3.9.3 「富岳」プロジェクト先端的数値解析の研究開発

ポスト「京」(現在の「富岳」)を有効に活用するため,ポスト「京」で重点的に取り組む社会的・科学的に重要課題のひとつとして「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」が選定され,地震研究所はこの重点課題の代表機関を担った.2020年3月に最終成果発表会を開催し,2019年度末で本プロジェクトは予定通り終了した.この過程で,大規模シミュレーションを可能とする先端的数値解析の研究開発のための基礎的な数理研究と計算科学研究の学理が涵養され,2020年度から開始された「富岳」成果創出加速プログラムでは,「富岳」の性能を引き出すように計算科学・計算機科学の最先端技術を駆使して,地殻変動・地震動・地盤震動・都市地震応答等の地震に関する高性能大規模シミュレーション手法を開発している.

上記の過程を通して,首都直下地震を対象として,山手線内の30万を超える構造物の地震動応答解析を行えるだけの解析技術が整いつつある.10Hzまでの精度保証可能な1000億自由度級の有限要素法モデルを用いて,断層から地表までの地震動解析,地表近傍の堆積層による地盤震動解析を行う.これらの解析技術は上記の基礎的な数理研究と計算科学研究に立脚する成果であり,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な賞のひとつであるゴードンベル賞の最終選考論文5編に2014年2015年2018年に選ばれた.地殻構造の幾何形状が地殻変動の弾性・粘弾性挙動に大きな影響を及ぼすことが指摘されていることから,構築中の技術のこれらの解析への展開も進められている.2016年には,日本列島全てを含む広領域において高詳細な地殻モデルから構築した100億自由度以上の有限要素モデルを用いた弾性・粘弾性地殻変動解析等が行われた.また,2兆自由度を超える有限要素モデル構築技術及びこれを用いた地殻変動解析技術を開発し,プレート境界の応力分布推定のための超高分解能有限要素解析が可能であることを示した.これらの成果は,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な国際会議のひとつであるSCにおいて受賞するなど計算科学の分野においても高い評価を受けている.また,2017年には上述の山手線内の1000億自由度級の有限要素法モデルを用いた解析と人工知能を組み合わせた地震の揺れの推定高度化に関するする成果がSCにおいて受賞するなど,新たな研究の展開が進むと同時にその内容も高い評価を受けている.さらに,2018年には人工知能により高性能計算を高速化するというあらたな「人工知能と高性能計算の融合の在り方」を試みた超並列ソルバーを開発し,2018年時点で世界最速のスーパーコンピュータである米国Summitにおいて従来を凌駕する高性能を達成し,上述のようにゴードンベル賞の最終選考論文に選ばれた.また,2019年には人工知能用演算加速器を物理シミュレーションに適用可能とすることで,エクサ級のkernelにより全系で400ペタの速度を実現した新たな方程式ソルバーを開発した.2020年には,地震シミュレーションにおいて幅広く使われているものの,「富岳」で高速計算が難しいとされている非構造格子型有限要素法について,京コンピュータ全系と比較して富岳全系で59.2倍の高速化を達成するなどシミュレーション能力を大幅に引き上げると期待される新たな先端的な大規模シミュレーション手法の開発に成功するとともに,人工知能により微分方程式を学習することで方程式ソルバーの高速化を可能とする新たな手法の開発にも成功している.以上のように,新しい分野を開拓するとともに,継続的に高い国際的評価を受けている.