スロー地震(テクトニック微動)の発生場所および精度評価のための手法開発

悪原 岳 1 , 山下 裕亮 2 , 杉岡 裕子 3 , 篠原 雅尚 1

  1. 東京大学地震研究所 2. 京都大学防災研究所 3. 神戸大学大学院理学研究科惑星学専攻

Locating tectonic tremors with uncertainty estimates: Time- and amplitude-difference optimization, wave propagation-based quality control, and Bayesian inversion
Geophysical Journal International
https://doi.org/10.1093/gji/ggad387

 プレート境界面上の巨大地震発生域の近くでは、ゆっくりとした断層すべり、すなわちスロー地震が発生します。スロー地震の一種であるテクトニック微動は、通常の地震とは異なる特徴的な震源(発生場所)の分布を示します。そのため、テクトニック微動の発生場所を詳細に調べることで、スロー地震がどのように起きるかという発生メカニズムの理解が深められると期待されています。しかし、スロー地震は非常に小さな動きなので地震波形データ上で観測される信号レベルが極端に小さく、P波・S波の到達時刻を波形から読み取って震源の位置を求めるという通常の方法は使えません。微動の震源を求めるために、様々な手法が開発されてきましたが、その決定精度を満足に評価できる手法はありませんでした。
 本研究では、この問題を解決するために、微動の震源決定とその精度の評価手法を提案しました。震源決定は3つのステップからなります。第一ステップでは、2つの観測点ペアで比較した地震波の到達時刻の差や波の大きさ(振幅)の違いを調べます。観測点がたくさんある場合、無数の組み合わせで観測点ペアを作ることができるので、ある観測点ペアで比較した到達時刻と振幅が、他の観測点ペアで得られた情報とどのくらい一致しているかを調べることができます。一致していれば、それだけ到達時刻・振幅データの情報が正確で、求められる震源の精度も高くなると予想されます(図1)。第一ステップでは、このような考えかたで相対的な到達時刻・振幅を調べ、観測点ペアごとの測定値の整合性で品質推定を行います。

図1. 観測点ペアごとに測定される地震波の到達時刻差。観測点ペアごとの測定値が整合する場合(TAC=TAB+TBC)、到達時刻差データの精度がよいと考えられる。

 次に、第二ステップとして第一ステップで得られたデータのスクリーニング検査を行います。第一ステップで得られた相対到達時刻が正しい場合、相対到達時刻は震源に近いほど早くなり、遠いほど遅くなります。また、相対振幅は震源に近いほど大きく、遠いほど小さくなります。この想定から大きく外れるデータを除去します。

 第三ステップでは、第二ステップで選別されたデータにベイズ統計の手法を適用することで、震源の位置を確率分布として求めます。確率分布の広がりが、震源の決定精度を表します。このとき、地下構造の情報(どれだけ早く地震波が伝わるか、どれだけ強く地震波が減衰するか)も確率分布として求めます。これにより、地下構造が分からないことによる誤差を抑えることができます。

 この新しい手法を用いて、熊野灘(紀伊半島南東沖)で2020年12月から2021年2月に発生したテクトニック微動の震源を求めました。得られた微動の発生確率の分布を図2に示します。震源が線状に沿って分布する様子(図2中e, f, gのオレンジ色の矢印)など、震源分布の細かな特徴が分かりました。今後、この手法を様々な沈み込み帯に適用し、震源分布の特徴や推移を詳細に把握することで、スロー地震の理解を深めていきたいと考えています。

図2.本研究で求められたテクトニック微動の発生確率分布。(a)解析対象期間(およそ3カ月間)の間に、その場所で少なくとも1回微動が発生した確率。(b-i)解析対象期間を8つのフェーズに分割して表示した確率分布。 (b)から(i)の順に、微動の発生場所が推移している。緑色の波線は海溝軸を表す。

【分析結果】伊豆鳥島・孀婦岩近海で採取された漂流軽石の全岩化学組成

概要: 東京大学地震研究所では、2023年10月27日に気象庁海洋気象観測船「啓風丸」にて鳥島・孀婦岩近海(図1)で採取された軽石の全岩化学組成の分析を行った。その結果、SiO2含有量70.5–72.0 wt.%、Na2O+K2O含有量6.3–6.5 wt.%のデイサイト〜流紋岩質の岩石であることがわかった。この化学組成は、本地域の活火山列を構成する火山の噴出物とは異なる一方、背弧リフト帯の珪長質噴出物(鳥島リフトやスミスリフト)の化学組成(文献値)とほぼ同様の特徴を有する(図2)。

