部門・センターの研究活動」カテゴリーアーカイブ

3.11.5 新たな観測手法の研究

 地震・火山現象を理解するためには地下深部の観測が不可欠であるが,機器を設置できるのは地球全体の規模からすると地表に近いごく一部の領域にすぎない.そのため観測機器の精度の向上や観測範囲の拡大を目指して,レーザー干渉計などの光計測を用いた新たな観測機器の開発に取り組んでいる.レーザー干渉計は高精度・低ドリフトの変位センサーであり,地震・地殻変動観測機器へ組み込むことにより観測装置の高精度化や装置の小型化ができる.また光を用いた計測手法は,半導体素子では観測が難しい地下深部・惑星探査など極限環境での高精度観測を可能にする.

 (1) 長基線レーザー伸縮計による広帯域ひずみ観測

 レーザー伸縮計は地殻変動から数十Hz の地震波まで広いタイムスケールの地動を観測できる.岐阜県の神岡鉱山(東大宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設)の地下1000 m のサイトにおいて,独自開発した波長安定化レーザーを組み込んだ100 mレーザー伸縮計を用いて,世界最高感度のひずみ観測を継続している.これまでに,地球潮汐を利用した観測ひずみとregionalひずみ場の関係の定式化,間隙水圧と関連した季節変動ひずみの検出,地球自由振動の観測,遠地地震に伴うひずみステップを用いた測地学的な地震モーメントの推定などを行った.近地~遠地にわたる多様な規模の地震に伴うひずみステップが飽和せず取得され,レーザー干渉計の広帯域・広レンジ計測が実証された.この技術に基づき,神岡で進められている重力波望遠鏡建設計画(KAGRA)と連携し,1桁以上スケールアップした長さ1500mのレーザー伸縮計をKAGRAトンネル内に建設し,2016年8月から観測を行っている.100mレーザー伸縮計よりも高い分解能で地球潮汐やひずみステップが観測されており,regionalひずみ場と整合する季節変動もみられている.また,愛知県犬山観測所(名古屋大学,30m),静岡県天竜船明観測点(気象庁気象研究所,400m)に設置されている同様のレーザー伸縮計と同時観測を行い,共通イベントの検出や地震学と測地学にまたがるタイムスケールの現象の解析などを継続している.

 (2) 光ファイバーリンク方式の観測装置の開発

 レーザー干渉計の光源とセンサーを光ファイバーでつなぐことによりセンサー部を無電源化し,地下深部や惑星探査など極限環境(高温・極低温・高放射線など)で使用可能な高精度観測装置を構成できる.その一つとして,小型広帯域地震計の開発を行っている.この地震計は小型長周期振り子の変位検出部としてレーザー干渉計を使用し,光ファイバーでレーザー光を導入することにより耐環境性を高めている.試作機を用いたこれまでの性能評価では,広帯域地震計(STS1型) と同等の検出性能が確認され,干渉計部分は-50℃~ 340℃の温度範囲で動作できる.この原理の地震計を複数光ファイバーで接続し地下深部の地震観測網を構築することを検討している.

(3) 小型絶対重力計の開発研究

 絶対重力計は地殻変動や物質移動(マグマ移動・地下水の変動など)を観測する有効な手段である.火山観測など野外で機動的に使用でき,また複数の装置を使った観測網を構築できるような小型絶対重力計を開発している.小型で必要な精度が得られるように高精度なレーザー干渉信号の取得法や地面振動ノイズの補正機構を導入し,従来の市販装置の約2/3 のサイズの実証機を開発した.霧島火山観測所(宮崎県),蔵王観測所(宮城県,東北大)などで試験観測を行い,設計精度10-8m/s2が得られることを確認した.また,観測網を構築するために長距離伝送できる通信波長帯光源(波長1.5μm帯)を用いた動作試験を東北大・電気通信研究所と共同で実施し,従来の光源(波長633nm)の測定結果と一致し,光ファイバーによる光源の長距離伝送による精度劣化などは生じないことがわかった.火山帯などで複数の絶対重力計を光ファイバーで接続し,通信波長帯光源を用いた観測網を構成する手法開発を進めている.また,国立天文台江刺地球潮汐観測施設(岩手県) においては,東北地方太平洋沖地震後の重力変化を継続的に観測している.

