連続測定を継続して実施した.記録計室内での気温・気圧・湿度計測のオンライン化,局舎敷地内のwebカメラによる画像での敷地内の状態の定時監視,庁舎のwebカメラによる気象条件の常時監視による,無人観測所の保守を継続した.

気象庁及び同地磁気観測所による,草津火山における火山活動監視を目的とした全磁力観測値の参照値として,前日分のデータを毎日自動で送付する仕組みの運用を継続した.

(2) 東海・伊豆地方における地球電磁気連続観測

東海地方の7観測点(河津,富士宮,奥山,俵峰,相良,舟ヶ久保,相良)における地球電磁気連続観測,伊豆地方の7観測点(大崎,新井,玖須美元和田,手石島,与望島,川奈,池)における全磁力観測を継続するとともに,機器の保守を実施した.

(3) 地殻活動に伴う地球電磁気変化の理論的予測の試み

地殻内部流体の移動に伴う流動電位によって生じる地球電磁気変化を定量的に予測する従来のモデルを,流体移動を矩形面上に仮定するモデルから直方体内に仮定するモデルへと拡張した解析解を導出した.解析解を用いたモデル計算の一例として,マグマの移動が水平方向から鉛直方向へと推移する過程において,地表に現れうる地磁気三成分変化及び電位分布の推移を見積もった.

3.11.3 活動的火山における多項目観測研究

地震研究所では,文部科学省科学技術・学術審議会が5年ごとに関係大臣に建議する研究計画に基づき,火山噴火予測に関連する観測研究を全国の大学・研究機関と協力し,その中核となって実施している.この研究計画は,その前身の火山噴火予知計画から約半世紀の間,その内容を学術の進歩に合わせて変更しながら継続してきた.火山噴火は発生すると大きな被害をもたらすが,発生頻度が低いため,長期の観測データの蓄積が不可欠であり,この50年弱のうち,特に最初の約20年間は火山観測網の充実が図られ,さらに研究者及び観測を支える技術職員が増員され,日本の火山学の進展に大きく貢献してきた.最新の研究計画は2019年1月に建議され,2019年4月から5年間に渡り実施中の「災害の軽減に貢献する地震火山観測研究計画(第2次)」である.この計画は前計画に引き続き火山災害の軽減を目指して,観測,実験,理論の各手法を用いて火山現象の解明とその成果に基づく火山噴火予測に関する研究行なうことになっている.現建議において火山の研究に関して特筆すべき点として2つ挙げることができる.一つは,火山噴火予測の精度向上を目指すために火山活動推移モデルの構築を重点的研究とした点である.もう一つは,2014年9月に発生した御嶽山噴火で多くの犠牲者が出たことを重視し,観光地となっていて登山客や観光客が火口近傍まで訪れる火山については,小規模な噴火であっても大きな災害を引き起こす火山噴火であるとして「高リスク小規模火山噴火」と位置づけ,地球物理学観測だけでなく,地球化学,地質学,史料研究を含めて包括的な研究を実施することを打ち出した点である.

当センターにおいては,長年継続して整備されてきた火山観測網やそれを支えるシステムの維持・強化を担っており,火山噴火予知研究センターをはじめとする他のセンター及び部門と協力し,観測に基づく火山噴火予測研究を実施している.火山噴火予測においては,噴火発生時の諸現象を精度良く捉えて噴火現象に関する新たな知見を得ることも重要であるが,火山噴火の準備段階は往々にして数十年を超える長期にわたることもあることから,長期にわたり観測を継続し,噴火に至るまでの火山内部のわずかな変化を捉え,その原因を科学的に解明することも極めて重要である.このようにして得られた火山活動に関する知見を火山噴火予測に活かすことが,火山噴火予測研究の重要な目的である.従来の火山噴火予測は,噴火に先行する現象に基づく経験則に大きく依存していた.火山噴火前のさまざまな火山現象を科学的に解明することによって,より普遍的かつ科学的な火山噴火予測に発展させることを目指すべきであり,そのためには精度の高い各種観測データを長期に安定して蓄積することが重要である.

本研究所では,これまでの「火山噴火予知計画」で観測網が整備された浅間山,伊豆大島,富士山,霧島山,三宅島の5火山を中心に長期的・継続的な観測を行っている.これらの火山においては,地震・地殻変動・全磁力変化・空振観測・熱映像・可視画像等の多項目の観測を行い,噴火に伴う諸現象,噴火前に起こる前兆現象を捉え,その物理・化学過程を明らかにする研究を実施している.また,この他の火山においても,他大学・機関との協力し様々な観測を実施している.ここでは主として,それぞれの火山における観測の現状と観測研究の目的や意義について述べる.