試料: 気象庁海洋気象観測船「啓風丸」により、鳥島・孀婦岩近海で採取された漂流軽石。生物の付着がほとんど見られない新鮮な軽石である。

採取日時・場所: 2023年10月27日12時頃、北緯29°18’ 東経140°00’付近(図1)。

分析方法: 3つの軽石礫(写真1)を小片に分割し、塩抜きを行った後、乾燥、粉砕、ガラスビード作成を行い、地震研究所所有の蛍光X線分析装置(XRF)により分析した。

図1 気象庁による軽石採取地点、海上保安庁による浮遊物確認海域、周辺火山および10月初旬の地震イベント(Sandanbata et al. doi:10.22541/essoar.169878726.62136311/v1を参照)の位置関係。
写真1 全岩化学組成分析を行った2023年10月鳥島・孀婦岩近海漂流軽石。やや円摩されているものの、生物の付着がほとんどなく、新鮮である。

結果:  3つの軽石礫の分析値は、それぞれSiO2含有量72.0、70.5、70.6 wt.%、トータルアルカリ(Na2O + K2O)含有量 6.5、6.3、6.3 wt.%であった。フロント活火山列と背弧リフト側の噴出物では、珪長質マグマのアルカリ含有量が異なる(図 2)。今回の分析値は、最近活動的な近隣火山(西之島、硫黄島、福徳岡ノ場、海徳海山、明神礁)の化学組成とは異なり、背弧リフト側のややアルカリに富む噴出物の特徴を示す。このことから、漂流軽石は、この地域の背弧リフト帯における流紋岩質マグマによる最近の活動で噴出した可能性が高い。

図2 鳥島・孀婦岩近海漂流軽石(赤星印)および周辺海域の火山岩の全岩化学組成。岩石分類は,Le Bas et al. (1986) による。

参考文献: Ikeda and Yuasa (1989) Contrib. Mineral. Petrol., 101, 377-393; Fryer et al. (1990) Earth Planet. Sci. Let., 100, 161-178; Hochstaedter et al. (1990) Earth Planet. Sci. Let., 100, 179-194; 小坂ほか (1990) 水路部研究報告, 26, 61-85; Yuasa and Nohara (1992) Bull. Geol. Surv. Jap., 43, 421-456; Taylor and Nesbitt (1998) Earth Planet. Sci. Lett., 164, 79-98; Shukuno et al. (2006) J. Volcanol. Geotherm. Res., 156, 187-216; Tani et al. (2008) Bull. Volcanol., 70, 547-562; Hirai et al. (2018) Geology, 46, 371-374; Maeno et al. (2021) Front. Earth Sci., 9, 73819; Maeno et al. (2022) Comm. Earth Env., 3, 260; 杉本・他 (2005) 火山,50, 87-101.

Friday Seminar (**Wednesday 6 December 2023**) Dmitry Storchak (International Seismological Centre) **at 5:00-6:00 pm**

Title:
The ISC Products and Services for Seismologists in Japan and worldwide

Abstract:
The mission of the International Seismological Centre (ISC) is to produce the most long-term and complete Bulletin of instrumentally recorded seismicity on a global scale in collaboration with ~150 seismic networks in ~100 countries. This includes parametric measurements from both permanent and temporary seismic station deployments.

The ISC is also obtaining some useful event source parameters by using station waveforms freely available on-line from a number of dedicated data centres.

In addition, we produce several specially designed data products that stem from the ISC Bulletin and allow ISC to assist several different areas of seismological research. These include the ISC-EHB dataset (1964-2020), ISC-GEM catalogue (1904-2019), IASPEI Reference Event List (GT, 1959-2020), ISC Event Bibliography (1904-2023). We also maintain the supplementary datasets: the Electronic Archive of Printed Station/Network bulletins, the ISC Dataset Repository and the International Seismological Contacts.

In this presentation we shall give examples of ISC services that researchers in Japan could find useful. We shall also suggest examples of research datasets that could be contributed to the ISC to give these datasets an additional use and prominence in the international research community.