 (4) 重力偏差計の海底・月惑星・小天体探査への応用

 地下構造を探査する方法として,広い空間スケールの重力場(重力加速度)をとらえる重力計に加え,その空間微分を測定する重力偏差計を併用することにより狭い範囲に局在化した鉱床などの密度異常のマッピングができる.海底鉱床の探査手法として,無定位振り子と光センサーを組み合わせた加速度計2台によって構成される重力偏差計を製作し,自律型無人潜水機(AUV) に重力計とともに搭載し,海中移動体上で探査を行ってきた.一方,月惑星や小天体などの天体の内部構造はいまだ十分な探査が行われておらず,着陸機あるいは周回機による観測で重力偏差計を用いれば従来の重力加速度の観測よりも高い分解能が得られることがモデル計算によって示されている.国立天文台および宇宙科学研究所(JAXA)と共同で小天体や月惑星表面などの内部構造探査を目指した重力偏差計の開発を進めており,光センサーを用いた小型重力加速度計を試作し,初期の動作性能を確認した.

 

 

3.11.4 電磁気的観測研究

(1)八ヶ岳地球電磁気観測所における基準観測

八ヶ岳地球電磁気観測所では東海・伊豆地方における地球電磁気連続観測の参照となる基準連続観測を継続した.毎月の地磁気絶対観測により地磁気3成分測定値の基線値を同定するとともに,毎月約2週間の,絶対観測室磁気儀台上の全磁力の繰り返し連続計測を実施し,観測所全磁力連続観測測定値との全磁力差を同定した.加えて毎月,地磁気絶対観測の際に絶対観測室内の水平48点,鉛直5層の計240点における全磁力値を計測して同室内の全磁力勾配を評価し,全磁力差や基線値の季節変化・経年変化との関連を調査するための基礎資料を作成した(ただし2021年度は4月,5月,2021年1月を欠測とした).これらの参照資料とするための気温・地温連続測定を継続して実施した.記録計室内での気温・気圧・湿度計測のオンライン化,局舎敷地内のwebカメラによる画像での敷地内の状態の定時監視,庁舎のwebカメラによる気象条件の常時監視による,無人観測所の保守を継続した.

気象庁及び同地磁気観測所による,草津火山における火山活動監視を目的とした全磁力観測値の参照値として,前日分のデータを毎日自動で送付する仕組みの運用を継続した.

(2)東海・伊豆地方における地球電磁気連続観測

東海地方の10観測点(清川,河津,富士宮,奥山,俵峰,相良,舟ヶ久保,春野,相良,小浜)における地球電磁気連続観測,伊豆地方の13観測点(網代,大崎,湯川,浮橋,奥野,菅引,新井,玖須美元和田,岡,手石島,与望島,川奈,池)における全磁力観測を継続するとともに,機器の保守を実施した.

(3)その他の地殻活動域における連続観測

(3-1)デジタルコンパスデータを用いた偏角変化連続観測の試み

2014年6月に開始した,浅間山に設置された4台のボアホール型傾斜計に内蔵されたデジタルコンパスが計測する偏角データ(毎秒値,分解能0.01度)の収録を継続した.

(3-2)沖縄県石垣島・西表島における地磁気連続観測

2014年度に全磁力観測を,2015年度に地磁気変化3成分観測を開始した石垣島,西表島における地磁気連続観測を継続した.

3.11.3 活動的火山における多項目観測研究

地震研究所では,文部科学省科学技術・学術審議会が5年ごとに関係大臣に建議する研究計画に基づき,火山噴火予測に関連する観測研究を全国の大学・研究機関と協力し,その中核となって実施している.この研究計画は,その前身の火山噴火予知計画から47年間,その内容を学術の進歩に合わせて変更しながら継続してきた.火山噴火は発生すると大きな被害をもたらすが,発生頻度が低いため,長期の観測データの蓄積が不可欠であり,この47年間のうち,特に最初の約20年間は火山観測網の充実が図られ,さらに研究者及び観測を支える技術職員が増員され,日本の火山学の進展に大きく貢献してきた.最新の研究計画は2019年1月に建議され,2019年4月より5年間実施予定の「災害の軽減に貢献する地震火山観測研究計画(第2次)」である.この計画は前計画に引き続き火山災害の軽減を目指して,観測,実験,理論の各手法を用いて火山現象の解明とその成果に基づく火山噴火予測に関する研究行なうことになっている.特に,今回は,2014年9月に発生した御嶽山噴火で多くの犠牲者が出たことを重視し,観光地となっていて登山客や観光客が火口近傍まで訪れる火山については,小規模な噴火であっても大きな災害を引き起こす火山噴火であるとして「高リスク小規模火山噴火」と位置づけ,地球物理学観測だけでなく,地球化学,地質学,史料研究を含めて包括的な研究を実施することを打ち出した.