(1)浅間山

浅間山では,広帯域地震(17点),短周期地震(2点), GNSS(13点),傾斜(5点),全磁力(3点),空振(1点),熱映像(1点),可視画像(3点)の多項目観測を行い,浅間火山観測所と小諸火山観測所を拠点として観測網の維持管理を行っている.山頂付近のデータは無線LANによる中継あるいは光ファイバーを経て浅間火山観測所に集約され,本研究所までインターネット高速回線を用いて伝送されている.また,観測点の通信状況などに応じて 衛星回線や有線回線,携帯データ通信を利用したデータ転送も行われている.

浅間山の最近の活動としては,山頂付近の観測網が増強されつつある中で発生した2004年の中規模噴火,2009年と2015年の小規模噴火,2019年8月の極小規模噴火を挙げることができる.2004年噴火では,噴火前に浅間山西方深部にあるマグマ溜まりの増圧を示す地盤変動がGNSS観測等で捉えられた.また,噴火前に山頂付近で発生する長周期の地震動(VLP)の発生様式が変化するなどの現象が捉えられた.さらに,VLPの波形解析から推定される火道浅部の体積変化と火山ガス(SO2)放出量の相関の高さから,VLPは火山ガス放出の指標となると考えられている.一方,2019年8月に発生した小規模噴火では,2004年の中規模噴火や2009年と2015年の小規模噴火とは異なり,これまで知られていた噴火に先行して現れる明瞭な先行現象は見られなかった.しかし,火口付近のデータを精査すると,火口の西側に設置している赤外カメラの解析から,噴火の約10日前の7月27日から火口底の温度が急激に低下し,それが噴火発生まで継続していたことがわかった.また,その間,火口直下浅部を震源とするBL型地震の発生頻度が低下していること,火口直下を震源とするBH型地震については7月末ごろから明らかに活動度が上昇していたことがわかった.これらのことから,2019年8月噴火は他の噴火のように深部からのマグマの供給により発生するものではなく,深部から火口に通じていた火山ガスの通路が一時的に閉塞して噴気が火口から放出されなくなり閉塞した火道に蓄積した火山ガスが岩塊を吹き飛ばした現象であると推定された.この結果は,火口近傍での多項目観測の重要性を如実に示すものである.

(2) 伊豆大島

現在,伊豆大島には24点(うち4点は広帯域地震計を併設)からなる地震観測網と14点からなるGNSS観測網によって地震及び地盤変動観測を行っている.これらの観測網は,従来の地震及び地盤変動観測機器が老朽化したため,2003~2004年に一気に更新したものである.この更新以降期間にわたり精度の高い地震及び地盤変動の観測データを蓄積してきたが,近年これらの機器の老朽化が再び目立つようになってきた.そのため,最新の観測機器に更新する作業を2018年度から実施し,地震観測ロガーやGNSS受信機の更新を進めている.電磁気的観測については,プロトン磁力計による全磁力の連続観測に加え,能動的な比抵抗構造探査手法の一つである ACTIVE観測や長基線の電位差を計測するネットワークMT観測を実施している.

これらの各種観測データは,様々な手段を用いて地震研究所に集約されている.通信会社による有線回線サービスを利用することのできる観測点では高速で信頼性の高い光回線網を,有線回線サービスを利用することが難しいが携帯通信網が利用可能な観測点では4G携帯電話回線網を用い,そのいずれも利用できない観測点では無線LAN装置を設置してデータ伝送を行っている.有線回線網ほど安定的なデータ伝送が行われない携帯電話回線網を利用した観測点では,自動的に最適速度でのデータ送信や再送を行うACTプロトコル(当研究所で開発)を用いて,人手をかけず安定的なテータ収集を行っている.

伊豆大島では,1986-87年の前回の噴火から35年以上が経過している.明治以降の平均噴火間隔が36~38年であることから,次の噴火が近づいており,現在は噴火に至る諸現象が地下で進行していると考えられる.噴火前に地下で起こる諸現象を捉え,それを理解することにより,噴火の発生時,規模,噴火様式を予測することが重要である.