2023年2月トルコ・シリア地震による小津波の起源

胡桂1,2, 佐竹健治2, 李琳琳1,3, 杜朋1

1中山大学 地球科学与工程学院 2東京大学 地震研究所 3南方海洋科学与工程 広東省実験室

Hu, G., Satake, K., Li, L., & Du, P. (2023). Origins of the tsunami following the 2023 Turkey–Syria earthquake. Geophysical Research Letters, 50, e2023GL103997. https://doi.org/10.1029/2023GL103997

 

 2023年2月6日、トルコの東アナトリア断層付近でMw7.7と7.6の内陸横ずれ断層タイプの地震が発生し、トルコ南部とシリア北部を約9時間間隔で襲った(図1a)。最初の地震の後、地中海南東部で局所的な津波が記録された(図1b)。この地域で津波が記録されたのは、1953年のキプロス地震(M L 6.2)以来であった。
 海中での観測記録がないことから、この津波の発生メカニズムは謎のままである。発生メカニズムを理解するために、我々は近隣の4つの検潮所で記録された津波波形のスペクトルエネルギー(図1c)と波形(図1d)を解析し、津波の波線追跡の逆解析(図1e)を用いて発生源を特定した。次に、想定される津波源のパラメータ範囲についてフォワード数値モデリングを行った。その結果、イスケンデルン湾の内側と外側に、おそらく2つの津波源(図1f)が存在することがわかった。これらの津波源は、最初の本震時の強い揺れと、厚い沿岸堆積物に関連している可能性がある。湾の内側にある長さ7kmの沈降域は、引き波初動と10~30分の卓越的な周期を生じ、地すべりによって発生した可能性がある。湾の外側にある長さ6kmの隆起域は、押し波初動と2~10分の卓越的な周期をもたらし、液状化に関連している可能性がある。両方の波源を合わせると、観測された津波波形をよく説明できる(図1g)。

 図1 (a)2023年トルコ・シリア津波のテクトニックな背景。(b)震源近傍の観測点で検出された津波波形(c)とウェーブレット解析(d)。(e)本震後の津波源を特定するための逆波線追跡。 (f)イスケンデルン湾の内外で観測された最大地盤加速度(PGA)の分布。(g) 2つの津波源から計算した波形(赤色)と観測された津波波形(黒色)。図(d)(e)の観測波形は、10-30分のバンドパスフィルターをかけたもの。

2023年10月30日硫黄島沖噴火と新島形成について

2023年11月2日

概要:  2023年10月30日に小笠原・硫黄島沖で発生していた噴火の様子を観察した。コックス・テール・ジェットを伴うマグマ水蒸気爆発が発生し、時折、長径数mを超える岩塊を投出していた。爆発地点のすぐ北側には新島が形成され、浮遊軽石や変色水が発生している様子も確認した。今回の噴火地点は2022年噴火とほぼ同じ場所であり、硫黄島のマグマ活動の再開を示すと考えられる。

※ 報道関係の方へ: 硫黄島沖噴火の写真の引用は,毎日新聞社にお伺いください。



背景:  硫黄島は伊豆小笠原弧南部の活動的火山で、2021年に大規模な海底噴火を起こした福徳岡ノ場の北北西約60 kmに位置する(図1)。海面上に現れている島部分は北東-南西方向に8.6 km、北西-南東方向に5.6 kmの大きさだが、実際には基底直径約40 km、比高約2000 mの海底火山である。また、この山頂部には直径約10 kmのカルデラが存在し、硫黄島はその一部を構成している。島の北東側に元山、南西端に摺鉢山を擁するが、このうち元山はカルデラ内に形成された中央火口丘である(図1)。硫黄島島内には多くの噴気地帯、噴気孔があり、たびたび小規模な噴火(水蒸気噴火)が発生しているほか、元山付近では異常な速さで隆起が続いている。近年、その隆起量は年間1 m以上にもおよび、世界で最も隆起速度が速いカルデラ火山の一つでもある。

硫黄島南東の翁浜沖では、近年、浅海での噴火が何度か発生していたが、2022年7月には有史で初めてマグマの噴出を伴うマグマ水蒸気爆発が発生した。その後、2023年6月にも噴火があり、10月の活動に至っている。