当センターにおいては,長年継続して整備されてきた火山観測網やそれを支えるシステムの充実と維持を担っており,火山噴火予知研究センター等と協力し,観測に基づく火山噴火予測研究を実施している.火山噴火予測においては,噴火発生時の諸現象を精度良く捉えて噴火現象に関する新たな知見を得ることも重要であるが,場合によっては10年以上の準備段階を経て噴火に至るまでの火山内部のわずかな変化を捉え,その原因を科学的に解明することも極めて重要であり,それを火山噴火予測に活かすことが,火山噴火予測研究の重要な目的である.火山噴火前のさまざまな火山現象の解明を進めることによって,これまでの噴火前に起こった現象を狙って,その発見に大きく依存する経験による現在の火山噴火予測を,より普遍的な科学的な火山噴火予測に発展させることを目指している.そのためには精度の高い各種観測データを長期に安定して蓄積することが重要である.

本研究所では,これまでの「火山噴火予知計画」で観測網が整備された浅間山,伊豆大島,富士山,霧島山,三宅島の5火山を中心に長期的・継続的な観測を行っている.これらの火山においては,地震・地殻変動・全磁力変化・空振観測・熱映像・可視画像等の多項目の観測を行い,噴火に伴う諸現象,噴火前に起こる前兆現象を捉え,その物理・化学過程を明らかにする研究を実施している.また,この他の火山においても,他大学・機関との協力し様々な観測を実施している.ここではそれぞれの火山における観測の現状と観測研究の目的や意義について述べる.具体的な研究成果については,ここでは火山噴火予知研究センター及び地震火山噴火予知研究推進センターの報告との重複を避けて記述した.

(1)浅間山

浅間山では,広帯域地震,短周期地震, GNSS,傾斜,全磁力,空振,熱映像,可視画像の観測を行い,浅間火山観測所と小諸火山観測所を拠点として観測網の維持管理を行っている.観測データは,山頂付近では自前の無線LANによる中継あるいは光ファイバーを経て浅間火山観測所に集約され,本研究所までインターネット高速回線を用いて伝送されている.また,観測点の通信状況などに応じて 衛星回線や有線回線,携帯データ通信を利用したデータ転送も行われている.

2019年8月7日に極めて規模の小さな噴火が発生した.この噴火は,近年の2004年の中規模噴火,2009年と2015年の規模の小さな噴火とは異なり,これまで知られていた噴火に先行して現れる前兆現象は見られなかったと思われていた.2004年以降の噴火では,噴火前に浅間山西方深部にあるマグマ溜まりの増圧を示す地盤変動がGNSS観測等で捉えられ,深部からのマグマの供給が確認されている.また,噴火前には火口からの火山ガスの放出量が増加すると共に,マグマ溜まりから火口へ通じる火山ガスの流路のうち,浅部の隘路でガスの流入により膨張した後にガスの放出により収縮する際に発生する長周期の地震動(VLP)が観測されていた.VLPの発生頻度と火山活動は,大局的には比例しているが,細かく見ると若干の差異が見られる等のことが明らかになっていた.これらの観測されている地盤変動,VLPの活動,火山ガスの放出量などの観測事象と,次に起こる噴火の規模の関連を明らかにして,噴火の規模の予測に結び付く研究を進めることが,浅間山における観測研究の意義のひとつであると考えてきた.