科学的な記録が残っている伊豆大島のこれまでの噴火では,他の火山と異なり噴火初期(発生時)には,火山性微動は発生するものの明瞭な地震活動の高まりが見られないとされている.これは,伊豆大島のマグマが低粘性の玄武岩に富むものであるため,マグマに含まれる火山性ガスが噴火前から効率的にマグマから放出され,噴火初期には比較的爆発性の低い噴火様式になると考えられる.実際,前回1986年の噴火ではマグマに先行してそこに含まれる高温の火山ガス等の揮発性成分が地下浅部に上昇し,地中の温度上昇による熱消磁,地下の電気伝導度の変化が噴火に前に起こり,その後,火山性微動が発生してその振幅が大きくなったのち,マグマが火口に満たされる山頂噴火に至ったと考えられている.その間,顕著な地震活動の増加は見られなかった.そのため,伊豆大島では来るべき噴火活動に備えて,山頂火口周辺での広帯域地震観測網の増強,土壌火山ガス連続観測,空振観測網の整備も検討されている.2018年9月には,三原山の火口近傍に,理学研究科火山化学研究施設と共同で土壌火山ガス連続観測装置を設置した.また,カルデラ内にある三原西観測点の深度1000m井戸については,マグマに先行して上昇してくる揮発性成分(火山ガス)を捉えるため,観測装置の設置を模索している.

また,カルデラ域において実施したドローン等による空中磁気探査データの解析を進めるとともに, 文部科学省委託事業「次世代火山研究推進事業」の課題B「先端的な火山観測技術の開発」サブテーマ4「火山内部構造・状態把握技術の開発」により,カルデラ内に地震観測点を5カ所新設し,観測能力の向上をはかっている.

次回の噴火の発生初期も前回と同様な経過をたどる可能性が高いと考えられるが,現時点では熱消磁や火山性微動の発生は観測されておらず,噴火が切迫している証拠は見つかっていない.今後も,これまでに蓄積された精度の高い地震及び地盤変動等の観測データを併せて解析することにより,噴火の準備段階として山体内部で進行する現象の理解を目指す.

(3) 富士山

富士山では9点からなる地震観測網を主体とした観測を行っている.この内4点は地表設置型広帯域地震計,3点はボアホール型広帯域地震計である.ボアホール観測点には3成分歪計,高感度温度計,傾斜計も設置されている.また全磁力観測も継続している.他の火山同様,富士山に於いても観測点の条件に応じて様々な伝送方式が用いられている.

富士山は,三宅島や伊豆大島に比べて噴火間隔が長く,1707年の宝永噴火以降,噴火していない.しかしながら,2000年10~12月及び2001年4~5月に深部低周波地震が多発し,火山活動の活発化が懸念された.深部低周波地震は火山活動の活発化に先行して発生する例が多いが,その発生機構については未だ解明されていない.そのため,広帯域地震計を主体として,長周期振動を捉えることに重点を置いて観測を行っている.2001年以降,深部低周波地震の活発化は見られない.今後の発生と,その後の火山活動の変化を見据えて,観測を継続している.

(4) 霧島山

地震研究所は新燃岳周辺を含む広域で地震観測(17点),GNSS観測(3点),全磁力観測(1点),空振観測(3点)を行っている.これらの観測は,火山噴火予知研究センター・鹿児島大学などと協力して進めている.

霧島山新燃岳では2011年1月に爆発的な噴火が発生した.この噴火に先立ち2009年12月頃から新燃岳南西数㎞,深さ約8㎞にあると推定されているマグマ溜まり(以下,深部マグマ溜まり)に徐々にマグマが蓄積したことが明らかになった.噴火時にマグマの噴出により一挙にマグマ溜まりが収縮し,その後は2011年10~11月頃までマグマの蓄積が続き,一旦停止した.これに呼応して,新燃岳の活動は一旦休止した.この深部マグマ溜まりの膨張は,霧島山全体の大局的な活動の重要な指標となっていることが徐々に明らかになっている.

2013年8月から2014年10月までは再度深部マグマが膨張し,その後膨張は停止した.それに呼応するかのように,2014年8月以降えびの高原の硫黄山から韓国岳に掛けて地震活動が活発化し,火山性微動の発生とそれ同期する傾斜変動も観測された.その後この地域の活動は一旦低下したが,2015年8月頃より硫黄山周辺で傾斜変動を伴う火山性微動が度々発生するようになり,2016年1月には顕著な地表高温域の拡大と噴気の増大が見られるようになった.

2017年7月からは深部マグマ溜まりが再度膨張を始め,10月11日に新燃岳で小規模な噴火が発生した.噴火に先立ち傾斜変動を伴う低周波の微動が観測されたほか,噴火中に様々な火山性微動が火口近傍の複数の広帯域地震観測点で観測された.この活動は約1ヶ月程度継続した後一旦活動が低下した.2018年3月1日から3度目の噴火活動が再開し,3月8日には爆発的な噴火に移行し,1週間程度活動が継続した.その後新燃岳の活動は小康状態になっている.

