余震活動から描き出された2011年東北地方太平洋沖地震の大滑り域

加藤 愛太郎・五十嵐 俊博

Geophys. Res. Lett., 39, L15301, doi:10.1029/2012GL052220

余震活動から描き出された2011年東北地方太平洋沖地震の大滑り域

大きな地震が発生した際、大きく滑った領域(大滑り域)がどこまで広がったのかを正確に知ることは、隣接地域の大地震発生ポテンシャルの評価において重要な知見になります。2011年東北地方太平洋沖地震の発生時にも、その直後から、地震波、測地データや津波データを用いて、断層面上の滑り量の大きさや向きの時間発展が数多く推定されました。これらの研究結果を比較すると、宮城県沖の本震の滑りが始まった場所から海溝軸にかけての領域に、滑りのピークが存在する点は共通していました。しかしながら、大きく滑った領域の広がりは研究者によって異なっていました。

日本も含めた世界で発生した大きな地震後の余震活動は、大滑り域を避けてその縁辺部に集中するという報告が、近年、多数なされています。つまり、余震の発生数が少ない領域は、本震時に大きく滑った領域に対応する可能性があります。本研究では、この余震分布の特徴と大滑り域の相補関係を東北沖地震の余震活動に適用することで、東北沖地震発生時の大滑り域の広がりを推定することに成功しました。大滑り域の外側では、プレート境界面上のほぼ同じ場所で繰り返し発生する、小繰り返し地震も多数分布しています。この地震は、大滑り域から解放された応力によって、大滑り域の外側で余効すべりが駆動されていることを示すと考えられます。新たに定義された大滑り域は、既存の研究と同様に宮城県沖では広範囲に広がるものの、既存の研究に比べて複雑な形状を示しました。特徴的な点として、南側の福島県沖・茨城県沖まで伸びる細長い大滑り域の存在が明らかになりました。

 

図1 本研究により新たに推定された大滑り域(青色の実線で囲まれた領域)。プレート境界型の余震(本震発生後1年間)は、宮城県沖の本震の震央(黒色の星印)周辺から海溝軸にかけて発生頻度が極端に小さいことがわかります。一方この領域や、マグニチュード7以上の余震の断層面(青色の破線で囲まれた領域[Nishimura et al., 2011])を取り囲むように、余震活動が活発な領域が深さ約35kmよりも深い領域と、岩手・福島・茨城県沖の海溝軸に近い浅部に見られます。青色のひし形は小繰り返し地震の震央、赤色の実線はプレート境界型地震の西縁の位置、緑色の破線は太平洋プレート上面の深さ[Nakajima and Hasegawa, 2006]を表しています。

 

 

 

図2 大滑り域の広がりと既存の研究との比較。黒色と灰色の破線の位置は、測地データ解析[Iinuma et al., 2012]や,地震波,測地,津波データ統合解析[Yokota et al., 2011]によって推定された,滑り量が15m以上の領域を表します。5つの灰色の四角形は強震動を生成した領域 [Kurahashi and Irikura, 2012]、赤色の領域は高周波の生成した領域 [Koper et al., 2011]を示します。

庄内平野で観測された奇妙な微動

西田究・ 汐見 勝彦(防災科学技術研究所)

 JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH, VOL. 117, B11302

庄内平野で観測された奇妙な微動

 

2005年当時、大学院生と脈動と 呼ばれる海洋波浪が引き起こす地面の振動を研究していました。するとデータの中に奇妙な微動の信号が混じっていました。見つかった微動の周期は12秒程の ゆっくりとした振動です。冬に庄内平野の海岸線付近で発生し、一度発生すると数日微動の活動は続きます(図1 (a)に典型的な地震波形を示しています)。当初、冬の日本海は荒れているため、波浪が原因ではないかと考えました。波が海岸線に打ち寄せ、陸を叩き地震 波が発生していると考えたのです。ところが詳しく調べてみると、海の波では説明のつかない、二つの奇妙な観測事実が浮かび上がってきました。