しかし,2019年8月の噴火では,噴火前に地盤変動が見られず,当初,山頂直下での地震活動も噴火直前の数日間は極めて低調であると認識され,この噴火の発生機構について多くの疑問が投げかけられた.しかし,当所が火口の西側に設置している赤外カメラの解析から,噴火の約10日前の7月27日から火口底の温度が急激に低下し,それが噴火発生まで継続していたことがわかった.また,その間,火口直下浅部を震源とするBL型地震の発生頻度も低下していることが明らかになった.一方,火口直下を震源とするBH型地震をMatched Filter法で検出すると,7月末ごろから明らかに活動度が上昇していることがわかった.これらのことは,今回の噴火がこれまでのように深部からのマグマの供給により発生するものではなく,深部から火口に通じていた火山ガスの通路が一時的に閉塞して噴気が火口から放出されなくなり,閉塞した火道に蓄積した火山ガスが高圧になり,やがて新たな放出経路を作るために岩塊を吹き飛ばした現象であると考えられる.このことは浅間山が長期的には火山活動が低下している傾向にあることと整合する.このような噴火は他の火山でも,火山活動の終息期に見られる現象であると考えられており,今後はこのような噴火の予測にも有用な知見が得られた.

(2)伊豆大島

伊豆大島では,1986-87年の前回の噴火から33年以上が経過し,明治以降の平均噴火間隔が36~38年であることから,次の噴火が近いと予想され,現在は噴火に至る諸現象が地下で進行していると考えられている.噴火前に地下で起こる諸現象を捉え,それを理解することにより,噴火発生予測や次の発生する噴火様式や規模を予測することが重要である.現在,伊豆大島には24点(うち4点は広帯域地震計を併設)からなる地震観測網と14点からなるGNSS観測網によって地震及び地盤変動観測を行っている.これらの観測網は,従来の地震及び地盤変動観測機器が老朽化したため,2003~2004年に一気に更新したものである.この更新以降,約16年の期間にわたり精度の高い地震及び地盤変動の観測データを蓄積してきたが,近年これらの機器の老朽化が再び目立つようになってきた.そのため,最新の観測機器に更新する作業を2018年度から実施している.また,電磁気的観測では,プロトン磁力計による全磁力の連続観測に加え,能動的な比抵抗構造探査手法の一つである ACTIVE観測や長基線の電位差を計測するネットワークMT観測を実施している.これらの各観測のデータは,色々な手段を用いて地震研究所に集約されている.通信会社による有線データ伝送サービスのある観測点では高速で信頼性の高い光回線網を,有線回線サービスのない観測点では4G携帯電話回線網を用い,双方が利用できない観測点では自前で無線LAN装置を設置してデータ伝送を行っている.有線回線網ほど安定的なデータ伝送が行われない携帯電話回線網を利用した観測点では,自動的に最適速度でのデータ送信や再送を行うACTプロトコル(当研究所で開発)を用いて,人手をかけず安定的なテータ収集を行っている.

科学的な記録が残っている伊豆大島のこれまでの噴火では,他の火山と異なり噴火初期(発生時)には,火山性微動は発生するが明瞭な地震活動の高まりが見られないとされている.これは,伊豆大島のマグマが低粘性の玄武岩に富むものであるため,マグマに含まれる火山性ガスが噴火前から効率的にマグマから放出され,噴火初期には比較的爆発性の低い噴火様式になると考えられる.実際,前回の噴火ではマグマに先行してそこに含まれる高温の火山ガス等の揮発性成分が地下浅部に上昇し,地中の温度上昇による熱消磁,地下の電気伝導度の変化が噴火に前に起こり,その後,火山性微動が発生してその振幅が大きくなったのち,マグマが火口に満たされる山頂噴火に至ったと考えられる.その間,顕著な地震活動の増加は見られなかった.そのため,伊豆大島では来るべき噴火活動に備えて,山頂火口周辺での広帯域地震観測網の増強,土壌火山ガス連続観測,空振観測網の整備も検討されている.このうち,土壌火山ガス連続観測装置は2018年9月に三原山の火口近傍に,理学研究科火山化学研究施設と共同で設置した.マグマに先行して上昇してくる揮発性成分(火山ガス)を捉える新たな観測装置を設置する目的で,カルデラ内にある三原西観測点の深度1000m井戸の再利用を試みたが,現存の老朽化して故障している観測機器を引き上げが困難を極め,今は作業を中断している.

