紀伊半島直下で発生する深部低周波微動の移動特性に見られる深さ依存性

小原一成、松澤孝紀・田中佐千子(防災科学技術研究所)、前田拓人

GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, VOL. 39, L10308, doi:10.1029/2012GL051420, 2012

紀伊半島直下で発生する深部低周波微動の移動特性に見られる深さ依存性

深部低周波微動とは、沈み込むフィリピン海プレートと上盤プレートとの境界部で発生する微弱 な振動現象で、数カ月間隔で起きるゆっくりすべりに伴って活発化するため、すべり過程を反映す ると考えられます。これらの現象は、約100年間隔で発生する巨大地震の震源域に沿ってその深部 側に帯状に並んでおり、プレート境界上での逆断層のすべりとして生じるため、巨大地震の震源域 に応力を加えるセンスとなり、巨大地震発生予測の関連からも、微動やゆっくりすべりのメカニズ ムを詳しく解明することは、大変重要です。 ゆっくりすべりを伴う微動エピソードは数日から1週間程度継続しますが、その期間中、プレー トの走向に沿って1日10 kmの低速度で移動することが知られています。 その中には、小規模でか つ高速の移動現象が含まれているとの指摘がなされてきました。そこで本論文では、紀伊半島直下 に発生する微動の移動現象、とくに低速移動の中に含まれる高速移動について系統的に調査しまし た。その結果、1日100 km程度の移動が微動発生域の最も浅い部分に集中し、移動方向はプレー トの走向に沿うものがほとんどでした。また、1日1000 km程度の高速移動が微動発生域全体に分 布し、プレートの沈み込む方向に卓越しますが、プレート走向方向に投影すると、1日100 km程 度の速度になります。以上の結果から、沈み込み方向の高速移動現象は、その方向に存在する既存 の弱線と、走向方向に移動するすべりフロントが交差する際に生じる見かけの移動であると考えら れます。また、微動域の浅部に集中する走向方向の移動は、低速移動の駆動的役割を果たしたり、 逆方向移動のきっかけになると思われます。このように、移動のタイプが深さによって異なること は、プレート境界の性質とすべり破壊の進行との関係を反映している可能性があります。 左図、および右図は、それぞれ時間スケールを30 分、および 2時間に設定して抽出された微動の移動イベントの結果。青は第1または第 3 象限(ほぼプレート走向方向)、赤は第2または第 4 象限(ほぼプレート沈み込み方向)に向かう移動イベントを表わす。地図上の青軸、赤軸は、抽出された移動イベントの重心位置と移動方向を示す。 左上のダイアグラムは、移動方向の方位別頻度分布である。時間スケール 30 分で抽出された移動イベントの移動速度は時速20~60 kmで、移動方向はプレート沈み込み方向に卓越し、微動域全域に分布するのに対して、時間スケール2時間で抽出された移動イベントの移動速度は時速5~20 kmで、移動方向はプレート走向方向に卓越し、微動域の南東側、つまり最も浅い側に集中する。右下の円グラフは、これらの抽出された移動イベントの方向とその背景に存在する低速移動の方向との関係の割合を示したもので、桃色が低速移動に対して直交する方向、水色が低速移動と同じ方向、緑色が低速移動と逆方向の場合である。

2010年インドネシア・メンタワイ地震の津波波源 ―現地調査・津波波形モデリングによる―

Satake, K., Y. Nishimura, P.S. Putra, A.R. Gusman, H. Sunendar, Y. Fujii, Y. Tanioka, H. Latief and E. Yulianto (2012)

Pure and Applied Geophysics (Topical issue “Historical and Recent Catastrophic Tsunamis in the World Ocean”) DOI:10.1007/s00024-012-0536-y (全文)