硫黄山の活動は2017年9月以降低下していたが,2018年3月初旬に新燃岳が3度の爆発的噴火を起こした直後から再度活発化し,2018年4月19日に硫黄山に隣接するえびの高原で水蒸気噴火が発生した.

一連の活動を通じ,霧島山では,深部マグマだまりの膨張が引き金になって,新燃岳のマグマ噴火,硫黄山の水蒸気噴火を引き起こしていることが明らかになってきた.新燃岳の噴火と硫黄山の熱水活動や水蒸気噴火は,いずれも同じマグマ溜まりにマグマが供給された後に発生しており,共通のマグマの供給システムで駆動されていると推定される.即ち,霧島山は多くの火口を有する山容が示すように複雑なマグマや高温の火山ガス供給システムが地下に存在すると考えられ,新燃岳の噴火及び硫黄山付近での熱水活動や水蒸気噴火は,一連の火山活動として捉えられる.霧島山の一連の活動は噴火現象の推移の複雑さを理解する上で大変興味深い事例と言える.今後も観測を継続し,噴火活動の推移の理解につながる研究を目指す必要がある.

(5) 三宅島

三宅島では,2000年噴火後は2010年頃まで山体収縮が続いていたが,それ以降山体膨張に転じた.これは,次の噴火に向けて,マグマ溜まりでのマグマの蓄積が再開したことを示している.また,2000年以前はそれほど地震活動が活発でなかったが,噴火後,大きく崩落した火口南側直下浅部を震源とする地震が非常に多く発生している.しかも,その活動度は季節により大きく変動していることが明らかになった.

2000年噴火直後と最近の地下の比抵抗構造の時間変化を研究するため,2012年と2019年にMT観測を実施した.これは,地下の温度変化,地下水の回復過程に着目して,今後の火山活動を評価し,その推移を解明するための基礎となるデータである.また,無人ヘリコプターにより,中腹の周回道路内側全域と火口周辺において空中磁気測定を2014年5月,2016年11月,2021年3月に実施した.磁化構造の変化から,火口直下では帯磁傾向が続いており,地下浅部では前回2000年噴火から地温の低下が継続していると推定されている.今後も,定期的にこのような観測を繰り返し,時間推移を捉えることが重要である.

三宅島では近年の噴火周期が20年程度であることから,次回の噴火が遠くないと思われる.このような火山における噴火前後で発生するマグマや地下水の移動とそれに起因する諸現象を捉えることが,火山噴火現象の解明と噴火予測に重要であることから,文部科学省委託事業「次世代火山研究推進事業」の課題B「先端的な火山観測技術の開発」サブテーマ4「火山内部構造・状態把握技術の開発」で,他機関の観測点が少ない火口近傍に広帯域地震観測点を3点,GNSS観測点を2点設置して観測能力の向上をはかった.次回の噴火が同じマグマ溜まりが活動して発生するかは大変興味がある問題で,これらの知見の積み重ねを経て,次回の噴火の予測や噴火現象の理解の深化を目指している.

3.11.2 海域における観測研究

(1) 災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)による海底観測

(1-1) 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震震源域の海底モニタリング観測

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下東北沖地震)の発生時には震源域の一部に海底地震計が設置されており,本震発生直後から海底地震計を追加設置し余震観測を実施した.その結果,本震時に大きな滑りが推定されている本震震源付近では本震直後から余震活動が低調であり,地震活動の様式が変化したことがわかった.その後2011年9月からは主に長期観測型海底地震計を用いて震源域における海底モニタリング観測を長期にわたって実施している.