図1: (a)典型定期な微動の記録(2004/12/6 の1時間分)。縦軸は微動源からの距離、横軸は時刻を表す。右上の地図には、微動源の位置と微動の振動方向を図示している。

一つめは、地震波がある一点で発生している点です。図1(a)に微動が発生した場所を星印で示しています。波が海岸線を叩いているのならば、海岸線にそって地震波発生するはずです。実際はそうなっていない。どうも海洋波浪では説明が難しそうです。

2つめは、Love波のみが観測されRayleigh波がほとんど観測されない点です。図1(a)の右の図は各観測点での波の振動方向を示しています。微道源(星印)と観測点(赤印)を結ぶ直線に対して直交する方向に振動している様子が分かります。言い換えると、微動源(星印)からLove波が発生していることを示しています。単純に考えるとLove波を発生させるためには、地球をねじる力が必要です。そのような力を現実的とは考えづらい。観測はしっかりしているのですが、どう解釈すれがよいかさっぱり分からない。2005年当時は解決の糸口もつかめない、というのが本当の所でした。

私の研究テーマのひとつは、とにかく地震計が記録する地面の動きの記録をひたすら見て、何か新しい現象を探す事です。そうすると、奇妙な現象が見えてくることがままあります。しかし多くの場合その場では白黒つかず、はっきりと現象を理解できないことが多々あります。そういうときには、分からないことは分からない事として、研究テーマの卵としてストックしておくことが大切です。研究の経験を積むと新たな視点から視界が突然開けることもありますし、新たな観測から新たな手がかりが得られることもあります。2005年当時、新たなテーマとして暖めておくことにしました。

2010年の秋頃、そろそろ研究を再開することにしました。まずは、本当に観測されたLove波を説明するために”ねじりの力”は本当に必要なのかを、考える事にしました。すると、一つ大きな落とし穴があることが分かりました。地表付近に数kmの厚さの堆積層(柔らかい層)が存在するので、堆積層の底に微動源が存在するならば観測された現象を説明できることが分かってきました(*1)。微動源の位置を精密に決定したところ、時期にかかわらず、最上川の河口のほぼ一点に決まりました(図2)。微動活動は冬に活発で、海が荒れている時期と一致していることも分かって来ました(図1(b))。色々な状況証拠から、最上川河口の堆積層の底に流体層が存在し流体の移動に伴い微動が引き起こされると、私たちは考えています(図2)。海が荒れるとそれが引き金となり流体の移動を引き起こし、微動が始まると推定しました。

この現象には、まだまだ謎がつきまとっています。まず、なぜ世界中で庄内平野のみ観測されるのか?かが依然大きな謎です。私は、日本国内でも、もう少し小規模ならば、同じ現象が起こっていると考えています。日本以外では地震観測網の密度が落ちてしまうため、この論文と同じ精度での議論は難しいのが現状です。しかし、その候補は存在します。例えばギニア湾には、1960年代の昔からこの微動に似た現象が知られています。アフリカは観測点が少ないのですが、ずっと大きい微動が発生しているために世界中で観測されているのです。しかし、いまだその原因については謎に包まれたままです。もしかすると、今回発見された新たな微動現象は世界的中に普遍的に存在している現象なのかもしれません。

図2: 上図は決定された微動源の位置。下図は、どうやって微動が発生しているかの模式図(上図の太線に沿った深さ断面)。

*1 もう少し詳しく説明すると、堆積層内のP波速度が、その下の地殻のS波速度と一致するために、波源が堆積層内にある場合にはLove波を非常に効率的に励起する事が分かってきました。

