企業,家庭,銀行などの経済主体は,他の経済主体やライフラインなどのインフラストラクチャと密接な依存関係を持って機能しているため,これらの経済主体の集合である経済システムは大地震などの局地的な自然災害に対して脆弱となりがちである.そのため,大規模な災害に対する復旧計画を立案する際には各経済主体間の依存関係を考慮することが望ましい.このような分析においては,個々の経済主体を時系列で自律的に動くエージェントとしてモデル化しその相互作用を陽に解像するエージェントベース経済シミュレータが適しているが,数億エージェントからなる大規模経済においてはシミュレーションコストが膨大となり災害復旧の分析に適用するための課題となっている.
この課題を克服するため,計算地球科学研究センターでは多数のCPUを搭載した分散メモリ型並列計算機において高速実行可能な,高性能計算に基づく高分解能エージェントベース経済シミュレータ(HP-ABES)の開発を進めている.これまでのHP-ABESでは国全体で各エージェントの特性が均質であることを前提としていた.これは平時におけるGDPなどの国全体の経済指標を予測するためには有効であったが,大規模な地震災害時においては立地やサプライチェーンの状況によって各エージェントは異なる状況に置かれるため,この前提は成り立たなくなる.そこで2022年においては,災害後における各エージェントの状況を捉えるため全国を47の領域に分割し,全国をこれらの領域の集合体としてシミュレーションできるようにHP-ABESを拡張した.また,各領域における経済活動に関わる費用等を正確に計算するため,各都道府県から入手可能なデータに基づいて47領域におけるパラメータを設定した.これらの拡張により,災害後の経済シミュレーションの精度向上が期待される.
教育学研究科海洋教育センターの海洋教育基盤研究プロジェクトの一環として,中・高校生向けの書籍「東京大学の先生が教える海洋のはなし」(成山堂,2023年)を分担執筆した.
地殻熱流量や海洋底深さ、地震波速度異方性など様々な観測から、海洋プレートの下で小規模対流が生じている可能性が指摘されている。地球物理学的観測から小規模対流の存在をより詳細に議論するためには、小規模対流がとりうる空間パターンを物理的に理解する必要がある。これまでの研究では、特に海洋プレートが比較的速く移動する際、小規模対流はその回転軸がプレート運動方向に対して平行になるように生じやすいとされてきた。これは小規模対流が海洋プレートの運動に伴う大規模なマントルの流れを妨げないように生じようとするためである。一方海洋プレートが比較的遅く移動する際には小規模対流はランダムな空間パターンを示すと考えられてきた。しかし3次元の数値モデルを用いて小規模対流の振る舞いを再評価したところ、プレート移動速度が比較的小さい場合には小規模対流の回転軸は海嶺軸に対して平行となる場合が多いことが明らかになった。これはプレート運動に伴うプレート運動方向の温度勾配が小規模対流の空間パターンを支配する主要な要因となっていることを示唆している。
(1) テレメータシステムの運用管理
観測開発基盤センターの地震・火山観測網で,地震波形データをはじめとする,各種リアルタイム観測データの伝送および連続収録を行うテレメータシステムの運用管理を継続している.研究者が目的に応じて接続するセンサーの連続データを,途切れなく伝送し収集・提供するとともに,一部イベント収録処理も行う.伝送手段としては衛星通信(VSAT)や,ISDN・ADSL・光回線・無線LAN・モバイル通信等,最新の通信技術を取り入れた各種IP通信回線を利用している.管轄する観測点は地震・火山合わせて約200観測点である.特に衛星通信については,全国の大学の共同利用設備として,VSATシステムのハブ局を東京と長野の2か所で運用し,140局のVSATの維持管理を行い,地上回線の利用が困難な山間僻地や離島での機動的な観測研究に貢献している.観測点からフレッツ系およびモバイル系回線でデータをSINETのデータセンタ(長野,松江)へ直接収集して直ちにJDXnetに乗せる,耐災害性の高いデータ伝送システムを運用継続し,2022年度末には,地震予知振興会等の観測点を含め合計241点に対応した。
