部門・センターの研究活動」カテゴリーアーカイブ

3.6.1 火山噴火予知研究センターの活動の概要

 火山センターでは,火山やその深部で進行する現象の素過程や基本原理を解き明かし火山噴火予知の基礎を築くことを目指して,火山や噴火に関連した諸現象の研究を行っている.その基本的な研究方針は地震研究所の2009年サイエンスプランで掲げられた「火山活動の統合的解明と噴火予測」および科学技術学術審議会により2019年1月に出された「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)の推進について(建議)」に基づいている.

 本センターは2004年度に「火山観測の将来構想」を作成し,その中で主たる観測対象とする火山を3つに分類し,a)観測網を強化し研究成果を上げるべき火山として,浅間山,伊豆大島の2火山を,b)研究成果が短期的には大きく望めないが,将来のために観測を継続・改良すべき火山として,三宅島・富士山・霧島山の3火山を,c)他機関が既に観測網を整備している等の理由で基本的には撤退する火山として草津白根山を挙げた.全国の火山噴火予知研究コミュニティーで了解を得つつ,この構想に基づいて順次更新・整備を進めてきた結果,浅間山・伊豆大島では多項目観測網の強化が進み,霧島山では広帯域地震観測網を火山体に集中することができた.富士山の観測は着実に継続しており,三宅島については次の噴火に備えた観測網の強化が進んでいる.草津白根山については撤退を完了した.2010年度以降は,観測所等の施設は観測開発基盤センターに移管されたが,同センターの火山担当教員との協力・共同の元に研究方針に沿った整備を進めている.2022年度には,主な観測対象火山のデータをリアルタイムで表示する新たなシステムを導入した.観測網の強化・整備は一段落したと言えるが,観測を担うことのできる人材が急速に減少しつつあり,現状の観測網をこれまでどおりに維持することは相当な困難を伴う.これは地震研に限らず全国的な傾向であり,国内の火山観測における大学の役割を見直す時期が来ていると考えられる.伊豆大島や三宅島等次の噴火が切迫する火山を念頭に置きつつ,新たな火山観測研究の将来構想を早急にまとめる必要がある.

 本センターの観測研究の対象となっている主たる火山の近年の活動は以下のとおりである.浅間山では2004年の活発な活動以降に大きな活動は無く,2008年,2009年,2015年,2019年に弱い噴火が発生したのみである.しかしながら,2019年8月に発生した小噴火は活動度が極めて低い状態で発生したものであり,気象庁の噴火警戒レベルは1であった.この不意打ちともいえる噴火は観測を継続する上で安全管理の問題に影響を及ぼしている.伊豆大島は顕著な活動は無いものの,マグマ蓄積を示す基線長の伸びは継続している.富士山では目立った活動は無い.霧島山・新燃岳では2011年1月26日に約300年ぶりの本格的な準プリニー式噴火が発生し,それ以降は活発な活動が継続している.新燃岳は2017年10月に再噴火し,翌2018年3月には山頂火口から溶岩が溢れて北西に流れ下った.爆発的な噴火活動は2018年6月まで続き,山頂火口を埋めた溶岩や西斜面の噴気孔からは今も噴気が立ち上る.霧島山・硫黄山では2018年4月に小規模な水蒸気噴火が発生し,噴気活動は消長を繰り返しつつ2022年中も続いている.伊豆・小笠原諸島の西之島で2013年11月から始まった噴火は,周辺の浅海を溶岩で埋め立て新しい火山島を作り出し,約2年の活動後一旦終息したが,2017年4月と2018年8月に再度活発化し流出した溶岩により西方と南方への拡大が進んだ.2019年12月には再度溶岩流出が始まり,2020年8月まで続いた活動により旧島部分は完全に埋まり,面積が大幅に増加した.2022年7月よりガス放出などの表面活動が再開している

 本センターでは主たる観測対象火山以外についても様々な観測研究を行っており,新たな火山活動があれば国内外を問わず観測あるいは調査研究を実施している.西之島から約300km南の福徳岡ノ場海底火山は2021年8月にマグマ水蒸気爆発を発生し,噴煙高度が16kmに達した.また,国外では,トンガ王国のフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ海底火山が,2022年1月に巨大噴火を発生し,現地では降灰や火山性津波による大きな被害が発生した.その噴火に伴う地震や大気波動は世界中で観測され,また,大気波動による津波(気象津波)は日本にも被害や影響を及ぼした.本年度はこれら二つの噴火について集中的に調査研究を実施した.また,実験・理論,シミュレーション,地質学,物質科学的手法等に基づく火山の基礎研究も実施している.以下,火山毎および研究手法毎に,最近の主たる研究成果を紹介する.