アセノスフェアの沈み込み:スラブ下地震波異方性からの証拠

Song, T.-R. Alex (IFREE/JAMSTEC),  川勝均

Geophysical Research Letters, VOL. 39, L17301, doi:10.1029/2012GL052639, 2012

 アセノスフェアの沈み込み:スラブ下地震波異方性からの証拠

プレートテクトニクスによれば,海嶺で生まれた海洋プレートはアセノスフェアの上を水平に移動したのち,日本海溝などからマントルの中に入り込むとされています.この沈み込む海洋プレートは“スラブ”と呼ばれ,その動きが海溝型の巨大地震を起こす主要要因ともなることなどから固体地球科学の重要な研究対象となってきました.一方スラブの下にあるアセノスフェアが,沈み込み帯でどのような役割を果たしているかはこれまであまり真剣に議論されてきませんでした.今回,世界の沈み込み帯における地震波異方性の解析結果を再解釈することで,スラブと一緒に100kmほどの厚さのアセノスフェアがマントル深部に引きずり込まれている証拠を示すことが出来きました.本研究は,地震波異方性の解析・解釈に重要な新たな視点を提供すると共に,沈み込みにおけるアセノスフェアの役割,アセノスフェア構成物質の岩石学・レオロジー的性質,地球全体の物質循環におけるアセノスフェアの重要性など固体地球科学全体に様々な新たな視座を提示する極めて重要な研究成果であると考えています.

図1:世界の沈み込み帯におけるスラブ下の地震波異方性の大きさ(縦軸)とスラブの沈み込み角度の関係.シンボルが観測値を示し,線がアセノスフェアの沈み込みにより予想される異方性の大きさ.50−150kmの厚さのアセノスフェアが沈み込むと考えると観測値を説明出来る.


【補足とより詳しい説明】

地震波異方性から見る世界の沈み込み帯(スラブ下の異方性)

地震波異方性とは,地震波の伝播速度が振動方向によって異なる(縦波であるP波の場合は振動方向と伝播方向が同じ,横波であるS波の場合は,振動方向と伝播方向は直交する)媒質の性質をいいます.地殻やマントルを構成する岩石は結晶レベルで見れば異方的な性質を持っていますが,ある程度の広がりを持った領域では平均化されて“等方的”にふるまうと仮定して解析するのが一般的です.しかしながら実際の地殻・マントルは広域的に見ても異方的になっていることはよく知られていて,その様子を明らかにするのは地殻やマントルのダイナミクスを理解する上で重要な情報を与えてくれます.マントルの主要構成物質である橄欖(かんらん)石は強い異方性を持つことが知られていて,剪断変形の方向にP波の伝播速度が速く,S波の場合は剪断方向に偏向した波が速く進むのが一般的とされています.例えばマントルで考えれば,剪断変形の方向とはマントルの流れの方向と考えて良いので,流れの方向にS波の速い偏向軸があることになります.

図2:地震波異方性とS波のスプリッティング 横波である偏光したS波が異方性媒質を通過すると,直交した偏光軸方向の2つのS波に分離し,それぞれの地震波が独立に伝播する.これをS波のスプリッティングとよび,2つの波の到達時間のずれから異方性の大きさを推定する(図はEd Garnero WEBより引用)

ところが世界中の沈み込み帯で沈み込むスラブの下側の異方性を解析した研究によると(Long&Silver, 2007, 2008),殆どの沈み込み帯ではS波の速い偏向軸は流れの方向(=沈み込みの方向)と直交し海溝軸に平行であることが示されています.既存の枠組みで考えると,このことは海溝軸に平行な流れがスラブの下にあることになり,これまでうまく説明されて来ませんでした.

図3:世界の沈み込み帯のスラブ下の地震波異方性(Long and Silver, 2009).矢印の方向がS波の速い偏光軸方向を示す.Cascadiaや南米中部などの一部の地域を除き,海溝軸に平行な方向が速い偏光軸方向となっている.

今回我々は,アセノスフェアの異方性の性質を細かく吟味し,鉛直軸を対称軸とする異方性(鉛直異方性)が強く(またその鉛直異方性がある条件を満たすとき),そのアセノスフェアが沈み込み帯でスラブ(海洋プレート)と共にななめに沈み込むことで,上に述べた海溝軸に平行なS波の速い偏向軸の存在が説明できることを示すことに成功しました.スラブ下で観測されているS波の異方性を説明するためには100kmほどの厚さのアセノスフェアが沈み込んでいる必要があり,これはもっともらしい厚さです.