(2) 全国の大学を含む各機関とのデータ交換システムの運用管理
リアルタイム観測データの全国的な流通のため,各大学や地震火山情報センターと協力して,高速広域網新JGNとSINET5のそれぞれ L2VLANサービスや,フレッツ系回線等を利用し,全国の大学等を結ぶJDXnet(Japan Data eXchange network)を構築・運用管理している.また,地震観測に関係する全国の大学を代表して,東京大手町に防災科研が設置したTDX(Tokyo Data eXchange)を介した,気象庁・防災科研等他観測機関とのリアルタイムデータ交換の窓口の役割を果たしている.そのために,TDX,衛星通信ハブ局 等の拠点間を接続する延長約300kmの光ファイバー通信網を構築・運用管理している.これらの高速広域ネットワークにより,全国の研究者が様々な機関 の約2000観測点ものリアルタイム観測データを研究利用することが可能になっている。
(3) 収集データの利用支援
テレメータシステムやデータ交換システムによって収集されたデータは,所内ネットワークやインターネットを通じて所内外の研究者に提供される.それ には収録済みデータのオンライン利用やオフライン利用(テープの再生等)とともに,インターネットやJDXnetを介したリアルタイム配信サービスも含まれる.これら所内外の共同利用ユーザーに対する技術的および手続き面での支援を行っている.また,長期間地震波形データ等解析システムを導入してこれまでに蓄積されたすべての地震データの解析環境を提供してきたが,2022年3月に大規模連続地震波形データ解析及びモニタリングシステムとして更新し,運用を開始した.新しいシステムの記憶容量は1.6ペタバイトであり,地殻活動モニタリングシステムとハードウェアを統合した.地震波形データについては,地震研究所の保有する1989年からのデータ536TB及び臨時観測等のデータ259TBが本システムに格納された.
プレート収斂域での火成活動において,部分溶融によるメルトの発生からメルトの上昇・冷却・定置といった一連の過程がどのような時間スケールで進行するのかを明らかにすることは,大陸地殻-マントル間での物質的・化学的分化の過程を理解する上で重要である.こうしたマグマ活動の中でも,特に高温(>600℃)でのプロセスに時間軸を設定する上で鍵となる手法が高い閉鎖温度(約900℃)を持つジルコン鉱物のウラン・トリウム系列年代測定法である.物質科学系研究部門・坂田研究室ではジルコン鉱物から得られる時間情報の高精度化を進めると共に,従来法では得ることのできなかったメルトの発生から鉱物晶出までの期間を定量化する新たな年代測定法の開発を進めている.さらに,マグマ溜まり中での温度や化学組成の変化を追跡する目的で鉱物中の微小領域(15-30μm)からチタンや希土類元素を精確に定量する技術を確立した.こうした年代・元素分析を国内の第四紀火山噴出物(三瓶火山,戸賀火山,霧ヶ峰等)や深成岩体(黒部川,大崩山,遠野等)の試料に適用し,数千年-1万年程度の時間分解能でマグマ中の温度変化や化学組成変化を復元することに成功した.
また,現存する物質的記録が極めて少ないとされる地球誕生から最初の5億年間(冥王代)の地殻の化学進化を解明する研究も進めている.西部オーストラリアより採取した礫岩より500粒子以上の冥王代ジルコンを発見し,高精度のU-Pb年代測定や化学組成の分析を進めている.特にこれまで冥王代ジルコンでも報告数の少なかった42-44億年前のジルコンも数十粒子集積しており,報告されている最古の地球ジルコン(約44億年前)と同等の年代を持つものも発見した.現在冥王代ジルコンの年代、化学組成を用いて独立成分解析を行うことで44-40億年前の地球最初期の表層・地殻の環境を変化させる機構についての推察を行っている.