3.7.4 深海底を含む西太平洋地域への地震・電磁気・測地観測網の展開・維持とデータ公開

(1)地震・電磁気・測地観測網(海半球観測ネットワーク)の展開・維持

(1-1)海洋島地震観測網

ジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)の9ヵ国14定常観測点における観測を, 海洋研究開発機構と共同で継続した.このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した.

(1-2)海洋島電磁気観測網

ポナペ(ミクロネシア連邦),アテーレ(トンガ王国),モンテンルパ(フィリピン),カンチャナブリ(タイ),ワンカイヨ(ペルー),南鳥島の各観測点における地磁気3成分と全磁力の観測を海洋研究開発機構と共同で継続した.絶対観測値を用いて2018年以降の地磁気三成分確定値の検討を開始した.また,2020 年までの観測値の公開準備を行った.

(1-3)海底ケーブルネットワークによる電位差観測

フィリピン-グアム,二宮沖-グアム(TPC-1),グアム-沖縄(TPC-2),上海沖-苓北(上海ケーブル)の海底ケーブルについて電位差観測を継続し,これらの電位差に含まれる長期変動成分の解析を継続して行った.電位差成分の永年変動(時間1階微分)と,短期主磁場変動の地磁気ジャークや海流変動との関連の調査を継続した.また,電位差変動から地下電気伝導度構造の推定を目的として,海洋潮汐による電磁誘導数値モデリング手法の開発も継続して行なった.

(2)海半球観測網を補完する長期アレイ観測

(2-1)海底地震観測

海底観測網直下の構造を浅部から深部まで決定する「広帯域海底地震探査」の手法開発を継続して行った.周期3–30秒においては地震波干渉法を,周期30–100秒においては遠地地震のアレイ解析手法をもちいることで,地震波異方性も含めた深さ10–150 kmの構造の定量的な議論が,浅部の構造を仮定せずに行うことが可能となった.また,位相速度測定が困難であった海洋底を伝播する Love波の新たな測定手法を開発し,実用的な精度でのLove波の基本モード位相速度の測定を実現させた.
本センターが実施した海底地震観測の記録は,2014-2016年に観測を実施したオントンジャワ・アレイまでの記録がOHPデータセンターより公開済みである.本年はOldest-1アレイ観測記録・チリ三重会合点での観測記録の公開準備を進めた.

(2-2)海底電磁気観測

三陸沖日本海溝では,太平洋プレートの沈み込みに伴う変遷と地震発生との関連を電磁気学的手法と熱学的手法で解明することを目的とした研究を,2007年よりJAMSTECと共同で進めた.またこの海域での観測は,2009年度以降は,「地殻流体」計画の一環として継続している.2012年度までに海溝軸を横切る複数の測線上の合計31観測点でデータを取得し,2次元構造解析を進めている.なお,本研究で2010年に設置したOBEMは,2011年3月11日の東北沖地震に伴って生じた大津波によって誘導された磁場変動を記録しており,巨大振幅津波の波源域推定に貢献した(Ichihara et al., 2013, Earth Planet. Sci. Lett.).東北地震の震源域および日本海溝を横断する2次元電気伝導度構造を推定したところ,太平洋プレートと上盤プレートの境界面付近の構造に注目すると,沈み込み直後の境界面近傍に顕著な高電気伝導度領域が存在すること,深部に移動すると低電気伝導度に遷移することをが明らかとなった.更に2013年4月から8月にかけて,新潟・秋田県沖日本海でも6台のOBEMを用いた観測を行った.同時に周辺の島で観測したデータ,過去に秋田県沖日本海で取得したデータを加えて3次元解析が進行中である.これらの観測データを統合的に解析し,最終的には日本海溝から日本海にかけての島弧断面の電気伝導度構造を明らかにすることを目指している.

