地球内部の3次元地震波速度構造から地球内部の温度分布や流体分布を定量的に推定するためには,岩石の非弾性特性の解明が不可欠であるが,実験データが少なく未知の部分が多い.我々は,有機物多結晶体を岩石アナログ物質として用い,試料のヤング率Eと減衰Q-1を6桁の広周波数帯域(100-0.1 mHz) で精密に測定できる独自の非弾性測定装置を開発した(図3.3.1).この装置を用いて,多結晶体の弾性・非弾性・粘性を,融点直下から融点を超えて部分溶融に至るまでの温度範囲(T/Tm=0.89~1.01)でほぼ連続的に測定を行った.その結果,部分溶融が多結晶体の物性に与える影響は,これまで知られてきたような,メルトが生じたことによる直接的な影響に加えて,溶ける直前にも大きな変化が生じていることがわかった.つまり,ソリダス直下(T/Tm > 0.94)の固体状態において,多結晶体の減衰が顕著に増大し,また,粘性の活性化エネルギーも顕著に増大することがわかった.しかも,融点で0.4%程度の微少なメルトしか生成しない試料でもこの固体状態での変化は大きく,メルトによる直接的な影響を遥かに凌ぐ.上部マントルに存在し得るメルト量は,地球化学的制約条件から1%未満であると予想されているが,部分溶融の影響に対する従来の理解では,上部マントルで観測される地震波低速度域を微少量のメルトで定量的に説明することは困難であった.本研究の成果は,地球化学と地震学の結果を整合的に説明することを可能にするものとして重要である.実際,海洋リソスフェアの地震波速度及び温度構造から得られた横波速度の温度依存性は,カンラン岩のソリダス直下で急激な速度低下を示す(Priestley and McKenzie, 2013).本実験データから得られた非弾性モデルは,この速度低下をほぼ定量的に説明することに成功した.融点直下における物性変化の詳しいメカニズムはまだ解明できていないが,粒界構造の無秩序化(プリメルティング)によるものと推測している.
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3.3.1 多結晶体特性からみた地球内部ダイナミックスの素過程
岩石のほとんどは多相固相系であり、第1相鉱物の粒界に孤立して存在している第2相がオストワルド成長し、それに応じて第1相粒子も粒成長する。その時、粗大化する第2相と第1相の重なりを解消するように、第1相粒子の変形(クリープ)が必要と考えられ、多相固相系のクリープと粒成長は同じメカニズムで進むと予想される。本研究では、フォルステライト(Mg2SiO4)+ペリクレース(MgO)多結晶体のクリープ実験と粒成長実験を行い、クリープと粒成長を支配する拡散メカニズムを明らかにした(Okamoto & Hiraga, 2022 JGR)。最も遅い拡散種であるケイ素は、この多結晶体では第1相であるフォルステライトにのみ含まれており、先程の仮説を検証するために適した試料だと考えられる。このフォルステライト+ペリクレース多結晶体に対して、大気圧・高温(1150〜1400℃)下での一軸圧縮方向のクリープ実験を行った。また、1300℃から1450℃の異なる温度で500時間の粒成長実験も行った。実験後の試料の微細構造を走査型電子顕微鏡で観察した。その結果、クリープ速度と粒成長速度の両方から推定される拡散係数は実質同じであることがわかった。この結果は、フォルステライト+ペリクレース多結晶体のクリープと粒成長が、共通の拡散メカニズムに制御されていることを示す。多くの岩石において、最も遅い拡散種が第一相(例えば、Si)に含まれることから、クリープと粒成長の速度が共通の拡散係数で決まるとことが予想される。粒成長を伴う拡散クリープ中の多結晶体の粘性率はその共通な拡散係数と時間で記述することでき、粒径‐時間粘度計が提案された。
上部マントル主要鉱物であるオリビンの結晶軸が、岩石中である方向に配向することが知られ、上部マントル内の地震波速度異方性の成因と考えられている。せん断面およびせん断方向に対して結晶軸が並ぶパターンに様々なものがあることが知られている。Miyazaki et al. (2013 Nature) において、拡散クリープ下で結晶軸選択配向が生じること、Maruyama & Hiraga (2017ab JGR)で、その配向が粒界すべりによって生じることを明らかにした。本研究では、様々な結晶軸選択配向のパターンが拡散クリープで生じるかを実験的に調べた(Kim et al., 2022 JGR)。Miyazaki et al. (2013) およびMaruyama & Hiraga (2017ab)で用いた同一試料であるオリビン+20vol%ダイオプサイド多結晶体に対して、異なる温度、変形時間条件での純粋せん断変形実験を行った。オリビンのb軸がせん断面の法線方向に集中するタイプ、その集中に加えてa軸がせん断方向に並ぶタイプ、配向しない(ランダム)タイプが見いだされた。そのタイプが、オリビン粒子形で決定されていること、粒子形は粒子成長と共に変化することが分った。これまで、オリビンの配向およびそのパターンは、転位クリープ下での水の有無、応力の大小、温度の違い等によって変化すると考えられてきたが、我々は、粒成長によって粒界すべりし易い方向が変化し、それに応じて結晶軸選択配向パターンが変化するという新しいメカニズムを提案する。
3.3 物質科学系研究部門
教授 | 岩森光(部門主任), 中井俊一,平賀岳彦,武井(小屋口)康子(兼任) |
准教授 | 安田敦 |
助教 | 三部賢治, 三浦弥生, 森重 学, 坂田周平 |
特任研究員 | 原口 悟, 小泉早苗, 谷部功将, Debaditya Bandyopadhyay, MUKHOPADHYAY Manaska |
技術補佐員 | 今野沙世 |
大学院生 | 岡本篤郎(D3), 金 娜賢(D3),岩橋くるみ (D3),勝木悠介(M2), 津田 実(M2), 姜 勝皓(M1), Hang Zhang(M1) |
インターンシップ研究生 | Chunjie Zhang |
本部門では,物質や物性の研究を通じて,固体地球内部の構造やダイナミクスの素過程を明らかにすることを目指している.地球に留まらず,太陽系内外で の諸現象も研究対象にしている.理論,室内モデル実験,超高圧実験,元素・同位体分析など様々な方法に基づいて研究を行っており,その 内容は多岐にわたる.本年度における概要を以下に示す