我々が提示したアセノスフェアの異方性モデルは,表面波を使った地震波トモグラフィーから推定されているふつうの海洋下の地震波異方性とも調和的です.非常に簡単な幾何学的な考察から“スラブ下の異方性”が説明できたことは,我々のモデルの妥当性を強く裏付けるものと考えられますが,今後個別の沈み込み帯での詳細な異方性研究と比較することで妥当性をさらに検証していく必要があります.一方このモデルの妥当性が検証された場合,アセノスフェアの岩石の変形特性(レオロジー的性質)は,現在最も一般的に受け入れられているものとは異なることが要請され,マントル物質のレオロジー論に新たな展開を要請することとなります.

図4:スラブと共にアセノスフェアが沈み込む場合に予想されるS波スプリッティングの速い方向 上図: 鉛直軸対象な異方性を持つアセノスフェアが沈み込場合の模式的断面図 下図: 上図の場合により予測される,地上の観測点に入ってくるS波の速い方向を青線で示している(観測点から地中を見たような図になっている).解析に使われる地球中心核を通ってくる波(SKS波)は,観測点にほぼ真下から入射し,図では真ん中の白い部分に対応する.S波の速い方向はX2軸の方向となり,海溝に平行になる.

 

北海道で新たに発見された2004年スマトラ地震による誘発微動

小原一成
GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, doi:10.1029/2012GL053339, 2012
北海道で新たに発見された2004年スマトラ地震による誘発微動

巨大地震によって生成された大振幅の表面波が通過した際に、火山等の地域で微小地震が誘発する現象が知られています。これと同様に、西南日本の沈み込みプレート境界で発生する深部低周波微動についても、表面波の各位相に対応した非常に明瞭な誘発現象が検出されてきました。微動現象は、ゆっくりすべりに伴って起きることから、日本の他の地域、たとえば活断層深部などでも発生している可能性がありますが、通常は振幅が非常に微弱でノイズに埋もれやすく、またいつ起きるかわかりませんので、検出が大変困難です。しかし、大地震の表面波が誘発する微動については、発生する可能性のある期間が限定されますので、検出は比較低容易です。そのため、本論文では、日本全国を対象として、2004年に発生したスマトラ地震の表面波によって誘発された微動の有無を調べました。その結果、北海道北部の中頓別町、及び中部の南富良野町付近で、新たな微動活動の検出に成功しました。南富良野町の微動源は火山付近で、深さは20km前後と、もともと発生している低周波地震の震源に非常に近く、火山活動に関連した現象である可能性があります。一方、中頓別町の微動源は非常に浅い可能性があり、周辺には既存の地震活動や活断層は存在していません。表面波によって生じたひずみ場と比較すると、圧縮のピークのときに微動が発生していることがわかりました。微動源付近には鍾乳洞が存在することから、一つの推論としては、鍾乳洞のひとつが水で満たされ、圧縮力が最大になったときに水圧がピークに達し、壁面のクラックで水圧破壊が生じたのではないかと考えられます。


図1.本研究で検出された微動の位置(黄色い星印)。赤三角は第4紀火山、橙色の丸は低周波地震、黒線は活断層の位置を表わす。観測点コードが記された□は、図2に示す波形を記録した観測点である。右下に、解析に使用したスマトラ地震の震央と北海道への経路を示す。 図2.防災科学技術研究所高感度地震観測網Hi-net の観測点で記録された中頓別町付近の微動に対応した波形記録。上から3本は近傍の1観測点における変位に変換した上下動、Radial、Transverse成分波形、下4本は近傍の4観測点における4-16Hz帯域のバンドパスフィルター記録

北海道で新たに発見された2004年スマトラ地震による誘発微動

小原一成

GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, doi:10.1029/2012GL053339, 2012