観測開発基盤センターと共同し,ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯で繰り返し観測されるスロースリップイベントに伴う電気的な構造変化の抽出を目的とした,長期の海底電磁気観測にむけて準備を進めている.OBEMに新たな計測モードを追加し,また電池用耐圧容器を大きくして,電位差計測をハイサンプリングで1年間継続できる仕様に改造した.

(2-3)陸上電磁気観測

1998年以来,中国地震局地質研究所の協力を得て中国東北部吉林省中部および遼寧省西部・中部においてネットワークMT観測を行ってきた.そのデータの解析から,吉林省内の4地点においてマントル遷移層の深さで電気伝導度が他地域に比べて有意に高くなる傾向が認められた.ただ,その解析において,深部構造を決定する鍵となる数日以上の長周期データは,長春の磁場観測に基づく鉛直磁場-水平磁場変換関数のみを用いていたという問題点があった.このため,上記の変換関数の空間的な分布特性を調べるために,2007年より,中国全域にわたる既存磁場データのコンパイルと解析を始め,周期数日から100日程度の超長周期の変換関数推定を試み,誤差の小さな質の良い応答関数を推定した.その応答関数に基づき,1次元層構造を仮定した構造推定を試みた.その結果,中国東北部の広域にわたってマントル遷移層が高い電気伝導度をもつことが明らかとなった.しかし一方で,特に低磁気緯度地域で,下部マントルに至るまで異常に低電気伝導度となる結果が得られた.このため,昨年度に引き続き,3次元順計算によって,大規模な低比抵抗域に電流が集中することが磁場-磁場変換関数にどのような影響を与えるかを見積もった(地震予知研究センターと共同).

(3)海半球ネットワークデータの編集・公開

Boulder Real Time Technologies社のAntelopeというソフトウェアを用い,オーストラリア地質調査所,台湾中央研究院地球化学研究所,及びIRISとリアルタイムデータ交換を継続した.
各種機動観測データの公開を継続した.定常観測点データに関しては,海洋研究開発機構と共同で,広帯域地震データ,GPSデータ,電磁気データの公開を継続した.

3.7.3 最先端の地球物理海底観測システムの開発

(1)次世代の海底地震・測地観測システムの開発

本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.

広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に突入させて自己埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を,ROV等の潜水艇による支援(設置・回収時)を要する運用方式で実用化した.2010年以降での複数の観測結果から,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.更に,このBBOBS-NXと同等の観測がROVを使用せず,自律動作により可能となる次世代機(NX-2G)の開発研究を科研費基盤研究(A)の補助を受け2015年から進めた.2016年10月にNX-2G試験機での実海域試験を実施,2017年4月に福島県沖日本海溝陸側斜面にて,既設置のBBOBS近傍にNX-2G試験機を設置,長期試験観測を開始し,2018年10月に回収,基本的な自律動作の機能が想定通りであることを検証した.更なる改良によるデータの質向上を確認するため、再試験を2023年度以降に実施する予定である.
また,BBOBS-NXを基に,機動的に広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXの開発・実用化を進めると共に,海底での条件次第ではこれまでのBBOBSでも傾斜変動が計測可能であることも,複数地点での試験的観測データにより分かってきた.使用している広帯域地震センサーの長期間での安定性には問題は無さそうで,観測対象次第では有用と考えられる.2020年10月に,房総半島南東沖に2015年7月に設置したBBOBST-NXを5年ぶりに回収し[図3.7.5],2年間の地震・傾斜連続データを得ることに成功した.水温データも4年間分を取得した.これらのデータの解析処理を進めたところ,過去の傾斜観測時には不明確であったBBOBST-NXのセンサー部での温度依存性が明確になり,今後はセンサー内部で精密な温度記録を得て,より高精度な傾斜変動データの取得を狙う.なお,上記のNX-2Gでも傾斜観測は可能であり,機動的で高密度な海底地震・地殻変動観測アレイの実現性が見えてきた.

(2)最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発

電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期によって制御される.OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百kmに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,長いケーブル(EFOS-6は6km,EFOS-2は2km)を海底に展張して良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.上記「ふつうの海洋マントル計画」では,海域Aに合計3台のEFOS-2と1台のEFOS-6を設置し,2014年9月に3台のEFOS-2を,2015年9月に1台のEFOS-6を回収した.観測点NM16に設置したEFOS-2[図3.7.6]とOBEMの電場データのノイズスペクトルを比較すると,105秒よりも長い周期でEFOS-2のノイズが約1桁低いことが示された.このデータを用いて遷移層の電気伝導度を求め,地震波のレシーバ関数解析結果と統合して,遷移層に存在しうる水の量の上限を推定することができた.

