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輸入された地震計

一方、政府においては明治6年(1872)函館気候測量所で、機器によらない人間による地震観測が開始され、明治8年(1875)には東京気象台(気象庁の前身)が設けられました。

内務省地理寮に測量技師として招聘されたH.Scharbau(シャーボー、フランスからイギリスに帰化)が、特別にイタリアに発注したというPalmieri(パルミエリ)地震計を持参し、器械による正式な地震観測がイギリス人H.Joyner(ジョイネル)によって始められました。この地震計はイタリア人L.Palmieriにより、ベスビオ火山の地震観測用に考案されたものです。地震の発生時刻と持続時間を記録する装置、地震動の強さと方向を知らせる装置、感震部などからなり、感震部にはU字型ガラス管に満たした水銀の上に浮かべた鉄球のウキ、スプリングなどが用いられていました。地震波形を記録できるものではなかったので、感震器と呼ぶのが適当でしょう。現在の東京都港区赤坂、ホテルオークラのあたりに設置されました。