地震時の滑りが大きかった東北沖地震震源域本震付近における長期の地震モニタリング観測はプレート間固着の変化などを把握するために重要である.そこで2013 年9 月に長期観測型海底地震計を宮城県・岩手県沖に展開し,モニタリング観測を2014年10月まで実施した.さらに,2015年5月には震源域最北部の青森県沖に長期観測型海底地震計を設置して海底地震観測を2016年5月まで実施した.また,2014年10月から2016年10月まで科学研究費助成事業と連携して広帯域海底地震計を含む小スパンアレイと長期観測型海底地震計による宮城県沖における海底モニタリング観測を実施した.2016年10月から2018年11月までは科学研究費助成事業と連携して小スパンアレイによる観測を福島県沖において実施した.2019年7月から2020年10月にかけては科学研究費助成事業と連携して北海道えりも岬沖において小型広帯域海底地震計と長期観測型海底地震計を用いた小スパンアレイ観測を実施した.2020年10月には科学研究費助成事業と連携して岩手県沖において広帯域海底地震計を含む小スパンアレイと長期観測型海底地震計による海底モニタリング観測を開始し,2022年1月まで観測を行った.さらに岩手県沖では2022年5月および11月に小型広帯域海底地震計と長期観測型海底地震計を設置してモニタリング観測を行っている.なお,これらの観測研究は,北海道大学,東北大学,京都大学,鹿児島大学,千葉大学との共同研究である.

(1-2) 南西諸島海溝北部における長期海底地震観測

南西諸島海溝域では島嶼が海溝軸から100~200 km 離れた島弧軸に沿って直線状に配列するのみであり,プレート境界付近の微小地震活動等の時間空間的変化の詳細な把握が難しい.本観測研究は海域に長期観測型海底地震計を設置してプレート境界3次元形状などを明らかにするとともに活発な活動が確認されている短期的スロースリップイベントや超低周波地震の詳細を明らかにする.2021年8月に長期観測型海底地震計をトカラ列島東方海域に海底観測網を構築して観測を開始した.2022年4月および5月にトカラ列島東方海域において長期観測型海底地震計を回収するとともに,予め準備した長期観測型海底地震計を用いて,同じくトカラ列島東方海域で位置をずらした観測網を構築して観測を実施している.なお,この観測研究は鹿児島大学,京都大学,長崎大学との共同研究である.

(1-3) ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯における海底観測

ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯北部では,平均しておよそ2年の周期でスロースリップが発生しており,このうち6年程度の周期で規模の大きなイベントが起こっている.2014年5月から2015年6月にかけて海底地震計と海底精密圧力計を用いて実施した観測では,比較的大規模なスロースリップイベント(SSE)を観測網直下で捉えることに成功し,そのプレート境界面上のすべりが部分的に海溝軸近傍まで達していることが,世界で初めて確認された.また,このSSEが終了する時期から,沈み込んだ海山周辺で3週間ほど連続して発生する微動活動を明らかにした.一方,沈み込む海洋性地殻内での地震活動における発震機構の時間変化とSSEとの対応関係から,通常は横ずれ型の地震が卓越しているのに対し,SSE発生直前には多様なメカニズムの地震が発生していることが明らかとなった.このことは,海洋性地殻内における脱水反応によって間隙水圧が上昇し,有効法線応力があるレベルまで減少したところでSSEが発生する可能性を示唆している.なお,この観測研究は,東北大学,京都大学, UCSC(米国),LDEO(米国),University of Colorado at Boulder(米国)との共同研究である.2018年には同海域に海底地震計を設置し,2019年3月に発生したSSEおよび微動活動を再び観測網直下で捉えることに成功した.2019年10月にはこれらの海底地震計を回収し,良好なデータが記録されていることを確認した.この微動活動の発生様式は2014年の活動に類似しており,SSEの終息時期から3週間ほど,沈み込んだ海山周辺域に限って連続して発生していることがわかった.一方,活動の規模は2014年のものよりも遥かに大きく,その発生メカニズム解明に向け,これらの微動活動の時空間分布の比較,および構造調査から得られた構造不均質との対比などについて,詳細に解析を進めている.2020年11月には,ヒクランギ沈み込み帯中部における,固着強度が大きく変化する固着強度遷移領域に,長期観測型海底地震計を設置して海域地震観測を開始し,2021年10月に回収した.本海域では2020年5月に大規模なSSEが発生し,これを観測網直下に捉えることに成功した.このSSEに伴う微動活動などについて,現在解析を進めている.また,2018-19年に設置した観測網と同海域に昨年度10月に設置した海底地震計9台を2022年9月に全台回収し,これを再整備した後に,2022年10月にほぼ同じ観測点において観測を開始した.2021年10月から2022年9月までの本海域では,陸上GNSS観測網で検出されるスロースリップは発生しておらず,定常状態における通常の地震・テクトニック微動活動の把握が可能と考えられる.現在,回収したデータの解析を進めている.