噴火状況:  2023年10月30日12:20-12:35頃、毎日新聞社機より、硫黄島沖での海底噴火の様子を観察した。硫黄島南部翁浜沖約1 kmの地点において(図1)、数分おきにコックス・テール・ジェットを伴うマグマ水蒸気爆発が発生していた。ジェットの高さは最高50 m以上に達すると推定され、時折、長径数mを超える岩塊を投出していた(図2)。噴火地点のすぐ北側には主に岩塊で構成される直径100 m程度の新島が形成されていたが(図3)、表面に明瞭な火口地形は認められない。しかし同心状の構造を有するほか、浮遊軽石や変色水が島の周縁部全体から生じているため(図4)、この場所からマグマが噴出していると考えられる。すなわち、マグマ水蒸気爆発を発生している火口と、島を構成する岩塊等を噴出している噴出口の、少なくとも2つの場所で噴火が起きていると推定される。浮遊軽石は海岸と並行して南西側に向けて帯状に分布する(図5)。その一部は硫黄島を取り巻くように断片的に存在し、最も北側では監獄岩付近にも確認された。 観察した新島の形成と軽石拡散の状況から、噴火開始後間もないと推定されたが、気象庁によると、2023年10月21日から噴火が開始したようである。今回の噴火地点は2022年の噴火地点とほぼ同じであり、硫黄島のマグマ活動の再開を示すと考えられる。

 図1  2023年10月硫黄島噴火の状況と位置関係。
図2 (a) 東側から見た噴火地点。ほぼ垂直にジェットが吹き上がっている。奥には軽石いかだが見える。(b) 南側から見た噴火地点。時折、数mを超える巨大岩塊がジェットと共に投出されることがある。2023年10月30日12時30分頃。
 
図3 南東側からみた噴火地点。奥には硫黄島翁浜が見えている。浮遊軽石および変色水は、新島を取り巻くように分布し、流出した軽石からは水蒸気が激しく立ち昇っている。2023年10月30日12時30分頃。
図4 南東側からみた噴火地点(図3の拡大)。新島の表面に明瞭な火口地形は認められないが、同心状の皺のような構造を有し、軽石や変色水が島の周縁部全体から生じている。2023年10月30日12時30分頃。
図5 南西側からみた噴火地点と、軽石いかだおよび変色水の広がりの様子。2023年10月30日12時30分頃。

地震波形の全体・局所領域に対する複数の深層学習モデルを統合した地震検出手法

徳田智磯1、長尾大道1,2
1東京大学地震研究所、2東京大学大学院情報理工学系研究科

Seismic-phase detection using multiple deep learning models for global and local representations of waveforms Geophysical Journal International, Volume 235, Issue 2, November 2023, Pages 1163–1182, https://doi.org/10.1093/gji/ggad270

 
 今日、地震検出は地面の動きを測定する地震計に基づいて行われています。地表面は人間活動を含む様々な要因によって常に揺れ動いていますので、地震を検出するためには測定された揺れの中から地震波特有の揺れを識別する必要があります。従来の識別方法は揺れ幅の急激な時間変化を評価し、閾値を超えた場合に地震波と判定していました。近年、AI技術の発展に伴い、深層学習モデルに基づく地震検出AIの開発・研究がおこなわれてきました。これまで蓄積された地震波データをAIに学習させ、従来手法では見落とされていた地震波の特徴を捉え、より精度よく地震を検出することが可能になりました。
 本研究ではこうしたAI技術のさらなる向上のため、新しい深層学習モデルを開発しました。具体的には畳み込みニューラルネットワークと呼ばれる深層学習モデルを用いたGPD(Generalized Phase Detection)法を発展させ、地震波形全体だけでなく、地震波形の局所的な情報も取り入れたモデルに改良しました(図1)。このアイデアの基本は私たちの生活の中でも経験することです。例えば、蝶/蛾、梅の木/桃の木の識別は、遠方から全体だけを見ていると見誤ることがありますが、羽や花(局所情報)を注視すれば正確な識別ができます。それと同様に、改良したモデルでは全体波形、及び局所波形、それぞれについて地震検出モデルを作成し、各モデルによる判別結果を統合したものを最終結果としました。このように波形の局所情報を明瞭な形でモデルに取り入れる(つまり注視する)ことにより、誤判定しがちな波形をより精度よく判定できるようになりました(図2)。連続波形データに応用した場合も、誤検出が少なくなることがわかりました(図3)。本研究の成果として、検出精度の向上だけでなく、全体波形、及び局所波形それぞれについてモデルを作成するという検出モデルの新たな枠組みを提案したことも重要です。これによりモデル作成についてのレパートリーが増え、地震を検出する対象地域に合った柔軟な検出モデル作成に貢献することが期待されます。