今後進めるべき方向の一つは,EFOSによる観測を世界中の様々な海域で実施して,遷移層の水のグローバルな分布を明らかにすることである.しかし現状のEFOSは,設置および回収に無人探査機(ROV)を必要とし,このことがEFOS観測のグローバル展開を困難にする要因となっている.現在のEFOSは耐圧容器にガラス球を用いているために深海有人探査機での取り扱いができない.2017年度はこの点を改善して有人探査機でも扱えるよう,耐圧容器を金属製に変更した.2018年度および2019年度には,科研費基盤研究(B)により有人探査機による展張・回収システムを検討し,作成した.このシステムを有人潜水調査船「しんかい6500」により設置する観測航海がこれまでに2度採択された(2019年8月・小笠原海盆,2021年6 月・伊豆諸島青ヶ島東方沖)が,いずれも海況の不良により,機器設置を行うことができなかった.次回の設置機会に向けて,さらなる開発と観測準備を継続している.

深海でのEFOSの設置・回収作業が可能な有人/無人探査機は世界中を見ても,極めて数が限られる.一方,マニピュレータがないため複雑な作業はできないが,深海底でケーブルを展張する機能はある各種曳航体が使用可能な研究船は,多くの国で保有している.これらの曳航体を用いた設置・回収が可能になれば,EFOSによる観測の機会が格段に増えることが期待される.我々は,深海曳航体(ディープトウ)によって設置/回収できるよう,EFOSの全面的設計変更を行い,このシステムについても本格的な開発を進めている.

上記に加え,安定した電場データを取得するための深海用銀塩化銀電極の開発と,将来的な深海電磁場観測コストの削減を目的とした,リチウム2次電池の温度特性に関する調査を行った.

3.8.1 素粒子検出デバイスの開発研究

(a)ミュオグラフィ検出器 - 並列ミュオグラフィの強化

2006年に地震研究所が火山内部を世界に先駆けて描き出して以来,ミュオグラフィは急速に世界に広まりつつある.ミュオグラフィとは,宇宙線に含まれる高エネルギー素粒子・ミュオンの強い透過力を利用して,キロメートルを超えるサイズの巨大物体内部を透視し,その内部の密度構造を可視化する技術である.これまで第2世代システムのノイズ低減能力を強化することで2013年に薩摩硫黄島で発生した噴火において,マグマの昇降をとらえることに成功しているが,薩摩硫黄島は小規模火山として位置付けられるため,ミュオグラフィを桜島のような中規模火山に適用しようとすると,より厚い岩盤を通り抜けることができる極めて低強度のミュオンを一定時間内にできるだけ多く記録する必要がある.そのために2014年に設置された桜島ミュオグラフィ観測所(SMO)を観測装置の並列化により継続的に強化してきた.

2015年から2017年にかけて学術交流協定,知的財産協定など種々の協定を締結してきたハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターとの協働により,2017年には軽量高解像度ミュオグラフィ観測システム(Multi-wire-proportional-chamber-based Muography Observation System; MMOS)を開発した.これは軽量でありながらも第2世代システム以上の高いノイズ低減能力と従来技術を一桁以上凌駕する解像力を実現した.ただ,有感面積が不十分であったため,2018~2019年にかけて口径を順次拡大し,現在では5.9㎡となっている.2019年度はこれをさらに拡大し,2020年に入るまでに総有感面積は9㎡に到達した.また,2019年度には並列化に起因する故障率を低減する目的で複数台の観測装置すべての通信系統を無線化することで通信故障率が軽減されたが,2020年度は電気系統においても,安定運用を妨げる要因があることが明らかとなり,その対策を講じている.