(1-4) 宮崎県沖日向灘における長期海底地震観測

宮崎県沖日向灘では活発な低周波微動活動が確認されている.その活動状況を正確に把握することは海洋プレート沈み込みを考える上で重要である.そこで2020年11月に宮崎県沖日向灘に長期観測型海底地震計の小スパンアレイを新規に設置して観測を開始した.2021年8月に観測を終了した長期観測型海底地震計を回収し,観測を継続するために長期観測型海底地震計を用いた小スパンアレイを再設置した.2022年8月には日向灘に設置した長期観測型海底地震計の小スパンアレイによる観測を終了すると共に,新たに整備した長期観測型海底地震計により広域観測網を構築して観測を継続している.なお,この観測研究は,京都大学との共同研究である.

(1-5) 東北日本弧横断構造探査実験

日本列島の形成や海溝型地震の影響を考える上で深部構造を精度よく求めることが必要である.特に,日本海溝外側から日本海までの領域についてリソスフェアとアセノスフェアの詳細な構造を求めることは日本海における地殻構造の不均質や日本海東縁の歪み集中帯の形成,2011年に発生した東北地方太平洋沖地震が長期に与える影響などを考える上で有益な情報である.そのために日本海から日本列島を横切り日本海溝に至る測線を設定し測線上に長期観測型海底地震計を設置して実体波トモグラフィー・レシーバー関数解析・表面波解析などから深部までの構造を求める.さらにこの測線上で大容量エアガンを用いて構造探査実験を行い,深部構造と上記の解析に必要な詳細な浅部構造の情報を得る.2022年11月にこの計画の一環として山形県沿岸から大和堆にいたる日本海において長大な測線を設定し,海洋研究開発機構学術調査船白鳳丸KH22-9研究航海により小型広帯域海底地震計を設置し長期観測を開始した.さらに設置した小型広帯域海底地震計に向けてエアガン発震を行った.同時にマルチチャンネルハイドロフォンストリーマを曳航して,反射法地震探査も実施した.

日本海盆で過去に取得された海底地震計記録を用いて,表面波及び実体波データのジョイントインバージョン解析を行い,1次元S波速度構造を推定した.その結果,リソスフェア内部に予期せぬ速度不連続面が見つかり,不連続面の浅部では異方性が強く,深部では弱いことが明らかとなった.浅部の異方性はマントル対流に沿った結晶方位の配向を反映する一方で,深部では日本海の拡大停止に伴うマントルの小規模対流が結晶方位の配向を乱したと考えられる.

 (1-6) 房総半島沖における長期海底地殻変動観測

房総沖スロースリップ領域において海底地殻変動を検出することを目的として長期観測型海底水圧計による観測を実施している.2021年8月に海底圧力計の回収・再設置を行い,観測を継続した.2022年9月には再度海底に設置されていた海底圧力計を回収,新たに準備した海底水圧計をほぼ同一箇所に再設置を行い観測を継続している.用いている海底水圧計は3年間程度の連続収録が可能である.これまでに回収した長期観測型海底水圧計のデータについて解析した結果,海底の上下変動が約1 cmの精度で観測できることが示された.2018年6月の房総沖スロースリップの活動期間を含むデータからスロースリップに伴う約1~2 cmの上下変動が検出された.なお,この観測研究は千葉大学との共同研究である.

(2) 文部科学省委託事業および共同研究による海底地震調査観測研究

(2-1) 防災対策に資する南海トラフ地震調査研究プロジェクト

南海トラフでは将来規模の大きな地震の発生が想定されている.そこで南海トラフ地震の活動を把握・予測し社会を守る仕組みを構築し,地域への情報発信による減災への貢献をめざす委託研究プロジェクトが2020年から5カ年の計画で実施されている.このプロジェクトの一環として,南海トラフ西部の日向灘において広帯域海底地震観測を実施している.2021年3月に小型広帯域海底地震計を含む長期観測型海底地震計を宮崎県沖日向灘に設置して観測を開始した.2022年1月および2022年8月に小型広帯域海底地震計を含む長期観測型海底地震計の回収・再設置を行い,観測を継続している.なお,この観測研究は京都大学と連携して行っている.

(2-2) 南海トラフにおける高密度海底地震計アレイ観測

西南日本沈み込み帯においては,室戸沖から熊野灘沖にかけて海底ケーブル地震観測網(DONET)が敷設されており,スロー地震の活動が長期にわたってモニタリングされている.しかしながら,スロー地震の震源断層の特定および発生メカニズム解明のためには,既存の観測網では震源決定精度が足りていない.スロー地震の高精度な震源決定,および詳細な3次元S波速度構造地下推定を目指し,当該海域において長期観測型海底地震計による自然地震観測を実施している.2022年度は,熊野灘のスロー地震発生域において,海底地震計の回収・設置を行った.また,これまでに回収した地震計のデータには,2020年12月に始まった大規模なスロー地震活動の記録が含まれている.本データを利用した,スロー地震の震源解析を進めている.本研究は京都大学,神戸大学,海洋開発研究機構との共同研究である.