 2010年インドネシア・メンタワイ地震の津波波源 ―現地調査・津波波形モデリングによる―

インドネシア・スマトラ島の西に位置するメンタワイ諸島で2010年10月25日に発生したメンタワイ地震(M 7.7)は死者約500人を含む大きな津波被害をもたらしました。地震波解析によれば、この地震はMに比べて異常に大きな津波を発生する「津波地震」であったとされています。「津波地震」は、地震のゆれは小さいにも関わらず、大きな津波を起こすことから、防災上はとても重要な地震ですが、例が少なく、その実態はよくわかっていません。日本では1896年に発生した明治三陸地震が「津波地震」であったとされています。 この論文では、現地調査によるメンタワイ津波の遡上高と浸水距離、沿岸や沖合の水位計に記録された津波波形の解析による断層面上のすべり分布の推定、そのモデルに基づく津波の浸水計算結果と現地調査結果との比較を報告しました。 南北パガイ島の西岸8か所で測定した津波の高さは最低2.5m、最高は9.3 mでしたが、多くは4~7 mの範囲でした。3か所の村落では、津波は海岸から300m以上も遡上しました。住民への聞き込みによると、地震のゆれは、近年発生したM 7.6, 7.7の地震に比べて弱く、地震動による被害は全く発生していませんでした。沿岸の検潮所、GPSブイ、DART式海底水圧計の計9か所で記録された津波波形を解析したところ、スンダ海溝付近の断層面の浅部で大きなすべり(最大6.1m)が発生したことがわかりました。これは、他の「津波地震」にも共通した特徴です。津波波形の解析からは、地震モーメントは1.0 x 1021 Nm (モーメントマグニチュード Mw 7.9)と推定されました。この断層モデルから、パガイ島沿岸の津波高を計算すると、測定された津波高さと大まかには一致しましたが、詳しい計算では、実測よりも小さい値となりました。この原因として、水深と標高データの精度に問題があるためと考えられます。現地調査に基づく地形データを用いた計算結果は、測定結果とほぼ一致しました。 測定した津波の高さ 津波波形から推定したすべり量分布

地震学的手法による活火山直下のマグマ溜まりイメージング ――浅間山のマグマ溜まりを発見――

長岡優(現・気象庁)・西田究・青木陽介・武尾実・大湊隆雄

Earth and Planetary Science Letters, v. 333-334, p. 1-8, 2012.doi:10.1016/j.epsl.2012.03.034

地震学的手法による活火山直下のマグマ溜まりイメージング

――浅間山のマグマ溜まりを発見――

 浅 間山は日本で最も活動的な火山のひとつであり,世界でも最も充実した観測が行われている火山です.2004年・2008年・2009年噴火にともなう地震 活動や地殻変動から,山頂西側約5-8kmの海面下1km付近に西北西―東南東走行の岩脈(ダイク)が貫入し,その後山頂直下まで水平に移動した後に垂直 に移動して山頂に至るというマグマの経路が描き出されました.しかし,その深部の構造は明らかになっていませんでした.そこで,我々は2005年から 2007年まで行われた臨時地震観測の雑微動記録を用いて,より深部の地震学的構造を明らかにすることを試みました.

得られた速度構造は, 山頂西側約8kmの海面下5-10kmにかけて顕著なS波低速度領域が存在することを示唆しています.その低速度領域は直径5km程度の小さなものです が,これは解析上のゴーストではなく,実際に存在するものであると確認できました.2009年2月の噴火と同期した傾斜変動がこの低速度領域の直上のダイ クの収縮によるものであること,過去の火山活動にともなうダイク貫入が低速度領域の直上付近にあることから,発見された低速度領域はマグマだまりを表して いるものと考えられます.本研究は,地震学的に新しい手法で,上部地殻のマグマだまりの位置および大きさを明らかにした研究として位置づけられます.


海面および海面下5kmにおけるS波速度分布と,A-BおよびC-Dの断面でのS波速度分布.左下のパネルの赤三角形で示される山頂の西側に顕著な低速度領域があることがわかる.


浅間山におけるマグマ供給経路。山頂西側浅部にダイクが,その直下に地震波の低速度層として見えるマグマだまりがあると考えられる.