一方,並列化の段階で得られたデータについても解析・解釈が進んだ.2017年終わりから2018年初めにかけて桜島における噴火が昭和火口から南岳火口へと推移したが,それに合わせて観測された昭和火口底直下における直径200m程度の密度上昇現象について考察を行い,それがプラグ様の物体であることが分かった.2020年度も引き続き口径を拡大することで時間分解能を上げ、 時系列画像を取得していった結果、南岳火口下にプラグ形成を示唆する高密度構造物の成長が見られた。このプラグは南岳火口の活発化に伴って形成されつつあるものであることが想定されるが,今後更に時間分解能を上げた解析によって,切迫性評価にどう活用できるか引き続き火山学の各分野の研究者とさらに連携して検討していく.

2022年度までに大口径化(約10平米)を達成した多線比例係数管方式の高解像度軽量ミュオグラフィ観測装置を用いることで桜島において低雑音の連続観測を行うことができるようになったため、桜島において火口近傍の密度構造の時系列変化をミュオグラフィを用いて高精度に視覚化が可能となった(図3.8.1)。

(b)ミュオグラフィの海への展開

東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構(主管部局地震研究所)は、同大学生産技術研究所、大学院新領域創成科学研究科、および九州大学、関西大学、シェフィールド大学、英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設、ウィグナー物理学研究センター、日本電気株式会社と共同で、世界初となる海底ミュオグラフィセンサーアレイの一部を東京湾アクアライン海底トンネル内部に設置した。

東京湾の海水を貫通し、海底下の東京湾アクアライン海底トンネルにまで到達した素粒子ミュオンは、センサーモジュールにて検知され、TS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センターにて記録される。この記録されるミュオン数の時間変化を測定することにより、TS-HKMSDD上部に位置する海水の動きや海底岩盤内部の変化をイメージングすることが可能となる。

このTS-HKMSDDを用いて2021年台風16号通過に伴う、気象津波のミュオグラフィ観測に世界で初めて成功した(図3.8.2)。気象津波のメカニズムは完全には解明されていないが、従来研究により、津波の伝搬速度と大気擾乱に伴うパルスの移動速度が一致するときに大気のエネルギーが効果的に海水に与えられ、振動を励起されることが示唆されている。

台風16号通過に伴う気圧の低下が南西から北東に向けて移動していることが確認され、その平均速度は伊豆半島南端の石廊崎から横浜までは時速40 km、横浜から水戸までは時速60 kmであることがわかった。一方、東京湾の深さが15〜20mであることを考慮すると、津波の伝搬速度を理論的に計算することが可能であり、その速度は時速44〜50 kmである。すなわち、台風16号の通過に伴う気圧パルスの移動速度と津波の伝搬速度はほぼ等しかったことがわかる。従って、上述した従来研究による示唆から東京湾で気象津波が励起された可能性が高い。図2には、TS-HKMSDDがとらえた振動を示す。周期約3時間の減衰振動であることが測定された。東京湾は浅く、深度がより大きな湖沼、例えばレマン湖などと比べて早く振動が減衰することが先行研究で報告されている。本研究で得られた振動の時系列変化を見てもレマン湖(緑線)と比べて東京湾(オレンジ線)の振動は、早く減衰することを確認した。

3.3.6 地球ダイナミクス:水・マグマと固体地球の相互作用

太陽系の岩石惑星の中でも,地球は,海と陸,活発な地震・火山活動,プレート運動と大陸移動,地球磁場を有し,生命を宿す「にぎやかな惑星」である.なぜ兄弟惑星である火星や金星と異なりこれほど活発で多様性に富むのか,その仕組み・鍵の一つは水にあると考えている.物質科学系研究部門・岩森研究室では,これらのユニークな地球の営み(=地球ダイナミクス)について,特に水と固体地球の相互作用に注目しながら,温泉や火山の調査,室内分析,データ統計解析,数値シミュレーションなど,さまざまなフィールドや手法を組み合わせて研究している.2020-2021年には,昨年度の内容(1.と2.)の発展に加え,新たに3.を実施した。

1. 島弧火山岩および地下水組成解析(地球化学解析および統計解析)に基づき,沈み込んだプレートから物質が供給され,マグマや深部流体が地表に達するまでのプロセスを,特にカムチャッカ半島,箱根火山,阿蘇火山などでの岩石・流体試料とそれらの組成解析・統計解析に基づき、定量的にとらえた(Iwamori et al., 2023)

2. 地球表層を覆うリソスフェアが,地球内部のアセノスフェアと熱的・物質的にどのように相互作用するかは,プレート運動や地球内部物質循環,および地球の熱的進化を規定する重要なプロセスである.アフリカ・カメルーンでは,大陸リソスフェアがプルームあるいはマントル対流の上昇流と相互作用し,火山(カメルーン火山列)を生み出していると考えられている.カメルーン火山列のマグマの組成およびその時空間から,リソスフェア-アセノスフェアの相互作用とその時間変化を明らかにした.