巨大地震が発生した場合,早急に損傷を受けた建物の損傷度を評価し,建物の継続利用の可否を評価する必要がある.そこで本研究では,比較的安価の加速度計を設置し,建物の地震時応答を計測して,等価線形化法を用いた損傷度評価システムの開発を進めている.等価線形化法とは,建物に作用している力と変形の関係を等価一自由度に縮約してその耐震性能を評価する方法である.このシステムの有効性を実証するため,既存構造物に実際に設置して,計測を続けている.観測建物は,中層事務所ビル,学校建物,低層木造歴史建造物,低層戸建て住宅,60m級通信用鉄塔などである.本年度には、新たに赤門、ペルーの国家緊急事態対策センター(COEN)、ペルーの戸建て住宅に設置を行った。
2021・2022年度には、特に技術的に問題となる一方向へ塑性変形が累積する場合を再現する鉄骨フレーム試験体を数種類作成し、振動台実験を実施した。さらに実験結果を用いて、加速度記録から精度よく残留変形を算出する技術の研究開発を行っている。
(1)噴火のダイナミクスの解明を目指した実験と理論研究
マグマ破砕過程を「粘弾性流体の破壊現象」と位置づけ,定量的モデル化に向けた粘弾性構成方程式の構築と数値計算手法の開発を進めた.単純なマクスウェル型の粘弾性を示す光弾性物質を用いた変形・破壊実験に着手し,加速を伴う3次元の変形場の中で,流動から破壊へと遷移する様子を,光弾性を利用した弾性歪の可視化を含めて観察した.また,気泡の膨張に伴う流体の破壊と流動挙動について,この粘弾性流体と降伏強度より小さい応力下で弾性を示すジェル状流体の比較を行った.気泡への気体供給速度を増加すると,粘弾性流体は脆性破壊を生じたが,ジェル状流体は流動速度が増加した.また,それぞれの流体の表面で気泡が破裂するときの音波発生の条件について系統的に実験を行い,制約を与えた.上記の流体のレオロジーと,水蒸気噴火の噴出物である火山泥のレオロジーを比較したところ,火山泥はジェル状流体に近い性質を持っていることが分かった.マグマにおいても,結晶を含む低粘性マグマはジェル状流体に近いレオロジーが報告されている.そこで新たに固体粒子と粘性流体からなる懸濁流のレオロジーおよび破砕過程を調べる実験に着手した.
(2)火山噴煙ダイナミクスのシミュレーション研究
爆発的火山噴火で見られる噴煙柱・火砕流の噴煙ダイナミクスと,火山灰輸送・堆積プロセスの解明を目指し,数値モデルの開発とそれを用いた大規模シミュレーション研究を進めている.火山灰は噴煙によって上空へと運ばれ,噴煙から離脱すると大気風によって広範囲に移流・拡散する.そのため,噴煙の上昇・拡大が火山灰輸送を支配する噴煙ダイナミクスとそれに続く移流拡散,それらの結合が重要な問題となる.噴煙ダイナミクスの問題に対し,インドネシア・シナブン火山の2018年噴火に関する3次元シミュレーションを実施した.計算結果を気象レーダーを用いた観測データと比較することで,火口での噴火条件と火砕流の発生機構について解析した.火山灰の移流拡散問題に関しては,地震研究所で開発された噴煙ダイナミクスの3次元モデルとFall3Dと呼ばれる移流拡散の高精度モデルとの結合を目指し予備計算を開始した.また,火砕流内部における火砕物粒子の影響を解析するため,固体・気体2相流の新たなモデル開発に着手した.
(3)大規模噴火に関する研究
南九州鬼界カルデラの活動履歴や7.3 ka鬼界アカホヤ噴火の推移を解明するための研究を進めている.とくに従来アカホヤ噴火の前駆的活動により形成された可能性が指摘されていた長浜溶岩(流紋岩質溶岩)やそれ以前の活動の実態を明らかにするために,2018年にボーリング掘削を実施した.それにより得られた試料の解析を進めた結果,長浜溶岩は深度11-190 m(水深130 mに相当)に存在し,その直下の深度190-230 mには貝殻を含む粗粒砂質層や複数枚のテフラ層を主体とした海成の地層が存在することがわかった.長浜溶岩直下の砂層に含まれる複数の貝殻の14C年代測定を行ったところ,7000〜8300 calBPの年代値が得られた.これにより,長浜溶岩の活動が鬼界アカホヤ噴火に先行する活動であったことがはじめて地質学的・年代学的に明らかになった.長浜溶岩およびその下位のテフラ層(12-15 ka)とアカホヤ噴火の岩石学的関係,大規模噴火に先行する溶岩流活動の役割など,巨大噴火を起こしたマグマシステムとその進化について研究を進めている.また,アカホヤ噴火前半のプリニー式噴火フェーズの層序の細分化を行うことで,従来よりも詳細な噴火推移と噴出率の変遷が明らかになった.
(1)火山の空振モニタリング手法の開発
火山噴火に伴う空振の波形や振幅を正確に計測するため,新しい空振計を開発している企業や工学系の研究者らと協力し,小型・低消費電力マイクロフォンやMEMSセンサー,高精度気圧計の比較試験,火山地域における長期評価試験,国立極地研究所の低温室における低温耐性試験を行い,必要な改良を進めている.