北海道で新たに発見された2004年スマトラ地震による誘発微動

巨大地震によって生成された大振幅の表面波が通過した際に、火山等の地域で微小地震が誘発す る現象が知られています。これと同様に、西南日本の沈み込みプレート境界で発生する深部低周波 微動についても、表面波の各位相に対応した非常に明瞭な誘発現象が検出されてきました。 微動現象は、ゆっくりすべりに伴って起きることから、日本の他の地域、たとえば活断層深部な どでも発生している可能性がありますが、通常は振幅が非常に微弱でノイズに埋もれやすく、また いつ起きるかわかりませんので、検出が大変困難です。しかし、大地震の表面波が誘発する微動に ついては、発生する可能性のある期間が限定されますので、検出は比較低容易です。そのため、本 論文では、 日本全国を対象として、 2004年に発生したスマトラ地震の表面波によって誘発された微 動の有無を調べました。その結果、北海道北部の中頓別町、及び中部の南富良野町付近で、新たな 微動活動の検出に成功しました。南富良野町の微動源は火山付近で、深さは20km前後と、もとも と発生している低周波地震の震源に非常に近く、 火山活動に関連した現象である可能性があります。 一方、中頓別町の微動源は非常に浅い可能性があり、周辺には既存の地震活動や活断層は存在して いません。表面波によって生じたひずみ場と比較すると、圧縮のピークのときに微動が発生してい ることがわかりました。微動源付近には鍾乳洞が存在することから、一つの推論としては、鍾乳洞 のひとつが水で満たされ、圧縮力が最大になったときに水圧がピークに達し、壁面のクラックで水 圧破壊が生じたのではないかと考えられます。 図1.本研究で検出された微動の位置(黄色い星印)。赤三角は第4紀火山、橙色の丸は低周波地震、黒線は活断層の位置を表わす。観測点コードが記された□は、図2に示す波形を記録した観測点である。右下に、解析に使用したスマトラ地震の震央と北海道への経路を示す。 図2.防災科学技術研究所高感度地震観測網Hi-net の観測点で記録された中頓別町付近の微動に対応した波形記録。上から3本は近傍の1観測点における変位に変換した上下動、Radial、Transverse成分波形、下4本は近傍の4観測点における4-16Hz帯域のバンドパスフィルター記録

マグニチュード9クラスの2011年東北地震や2004年スマトラ地震に先行した10年スケールのb値低下

 楠城一嘉(現所属:防災科学技術研究所)・平田直・小原一成・笠原敬司

GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, doi:10.1029/2012GL052997

マグニチュード9クラスの2011年東北地震や2004年スマトラ地震に先行した10年スケールのb値低下

地震活動の特徴を表す法則として、小さい地震ほど発生数が多く、大きな地震ほど少ない、という関係が良く知られています。これをグーテンベルグ・リヒターの法則と言い、横軸にマグニチュード、縦軸に地震累積数の対数をとると、ほぼ一直線で近似できます。この傾きのことをb値と呼び、通常は1に近い値を取りますが、これまで岩石実験などでは、大きな破壊の前にb値が変化するという研究結果がしばしば報告されていました。

そこで本論文では、マグニチュード9を超える超巨大地震、具体的には2011年の東北沖地震と2004年のスマトラ地震について、長期間におけるb値変化を調査したところ、地震発生の10年以上前から、震源域周辺でb値が低下するという現象がともに検出されたのです。このような超巨大地震発生前にb値が低下したことが確認されたのは、世界で初めてです。とくに、2011年東北地震についてはb値低下が非常に明瞭であり、その理由としては、1995年の阪神淡路大震災を契機として国が整備した高感度地震観測網によって、地震検知能力や震源決定精度が向上したことが挙げられるでしょう。b値が低下した原因は、詳しくはまだ解明されていませんが、超巨大地震の発生に向かって応力が徐々に集中してきたことが考えられます。東北沖地震やスマトラ地震では、マグニチュード9クラスの本震発生後にb値は回復したことから、応力のほとんどが解放されたと解釈されますが、北海道の太平洋沖では、2003年の十勝沖地震以降もb値の減少が継続しており、今後、超巨大地震発生の可能性があることを示しているのかもしれません。

図1 (A)2011年東北地震と(B)2004年スマトラ地震では、地震発生時期へ近づくに従ってb値は減少し、地震発生後にb値は回復したことが分かる。(C)2003年十勝沖地震の発生以降もb値の減少が継続していることが分かる。(D)2011年東北地震の震源域付近、および北海道太平洋沖では、b値が低いことが分かる。

