3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a)深層学習による画像認識技術を用いたミュオグラフィ画像解析

 東京大学医学部附属病院コンピュータ画像診断学/予防医学講座と共同で画像認識で威力を発揮するconvolutional neural network(CNN)を用いた深層学習の手法を用いた,火山の噴火予測への適用可能性を探索するスタディを開始した.同講座では医用画像データをもとにした画像診断AIソフトウェアおよびそのプラットフォームの開発を行っている.医学領域では医用画像を表示,解析する技術が高度に発達しており,特に近年ではディープラーニングを用いた画像解析により,AIソフトウェアが人間の目以上の画像識別能力を示すに至っている.一方,今後膨大な数の時系列的画像が生成されることが予想されるミュオグラフィ分野においても,医学分野において高度に発達してきた画像解析技術を応用し,ミュオグラフィによる火山内部構造の新たな解析技術の確立を目指す研究は意義深い.火山のミュオグラフィは素粒子の飛跡情報を火山内部の異常の有無の判断や質的な評価につなげる事を最終目的としており,医用画像の解析と共通する点が多い.

 一日一枚のリアルタイムに桜島浅部の透視画像(800画素:100 mの空間分解能)の自動処理の一環として,機械学習(CNN)による噴火判定プログラムを開発した.プログラムの性能を確認するために,2014年〜2016年に取得されたデータの中から過去7日間の連続透視画像を学習した結果を翌日の噴火の有無の判定に適用した.その際 a)7日間中断なく計測されたデータのみを使用 b) training, validation, testでデータの重複がないようにした(eruption dayが他のデータのprediction dayに含まれないように調整)  c) 噴火の有無を半々となるように調整を行った.その結果,学習データ期間外のデータに適用した場合噴火予測と実際の噴火の有無の一致を示す正答率(accuracy)は71%で,過去7日間に噴火した日数を基にした予測の正答率の57%を上回った.噴火しない日を正しく噴火しないと予測できた割合は約85%とさらに高かった.

(b)全方位ミュオグラフィによる火山観測研究

 火山体の内部構造は,火山噴火のダイナミクスを反映すると共に,火山活動の推移や歴史を記録している.噴火現象を理解する上で重要な情報の一つは,マグマを地表に供給するシステムである火道の形状,特に浅部の形状である.しかしながら,一方向からのミュオン観測では,その方向に沿って積分された密度長のみが測定可能な物理量である.ミュオンの経路に沿った方向に対しては構造を分離できない.そのため,例えば火山の火道付近の構造のみに興味があっても,山体の他の部分の不定性が混入する.この不定性を取り除くには,異なる方向から対象を観測する必要がある.今日三次元密度イメージング手法として発展を遂げたX線Computed Tomographyのように,ミュオグラフィも原理的には観測方向を増やすことによって三次元空間分解能を得ることができる.過去に2方向,あるいは3方向からのミュオン観測が行われた例もあるが,火山学的に有意義な三次元空間分解能に達するためには観測方向をさらに増やす必要がある.

 静岡県伊東市に位置する大室山スコリア丘に対し,山体を囲むように乾板検出器を設置することで,多方向からミュオンの減衰を測定し内部の三次元密度構造を推定する試みが現在進められている.これまでに行われてきた観測を表1に示す。

表1:これまでに大室山周辺に設置した原子核乾板検出器の一覧。観測の方向数における「+」は,以前と同じ場所に設置するのではなく,新たな方向から観測することを意味する。

設置した年(西暦)観測の方向数一方向辺りの有効面積(cm2観測期間(days)進捗など
2018310060解析結果をまとめ中
2019+820090解析結果をまとめ中
2020+8600120現像まで完了

 2018,2019年に設置された原子核乾板検出器について解析を進めている。現像・膨潤処理後に各乾板に記録されたミュオン飛跡の画像はデジタルデータ化され,観測時に入射したミュオンの飛跡がデータ上で再構成され,ミュオンフラックスが測定された。ミュオンの減衰データと大室山の地形から,各々の方向について2次元角度空間における平均密度を求めた。大室山と周辺の地形図と2019年に設置された山体を一様密度であると仮定した場合の各方向からみた平均密度をそれぞれ図3.8.3に示す。
 2020年春には可搬型重力計を用いた大室山の重力観測も行った。目的は(1)大室山の密度に関して独立な測定情報を得て,多方向ミュオグラフィの結果と比較すること,(2) 将来ミュオン観測と重力観測と組み合わせたジョイントインバージョンを行い,より精密な三次元密度構造を求めること,である。(1)について,山体の密度を一様であると仮定したときの平均密度を,1.39±0.07 g/cm3と算出した。この結果は各ミュオン検出器で推定された値(1.41~1.52g/cm3)と調和的であった。これらの基礎データを元にして, 2019年までに得られた11方向のミュオン観測データを用いた大室山の三次元密度再構成の解析を行う予定である。