(2-3) メキシコ太平洋沿岸部ゲレロギャップにおける長期海底地震・圧力観測

メキシコ太平洋沿岸部はココスプレートが北米プレートに沈み込んでおりプレート境界型巨大地震が発生する.しかし,ゲレロ州の沖合(ゲレロギャップ)は近年大きな地震の発生が見られない一方スロースリップが4年程度の間隔で繰り返して発生していることが知られている.プレート間歪みをスロースリップのみで解消しているわけではなく将来巨大地震発生の可能性があると考えられている.そこでゲレロギャップ下のプレート間固着を明らかにすることを目的として海底地震地殻変動観測網を構築した.2017年11月に長期観測型海底地震計および長期観測型海底圧力計をメキシコ国立自治大学(UNAM)所属研究船El Pumaを用いて設置した.観測領域は海溝沿いに約120 km,直交方向に約50 kmである.その後,同じく研究船El Pumaを用いて観測継続のため長期観測型海底地震計および長期観測型海底圧力計の回収再設置を繰り返し,2022年3月に観測を終了した.なお,本研究は,2016年度から開始された国際科学技術共同研究推進事業,地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「メキシコ沿岸部の巨大地震・津波災害の軽減に向けた総合的研究」の一環として,京都大学,東北大学,UNAM(メキシコ)との共同研究として行われた.

(3) 海底地震地殻変動観測システム開発およびデータ解析手法開発

(3-1) 三陸沖に設置した光ケーブル式海底地震・津波観測システムの運用

地震研究所が開発し1996年に三陸沖に設置した海底地震・津波観測システム(1996システム)は3台の地震計(加速度計)と2台の津波計(水圧計)を光海底ケーブルで結んだものであり,データ伝送には従来の光通信技術が使用されている.1996システムは2011年の東北沖地震の地震動及び津波を観測したが,陸上局舎が津波被害を受け観測が中断した.その後,陸上局舎の再建と陸上設備の再製作を行い2014年から観測を再開した.一方,従来の光ケーブル海底地震・津波観測システムは海底通信技術を用いた高信頼性システムであるが,コスト面や運用面に改善の余地がある.そのため,データ伝送とシステム制御にインターネットに代表される情報通信技術を用いたシステムを新たに開発した.このシステムはデータ通信の冗長性を備え,より低コストで観測装置を小型・軽量に製作できることが特長である.1996システムの更新も視野に入れて,開発に基づいたシステムを製作した.このシステムは地震計と津波計を装備した観測点を2点,地震計と拡張ポートを装備した観測点を1点装備し,海底ケーブル全長は約110 kmである.拡張ポートにはデジタル出力型高精度水圧計を接続して2015年9月に岩手県釜石市沖へ設置を行った(2015システム). 2015年以降は両システムによる観測を継続しながら効率的な運用技術構築の開発を行っている.2017年4月には2015システムにおいて波浪の影響を受けやすい汀線部から沖側約30 mまでの区間のケーブルの保護対策とアース電極の沖合への設置作業を実施した.その結果,給電電圧の変動はほぼ無くなり安定した運用ができるようになった.2018年9月には1996システムについてシステムの監視と観測データの冗長性向上を図るために陸上局舎内に既設システム監視用サーバを新規に追加した.2019年10月に台風19号の影響により停電が発生したが,発動発電機による自動給電が発動し観測は継続された.しかし,道路の被害や局舎付近への土砂流入などが発生し,この復旧作業は2021年3月まで行われた.また、2019年11月11日落雷により陸上局舎内の2015システム給電装置に不具合が発生し,同年12月2日に再起動可能となるまで欠測となった.その後は連続観測を行っている.2022年1月には1996システムのGPS受信器の交換を行った.また,2022年には2015システムの地震計と水圧計の記録をwebシステムを通じて公開するシステムの構築を行った.2023年1月には陸上光回線を釜石市の陸上局舎に導入しデータ通信の高速化を図っている.2018年からはこれまでのシステム構築と運用の知見と経験を生かして防災科学技術研究所が南海トラフ震源域西部に設置を進める南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)整備事業に協力している.