より効率のよい空振アレイ観測の方法として,従来のアレイ観測よりも一桁空間スケールの小さい,10メートルサイズの極小規模アレイの開発を行い,さらに,地上2~4m程度の高さに1要素加えることによって,方位角だけでなく仰角の分解能が向上させられることを示した.イタリアのストロンボリ火山において,極小規模空振アレイを用いて観測したデータの詳細な解析を行った.そして,アレイ解析と波動場数値計算を組み合わせることにより,これまでにない精度で空振源の高さに制約を与えることができた.また,活発な噴気活動を続ける霧島火山硫黄山周辺において,大小二つの噴気からの空振シグナルを計測・分離する観測実験を行った.3要素極小規模空振アレイと単独空振計による観測データの統合解析により,音源分解に成功し,両者の振幅比が15:1であると決められた.強度に差のある空振場で微弱な音源を把握することは容易ではなく,本研究の手法は,噴気地帯や複数の活動的火口を有する火山の監視や観測に役立つものと考えている.
(2)無人ヘリやドローンを活用した火口近傍観測システムの開発と応用
活動的な火山において,観測者を危険にさらすことなく火口周辺での様々な観測を実施することを目的として,2008年から無人ヘリを用いた火口近傍観測システムの開発を進めている.産業用無人ヘリを火山観測に利用するため,様々な火山での飛行実績を積むとともに,観測に必要な様々な周辺機器,静止画・動画撮影用の機器を搭載するための専用雲台,地震計やGPS観測装置をヘリから降下設置するウインチ,無人ヘリ設置用の地震計モジュール,GPSモジュールなどの開発を進めてきた.口之永良部島では2015年4月に火口近傍の4箇所に地震計を設置した.この地震計は2015年5月の噴火で失われたが2015年9月に再度5点を設置した.観測データから2015年5月29日の噴火に先行して火口近傍で地震が急増していたこと,単色地震も増加していたことがわかった.また,可視画像・熱映像・電磁気・ガス等の多項目データから,活動の大きな変化も捉えられた.火口に接近して得られたガスの分析により脱ガス時の見かけ平衡温度が推定された.2016年6月には,火口から1.5km内が警戒範囲となっている西之島において,気象庁と共同で無人ヘリ(船上より離発着および制御)により活動・噴出物の観察および岩石試料の採取を行った.また,2009年から2017年にかけて,桜島山頂付近に地震計およびGPS受信機を設置した.桜島山頂の地震計は2021年2月末時点も稼働を続けている.
無人ヘリによる空中磁気測量も精力的に行っている.2011年霧島新燃岳噴火後の山体の帯磁状態の変化を把握するため,2011年5月,11月,2013年11月,2014年10月,2015年11月,2017年11月,2018年11月の計7回,新燃岳およびその西側,およそ3㎞四方の領域において,繰り返し空中磁気測量を実施した.測線間隔および対地高度はおおよそ100mで一定として測定フライトを実施した.プログラムした航路に沿って正確に測定飛行できることは繰り返し測量にとって大きな利点である.解析の結果,新燃岳火口内の溶岩は平均として4.0 A/m帯磁したと想定すると観測された全磁力データをよく説明することが判り,火口に蓄積された溶岩が熱拡散過程で順調に冷却している様子を明確にとらえることに成功した.また,三宅島においては,今後の火山活動を把握するための基礎資料とするために無人ヘリを用いた詳細な空中磁気測量を2014年5月と2016年11月に実施し,2017年度に解析を進めた結果,山体北側で負,南側で正の変化を検出した.その後,2019年6月にも実施している.2018年1月 に噴火した草津白根山・本白根山においても無人ヘリによる空中磁気測量を実施し,過去有人機により得られたデータとの比較解析を進めている.
伊豆大島カルデラ内で実施した無人ヘリ空中磁気測量のよる磁化構造推定を行った結果,1986年噴火B火口列下は低磁化であった一方,A火口列を挟んだ北東ー南西の走向に高磁化の領域が検出された.前者は噴出により磁化を失った,あるいは,残留している未噴出物があるとみられる.後者は未噴出マグマが浅部で固化したものと考えられ,これは1986年B火口列噴火と同様式の噴火を将来引き起こす可能性を内在していることを示唆するものであり,今後の活動推移を見極めるための重要な情報となった.