図1: 開発した深層学習モデルのアーキテクチャ。南北、東西、上下3成分の4秒波形全体を用いた全体モデル、及び前半2秒、後半2秒波形を用いた局所モデルを作成し、各モデルの検出確率の積を最終検出確率と定義した。
図2: GPD法では地震波形と誤検出する一方、提案手法では正しくノイズと判定できた波形例。横軸は時間、縦軸は規格化(最大振幅は1)された振幅を表す。上下方向成分の波形(100 Hz)を表示した。
図3: 群発地震(2016 Bombay Beach swarm)の検出例。上段:南北、東西、上下成分を重ね合わせた波形データ(100 Hz)。中段:GPD法による検出確率(0.1秒ごとに表示, 赤:P-波、青:S-波)。下段:提案手法による検出確率。

人工知能による約50年前の地震計紙記録からの低周波微動の検出

金子 亮介 1,2 長尾 大道 1,2 伊藤 伸一 1,2 鶴岡 弘 1 小原 一成 1
1: 東京大学地震研究所 2: 東京大学大学院情報理工学系研究科

Detection of Deep Low-Frequency Tremors From Continuous Paper Records at a Station in Southwest Japan About 50 Years Ago Based on Convolutional Neural Network, J. Geophys. Res. Solid Earth, Vol. 128, Issue 2, doi:10.1029/2022JB024842, 2023.

http://doi.org/10.1029/2022JB024842

この成果の掲載が大変遅くなりました。お詫びいたします(広報アウトリーチ室長 木下)

1995年兵庫県南部地震を契機にわが国で整備された高感度地震観測網Hi-netをはじめとする空間的に稠密な地震計ネットワークの構築により、スロー地震の一種である「低周波微動」(以下、微動)が西南日本で発見されました(Obara,2002)。微動は通常の地震よりもはるかに振幅が小さく、継続時間が数時間以上に及ぶこともあるのが特徴で、西南日本でも月に数回程度の頻度で発生していることがわかっています。
微動は沈み込むフィリピン海プレートと上盤プレートとの境界に沿って、通常のプレート境界型大地震よりもやや深いあるいはやや浅い領域で発生しており、これらの大地震とも関連していることが予想されています。これまでの微動の発生時刻や震源位置をリスト化した「微動カタログ」(例えば、Obara et al., 2010)が公開されていますが、通常は複数観測点の連続地震波形デジタルデータから信号処理によって微動の
検出を行っていることから、微動カタログはこれらのデータアーカイブが充実した2001年以降のものしか存在していません。南海トラフのプレート境界型大地震がおよそ100〜200年周期で発生していることを考えると、現代の地震観測網が構築される以前の微動を検出して、過去の微動カタログを作成することが極めて重要であることは明白です。


そこで本研究では、人工知能を利用して、約50年前に稼働していた東京大学地震研究所 和歌山観測所の大量の地震計古記録からの微動の検出を行いました(図1)。当時の地震計はドラムに巻かれた紙にペンで1日分の波形を直接描いており、近年、その画像化とデータベース化が進められていま(Satake et al., 2020)。畳み込みニューラルネットワーク(CNN)として残差学習モデルResNetを採用し、古記録を模した人工的な波形画像データ(Kaneko et al., 2021)および現代のHi-netのデジタルデータから生成した5万枚以上の波形画像データをCNNに学習させました。
学習済みのResNetを和歌山観測所 熊野観測点(三重県)で得られた1966年から1977年の古記録に適用したところ、これまでに知られていなかった当時の微動を多数発見することに成功しました(図2)。一方で、地震波形を紙に安定して記録するには多くの技術と経験が必要であり、ペンの太さの時間変化などが微動検出の障壁になる場合があることも判明しました。今後ますますデータベース化が進められていく古記録に普遍的に適用できるよう、文部科学省「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト」(STAR-Eプロジェクト)のご支援によって最近導入した最新鋭の深層学習用GPU計算機を利用し、さらに大量のデータをCNNに学習させることにより、本研究で開発した古記録からの微動検出のための人工知能技術を強化していく予定です。

図1: 人工知能に基づく地震計古記録からの低周波微動検出の概略。
図2: (a)熊野観測点で得られた1974年9月17日(上)と9月19日(下)の地震波形記録、および(b)人工知能によって検出された低周波微動。