図2 (A) b値が低い地域と2011年東北地震のすべり量が大きい地域に相関があることが分かる。(B)震源域付近の低b値の領域(図Aの四角の領域)では、b値が時間とともに低下したことが明瞭に見える。

紀伊半島直下で発生する深部低周波微動の移動特性に見られる深さ依存性

小原一成、松澤孝紀・田中佐千子(防災科学技術研究所)、前田拓人

GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, VOL. 39, L10308, doi:10.1029/2012GL051420, 2012

紀伊半島直下で発生する深部低周波微動の移動特性に見られる深さ依存性

深部低周波微動とは、沈み込むフィリピン海プレートと上盤プレートとの境界部で発生する微弱 な振動現象で、数カ月間隔で起きるゆっくりすべりに伴って活発化するため、すべり過程を反映す ると考えられます。これらの現象は、約100年間隔で発生する巨大地震の震源域に沿ってその深部 側に帯状に並んでおり、プレート境界上での逆断層のすべりとして生じるため、巨大地震の震源域 に応力を加えるセンスとなり、巨大地震発生予測の関連からも、微動やゆっくりすべりのメカニズ ムを詳しく解明することは、大変重要です。 ゆっくりすべりを伴う微動エピソードは数日から1週間程度継続しますが、その期間中、プレー トの走向に沿って1日10 kmの低速度で移動することが知られています。 その中には、小規模でか つ高速の移動現象が含まれているとの指摘がなされてきました。そこで本論文では、紀伊半島直下 に発生する微動の移動現象、とくに低速移動の中に含まれる高速移動について系統的に調査しまし た。その結果、1日100 km程度の移動が微動発生域の最も浅い部分に集中し、移動方向はプレー トの走向に沿うものがほとんどでした。また、1日1000 km程度の高速移動が微動発生域全体に分 布し、プレートの沈み込む方向に卓越しますが、プレート走向方向に投影すると、1日100 km程 度の速度になります。以上の結果から、沈み込み方向の高速移動現象は、その方向に存在する既存 の弱線と、走向方向に移動するすべりフロントが交差する際に生じる見かけの移動であると考えら れます。また、微動域の浅部に集中する走向方向の移動は、低速移動の駆動的役割を果たしたり、 逆方向移動のきっかけになると思われます。このように、移動のタイプが深さによって異なること は、プレート境界の性質とすべり破壊の進行との関係を反映している可能性があります。 左図、および右図は、それぞれ時間スケールを30 分、および 2時間に設定して抽出された微動の移動イベントの結果。青は第1または第 3 象限(ほぼプレート走向方向)、赤は第2または第 4 象限(ほぼプレート沈み込み方向)に向かう移動イベントを表わす。地図上の青軸、赤軸は、抽出された移動イベントの重心位置と移動方向を示す。 左上のダイアグラムは、移動方向の方位別頻度分布である。時間スケール 30 分で抽出された移動イベントの移動速度は時速20~60 kmで、移動方向はプレート沈み込み方向に卓越し、微動域全域に分布するのに対して、時間スケール2時間で抽出された移動イベントの移動速度は時速5~20 kmで、移動方向はプレート走向方向に卓越し、微動域の南東側、つまり最も浅い側に集中する。右下の円グラフは、これらの抽出された移動イベントの方向とその背景に存在する低速移動の方向との関係の割合を示したもので、桃色が低速移動に対して直交する方向、水色が低速移動と同じ方向、緑色が低速移動と逆方向の場合である。

2010年インドネシア・メンタワイ地震の津波波源 ―現地調査・津波波形モデリングによる―

Satake, K., Y. Nishimura, P.S. Putra, A.R. Gusman, H. Sunendar, Y. Fujii, Y. Tanioka, H. Latief and E. Yulianto (2012)

Pure and Applied Geophysics (Topical issue “Historical and Recent Catastrophic Tsunamis in the World Ocean”) DOI:10.1007/s00024-012-0536-y (全文)