電動モーターを動力源とするいわゆる「ドローン」の性能が近年大幅に向上し,火山観測において活用できるレベルに達しつつある.火山センターではドローンを活用した火山観測も進めている.新燃岳においては,ドローンによる火口内への接近撮影を実施し,西之島においては船上から飛ばしたドローンによる画像撮影と試料採取を実施した.霧島山・硫黄山ではドローンによる繰り返し空中磁気測量の活用実験を開始し,2019年に複数回の測定を実施した.その結果,無人ヘリよりも低廉かつ機動的に観測を実施できることが確認できた.これを受けて,三宅島においてもドローンによる空中磁気測量を実施した.磁化構造推定を行った結果,2000年カルデラ縁のみが極めて弱磁化であることがわかった.これは2000年噴火時にカルデラがその形状を保ったままピストン状に沈降したことで,カルデラ縁のみが磁化を失ったと考えられる.また,磁化の時間変化の検出に成功し,火口縁および南側主火口とスオウ穴火口下が消磁傾向を示していることがわかった.このことは火口縁および火口下のクラックにより熱量が効率的に上方へ輸送されたことを示しており,次期噴火活動もこの弱点を通じて起こる可能性が高いと考えられる.
無人ヘリは広域をカバーする測量に適しているが,経費や機動性にやや問題がある.一方,電動ドローンの飛行性能は年々向上しており,観測対象によっては無人ヘリに置き換える観測手段となり得る.今後は,観測対象に応じて両者を使い分けることになろう.
(3)衛星技術を活用した火山活動の把握
ひまわり8号とJAXAのしきさい(GCOM-C/SGLI)の赤外画像を用いてアジア太平洋域の主要活火山のリアルタイム観測を行うと共に,これを基盤データとし各種高分解能画像・現地観測データ等を組合せ,噴火推移・噴火プロセス解明に関する研究を進めている.この一環として,高頻度観測が可能なひまわり8号の熱異常データを用いた噴出率推定方法の開発を行った.ひまわり8号の1.6-㎛画像での熱異常と噴出率の関係を検討し,両者の間に高い相関関係があり,この回帰式が,Y = 0.47 X(Y:噴出率 106 m3 day-1 ,X:輝度値 106 W m-2 sr-1 m-1 )と求められることを示した.この式を用いて,西之島2019-2020年噴火初期の噴出率を推定し,この時の噴出率は2013-2015年西之島噴火における平均噴出率より2-3倍高かったことを明らかにした.一方,しきさいのSGLI画像は分解能が250 mと比較的高く,溶岩流の拡大や火砕流の発生等,噴火状況の変化を高頻度で捉えることができる.このSGLI画像により,カムチャッカ半島に位置するシベルチ火山の2019年噴火の観測を行い,溶岩ドームの成長率が低い状態から急上昇する時,火砕流が発生していることを見出した.また,ジャワ島東端部にあるイジェン火山の火口湖の観測を行い,2019年5月中旬から6月にかけて湖水温が最高38℃まで上昇し,火山下のマグマあるいは熱水活動が活発化した可能性を示した.
Sentinel-5 Precursor搭載のTROPOMIを用いたSO2放出率の推定手法の開発を行った.この衛星は極軌道を周回しており,1日1回程度の頻度で大気中のSO2鉛直カラム量分布のデータが提供されている.このデータに,気象モデルの風向風速の解析値から推定される噴煙の輸送距離・輸送時間を合わせることで,放出率を推定するプログラムを開発した.この手法を,福徳岡ノ場2021年噴火や西之島の2021年噴火以降の活動に適用し,活動状況の把握を試みた.福徳岡ノ場2021年噴火では,初期の継続した噴煙活動のフェーズとその後のスルツェイ式噴火のフェーズで,SO2放出率は10,000 ton/day以上,最大75,000 ton/day程度だったものが,1,000 ton/day以下に急激に減少していく変動を把握した.西之島では2021年8月以降,検出限界(100 ton/day)以下から1,000 ton/day程度の値で増減を繰り返しながら推移していたが,2022年7月下旬より徐々に増加し,9月には3,000–5,000 ton/day程度に達した.10月の噴火時には,日平均で最大16,000 ton/day程度の値を記録した.噴火終了後も11月までは2,000 ton/day程度の値を維持している.今後,この手法を自動化し,上記アジア太平洋域のリアルタイム観測システムに組み込むことを行う.