3. 地殻-上部マントルでの液体(水溶液、超臨界流体,マグマ)の存在量や分布形態をとらえるため,観測される地震波速度と電気伝導度を同時解析する手法を開発した.ある与えられた,しかし多様な温度・圧力,岩質,液体の種類・組成と分布量・形態に対して,地震波速度と電気伝導度を予測するモデルを構築した.またこのモデルを用い,逆問題として,すなわち観測される地震波速度と電気伝導度に基づいて岩質や液相の量・分布形態が推定可能であることを示した.

図3-7-4 「かいこう7000Mk-IV」によって撮影されたNX-2Gの観測状態(左)から回収状態への遷移(中央—右).錘と記録部(オレンジ色の耐圧球,直径65cm)を繋いでいた細いロープを外し,上方の浮力体と耐圧球の浮力により,海底堆積層に埋まっていたセンサー部を引き抜き自己浮上動作を行う.

図3-7-4 「かいこう7000Mk-IV」によって撮影されたNX-2Gの観測状態(左)から回収状態への遷移(中央—右).錘と記録部(オレンジ色の耐圧球,直径65cm)を繋いでいた細いロープを外し,上方の浮力体と耐圧球の浮力により,海底堆積層に埋まっていたセンサー部を引き抜き自己浮上動作を行う.

太平洋アレイの配置構想図. 単位アレイをスパイラルで模式的に示す.☆は2018年に設置された観測点(US1a:5月, Oldest-1:11月).既存の海底機動観測点を小黒点で示す.Oldest-2, HEB, 20Ma, Samoa, MPMはアレイ候補である.US1bは,既にNSFによって採択された米国の第1期計画の2番目のアレイである.

太平洋アレイの配置構想図. 単位アレイをスパイラルで模式的に示す.☆は2018年に設置された観測点(US1a:5月, Oldest-1:11月).既存の海底機動観測点を小黒点で示す.Oldest-2, HEB, 20Ma, Samoa, MPMはアレイ候補である.US1bは,既にNSFによって採択された米国の第1期計画の2番目のアレイである.

3.5.13 光ファイバ振動計測による陸域超稠密地震観測

 分散型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing,以下DAS)技術を用いて,四国中央部において超稠密な地震観測を2023年1月上旬から3月下旬にかけて実施した.既設の光ファイバの末端にDAS装置を接続し,コヒーレントな光パルスを光ファイバに連続的に伝送し後方散乱信号を測定することで,ファイバ軸方向の動的ひずみデータを取得した.観測には,徳島県三好市池田町を起点に,国道32号線と国道192号線に沿う2本の光ファイバを使用した.たとえば,観測期間中の2023年2月6日にトルコ南東部で発生したMw7.8の大地震による良好な波形データが取得された.さらに,測線近傍で発生した微小地震や低周波地震による波面の取得に成功した

3.5.12 歴史地震に関する研究

 2017年度より地震研究所と史料編纂所との連携による「地震火山史料連携研究機構」が設置され,地震予知研究センターからも教員・研究員が参画している.同連携研究機構では,東京大学デジタルアーカイブズ構築事業および災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の一環として構築した「日記史料有感地震データベース」「地震史料集テキストデータベース」(https://materials.utkozisin.org/)を公開している

 1854年安政東海地震の甲府盆地東部の家屋被害に関する史料に関して分析を進め,救済金額などから村ごとの本潰軒数と半潰軒数の内訳を推定した.1826年~1868年(文政9年~明治元年)にいたる阿蘇山の火山活動に関する史料を収集し,1830年(天保元年)の小スコリア丘の形成をともなう活動に関する記事を見出した.18世紀の宮城県南部の地震活動の分析,既刊の地震史料集の記述の再検討などをおこなった.市民参加型の歴史資料解読プロジェクト「みんなで翻刻」の運営を継続した.