 2010年インドネシア・メンタワイ地震の津波波源 ―現地調査・津波波形モデリングによる―

インドネシア・スマトラ島の西に位置するメンタワイ諸島で2010年10月25日に発生したメンタワイ地震(M 7.7)は死者約500人を含む大きな津波被害をもたらしました。地震波解析によれば、この地震はMに比べて異常に大きな津波を発生する「津波地震」であったとされています。「津波地震」は、地震のゆれは小さいにも関わらず、大きな津波を起こすことから、防災上はとても重要な地震ですが、例が少なく、その実態はよくわかっていません。日本では1896年に発生した明治三陸地震が「津波地震」であったとされています。 この論文では、現地調査によるメンタワイ津波の遡上高と浸水距離、沿岸や沖合の水位計に記録された津波波形の解析による断層面上のすべり分布の推定、そのモデルに基づく津波の浸水計算結果と現地調査結果との比較を報告しました。 南北パガイ島の西岸8か所で測定した津波の高さは最低2.5m、最高は9.3 mでしたが、多くは4~7 mの範囲でした。3か所の村落では、津波は海岸から300m以上も遡上しました。住民への聞き込みによると、地震のゆれは、近年発生したM 7.6, 7.7の地震に比べて弱く、地震動による被害は全く発生していませんでした。沿岸の検潮所、GPSブイ、DART式海底水圧計の計9か所で記録された津波波形を解析したところ、スンダ海溝付近の断層面の浅部で大きなすべり(最大6.1m)が発生したことがわかりました。これは、他の「津波地震」にも共通した特徴です。津波波形の解析からは、地震モーメントは1.0 x 1021 Nm (モーメントマグニチュード Mw 7.9)と推定されました。この断層モデルから、パガイ島沿岸の津波高を計算すると、測定された津波高さと大まかには一致しましたが、詳しい計算では、実測よりも小さい値となりました。この原因として、水深と標高データの精度に問題があるためと考えられます。現地調査に基づく地形データを用いた計算結果は、測定結果とほぼ一致しました。 測定した津波の高さ 津波波形から推定したすべり量分布

地震学的手法による活火山直下のマグマ溜まりイメージング ――浅間山のマグマ溜まりを発見――

長岡優(現・気象庁)・西田究・青木陽介・武尾実・大湊隆雄

Earth and Planetary Science Letters, v. 333-334, p. 1-8, 2012.doi:10.1016/j.epsl.2012.03.034

地震学的手法による活火山直下のマグマ溜まりイメージング

――浅間山のマグマ溜まりを発見――

 浅 間山は日本で最も活動的な火山のひとつであり,世界でも最も充実した観測が行われている火山です.2004年・2008年・2009年噴火にともなう地震 活動や地殻変動から,山頂西側約5-8kmの海面下1km付近に西北西―東南東走行の岩脈(ダイク)が貫入し,その後山頂直下まで水平に移動した後に垂直 に移動して山頂に至るというマグマの経路が描き出されました.しかし,その深部の構造は明らかになっていませんでした.そこで,我々は2005年から 2007年まで行われた臨時地震観測の雑微動記録を用いて,より深部の地震学的構造を明らかにすることを試みました.

得られた速度構造は, 山頂西側約8kmの海面下5-10kmにかけて顕著なS波低速度領域が存在することを示唆しています.その低速度領域は直径5km程度の小さなものです が,これは解析上のゴーストではなく,実際に存在するものであると確認できました.2009年2月の噴火と同期した傾斜変動がこの低速度領域の直上のダイ クの収縮によるものであること,過去の火山活動にともなうダイク貫入が低速度領域の直上付近にあることから,発見された低速度領域はマグマだまりを表して いるものと考えられます.本研究は,地震学的に新しい手法で,上部地殻のマグマだまりの位置および大きさを明らかにした研究として位置づけられます.


海面および海面下5kmにおけるS波速度分布と,A-BおよびC-Dの断面でのS波速度分布.左下のパネルの赤三角形で示される山頂の西側に顕著な低速度領域があることがわかる.


浅間山におけるマグマ供給経路。山頂西側浅部にダイクが,その直下に地震波の低速度層として見えるマグマだまりがあると考えられる.