(3-2) 光ファイバ計測技術による海底ケーブルを用いた海底高密度地震観測システムの開発

光ファイバセンシングの一つであり振動を計測する分散型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing,以下DAS)は近年様々な分野で応用され始めている.地震関係の分野では石油探査のために構造調査に利用が始まり,地震観測にも適用されている.この計測は光ファイバ末端からレーザー光のパルスを送出し,光ファイバ内の不均質からの散乱光を計測する.その散乱光の変化から振動を検出する方法である.光ファイバに沿って時空間的に密な観測を実施できることが特長である.地震研究所が1996年に設置した三陸沖光ケーブル式海底地震・津波観測システムは,伝送路である海底ケーブルに予備の光ファイバを持っている.この予備光ファイバにDAS計測を適用することによって空間的に高密度の海底地震観測を実施できる.2018年からDAS計測技術を三陸沖光ケーブル式海底地震・津波観測システムの予備光ファイバに適用する開発を開始し,2019年2月に最初の観測を行って以降2022年までに計9回の観測を行っている.生成されるデータ量が莫大であるために臨時観測の形態をとっており,1回の観測期間は2日から約1ヶ月である.測定長は70kmから100 kmとし,計測点間隔は2 mから5 mである.これらの観測により多数の地震が収録され,記録の解析から,DAS計測が地震観測として有益であることが確認された.加えて,空間的に高分解能なケーブル直下浅部のS波速度構造が求められた.2020年11月にはエアガンとDAS計測による構造調査を,海洋研究開発機構学術調査船白鳳丸KH20-11研究航海にて実施した.白鳳丸はエアガンを曳航しながら海底ケーブル敷設ルート上を航行し,この間陸上局においてDAS計測を行った.発震には大型エアガンアレイまたはGIガンアレイを用いた.DAS計測は測定全長100 kmまたは80 km,計測点間隔5 mとしてエアガン発震時間帯を含む約5日間の連続観測を行った.得られたデータに地震波反射法の手法を適用し,ケーブル直下浅部の詳細な地下構造が求められた.2022年には地震研究所にOptaSense社のDAS計測装置(QuantX)が導入され,観測の機会が増加した.2023年2月にトンガ王国において地震研究所所有のDAS計測器と現地に敷設されている通信用光ファイバ海底ケーブルを用いたDAS計測を実施した.また,新潟県粟島に敷設されている地震研究所が保有する海底ケーブル観測システムの光ファイバを用いた地震観測の準備を2023年3月から始めている.

(3-3) 新しい精密水圧計の試験・評価

海底における精密水圧観測に用いているセンサーの高度化を図るために新技術による水圧計センサーの試験評価を行った.このセンサーは,従来のセンサーと同じく,圧力により発振周波数が変化する.現在用いている収録装置を新型水圧計センサーに接続可能であることから2021年は現在運用している自由落下自己浮上式海底水圧計の水圧計センサーを新型水圧計センサーに変更し新しい自由落下自己浮上式海底水圧計を製作した.この水圧計を2021年8月に房総半島沖に設置し同年11月に回収した.また,観測を継続するために新たに整備した同タイプの海底水圧計を再設置し2022年3月に回収した.2回の観測の結果,計203日の海底圧力記録が得られた.また,新型水圧計センサー搭載海底水圧計と同一地点に設置されていた従来の海底水圧計を同年9月に回収し,記録の比較が可能となった.2022年1月に発生したトンガにおける大規模火山噴火による海面変動が観測されており,新型センサーと従来センサーで同一の波形を示した.

(3-4)小型広帯域海底地震計の開発

長期観測型海底地震計は実用化以降多数の実績を持っており,繰り返し観測の手法によりモニタリング観測が可能となった.この長期観測型海底地震計の地震計センサーは三成分高感度短周期速度計であり,その固有周波数は1 Hzである.通常の地震観測には十分な帯域であるが近年着目されている浅部低周波微動や超低周波地震を観測するにはやや帯域が不足である.近年小型で低消費電力である広帯域地震計が利用可能になってきた.そこでNanometrics社Trillium Compact Broadband Seismometerを長期観測型海底地震計に組み込むために専用レベリング装置の開発を実施し,2017年に小型広帯域海底地震計の最初の観測を行った. 2018年以降は主として固有周期120秒の地震計センサーを搭載した小型広帯域海底地震計の観測への利用を進めている.2021年はこのレベリング装置の機能強化を行いレベリング操作時の時刻を制御部の個体番号やセンサーの傾斜とともに記録できるようにした.2022年はひきつづき台数の確保を進め,30台以上を観測に用いることができるようになっている.