(c)宇宙線電磁成分の減衰を用いた土壌水分量の測定

 マグマの移動に伴う質量移動を検出する方法として,ミュオグラフィの他には,地表面での重力の時間変動を追う方法がある.重力計によって得られた重力値の時系列データを眺めていくと,降雨に追随した明瞭な変動が見られることがある(振幅にして約10マイクロgal).これは,雨水の質量による万有引力の効果を重力計が受けるために生じる.このような雨水擾乱の効果を正しく補正しなければ,マグマの質量移動を正しく議論できない.そうした雨水の効果を,別の物理探査主張から定量的に把握するための方法として,宇宙線に含まれる電磁成分(電子・陽電子・ガンマ線の総称)を用いたラジオグラフィ手法の開発に取り組んできた.

 宇宙線に含まれる電磁成分は,ミュオンと比べると物質の貫通能は乏しいものの,その分,雨水による僅かな質量変動に応じて大きく減衰されることが期待されるため,土壌水分量の測定が可能で,連続重力測定データなどに見られる雨水擾乱の補正に効果的である.このアイデアの実証のため,国土交通省大隅河川国道事務所・有村観測坑道(桜島)の中に,特別な検出器を設置し測定を行ってきた(図3.8.4a).
 今年度は,2014~2019年にかけて断続的に測定されたデータの解析に取り組んだ.これらの時系列データ(図3.8.4b)を見ると,電磁成分の強度と大気圧の変動によるこれらの変動を補正したところ,雨量と電磁成分強度の間に負の相関が見つかった(図3.8.4c).  こうした降雨に伴う電磁成分強度の現象は,坑道上の土壌に浸透した降水によって電磁成分が吸収された結果だと解釈できる.現在,プールを用いた較正試験とモンテカルロ・シミュレーションを併用して,この解釈の正当性を検証している.ただし,図3.8.4cで見られた電磁成分強度の減少は非常に小さい.これまで観測を行ってきた有村観測坑道は軽石層に覆われており,雨水がすぐに地下へ流れてしまったからであると推測される.そこで,土被りの分厚い他の地点に移設して,追加試験を行うことを検討している。

(d)ニュートリノ振動を用いた,地球深部の化学組成・密度構造測定

 ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動,本学梶田教授2015年ノーベル賞).ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,及び媒質中の電子数密度で一意に決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度分布を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成(原子番号と原子量との比)をイメージングすることも可能である.

 ハイパーカミオカンデは,次世代のニュートリノ観測装置であり,スーパーカミオカンデの8倍の巨大な有効体積と,高いエネルギー・角度分解能を備える.これを用いることで,地球液体核やマントルの化学組成に制限を与えられることが,これまでの研究から明らかとなっている.ハイパーカミオカンデは,2020年度より建設が開始され,現在,様々な建設作業が行われている.

 地震研究所では,ハイパーカミオカンデの主要構成要素である,光検出器の研究開発を,宇宙線研究所ほかと共同で行ってきた.特に,地震研究所では,光電子増倍管に用いられるガラスの高品位化に取り組んできた.光電子増倍管は既に2020年度から量産が開始されているが,最初のロットでは,ガラスの高品位化の結果,感度が5%向上していることが分かっている.今後,ガラスの高品位化が光電子増倍管の雑音レベルの低減にどの程度影響したのか,評価を行っていく.今年度はガラスの高品位化に加えて,鉱山活動のハイパーカミオカンデへの評価も行った.特に,鉱山での発破に伴う振動加速度レベルの測定を行った.ハイパーカミオカンデは稼働中の鉱山の近傍に建設されるため,また,我が国の歴史の中でも最大級の大規模実験であるため,鉱山活動に伴う詳細なリスク評価を事前に行っておく必要がある.半年間の評価の結果,鉱山活動に伴う振動は,スーパーカミオカンデ建設地で記録されたものと同程度であり(図3.8.5),ハイパーカミオカンデの建設・稼働には大きな影響がないと予想される.2021年度も継続して測定を行い,より正確なリスク評価につなげたいと考えている.また,急激な気圧の変化(空振)等,より多面的なリスク評価も行う予定である.