次回の噴火の発生初期も前回と同様な経過をたどる可能性が高いと考えられるが,現時点では熱消磁や火山性微動の発生は観測されておらず,噴火が切迫している証拠は見つかっていない.しかし,約17年の精度の高い地震及び地盤変動の観測データを併せて解析することにより,上記のような現象が発現する前段階と考えられる以下の現象が発生していることを見出した.

伊豆大島では,1~3年周期で山体の膨張と収縮が繰り返しつつも,長期的にはマグマ蓄積に起因する山体膨張が進んでいる.また,山頂直下及び山体から少し離れた島の沿岸部周辺で多数の火山性地震が発生している.この火山性地震の活動度とマグマ蓄積による地盤変動にきわめて良い相関があることが分かった.特に,カルデラ直下の浅部で発生する火山性地震は,山体膨張の際に活動度が高まり,山体収縮時に低下する.この現象は,山体膨張によって地下浅部では張力場が卓越し,既存地震断層での法線応力が低下することにより,地震が発生しやすくなると考えられる.観測された地震活動度は,地震活動の研究で良く用いられるモデル(速度状態依存測)で非常によく説明できる.伊豆大島はフィリピン海プレートの北端近くに位置し,相模トラフにも近いことから,大きなテクトニック応力が作用しているため,地震活動度と地殻変動との相関が現れやすいと考えられる.2011年以降は地盤変動の大きさと比較して地震活動度が高い状態が続いている.更に,2013年以降は,カルデラ直下の浅部で発生する地震の活動度が潮汐と統計学的に有意に相関を持つことが明らかになってきた.具体的には,震源域で潮汐応力が伸張場になる時に地震が相対的に多く発生することが明らかになった.これらの原因として考えられる仮説として,震源域での間隙圧の上昇により地震活動度が上昇したことが挙げられる.マグマの上昇に先行して,マグマ溜まりから揮発性成分が上昇し,それが震源域に達することにより間隙圧が増加すれば,地震活動は全体として相対的に活発になる.同時に潮汐との相関が良くなる.更に,この時期に,地震の規模別頻度分布(G-R則のb値)も一時的に上昇したことが明らかになった.このような地震活動度の時間変化が,近い将来に全磁力観測による熱消磁や電気伝導度の変化としても現われ,最終的に噴火に至ることになれば,上記の仮説は証明できたことになる.つまり,火山噴火予測の重要な鍵であるにもかかわらず,これまでその検出方法がなかったマグマ中の揮発性成分の上昇が火山性地震の活動度の変化と地盤変動を統合解析することによって推定できる可能性があることを実証できる.これは,火山性地震と言う最も重要な噴火前兆現象の科学的な理解の発展をもたらし,より科学的な火山噴火予測に一歩近づけるツールのひとつになると期待できる.

(3)富士山

富士山では10点からなる常設の地震観測網を主体とした地震活動観測を行っている.この内5点は地表設置型広帯域地震計,3点はボアホール型広帯域地震計である.ボアホール観測点には3成分歪計,高感度温度計,傾斜計も設置されている.また全磁力観測も継続している.他の火山同様,富士山に於いても観測点の条件に応じて様々な伝送方式が用いられている.

富士山は,三宅島や伊豆大島に比べて噴火間隔が長く,1707年の宝永噴火以降,噴火していない.しかしながら,2000年10~12月及び2001年4~5月に深部低周波地震が多発し,火山活動の活発化が懸念された.深部低周波地震は,火山活動の活発化に先行して発生する例が多いが,その発生機構については未だ解明されていない.そのため,広帯域地震計を主体として,長周期振動を捉えることに重点を置いて観測を行っている.残念ながら,2001年以降,深部低周波地震の活発化は見られない.今後の発生と,その後の火山活動の変化を見据えて,観測を継続している.

(4)霧島山

2011年1月に霧島・新燃岳で爆発的な噴火が発生し,その活動の詳細を明らかにするため霧島山周辺の観測点が強化された.2017年10月には,再び新燃岳が噴火したのに続き,2018年4月には霧島・硫黄山で水蒸気噴火が発生した.このように霧島山では火山活動が活発な状態を維持して現在に至っている.地震研究所は新燃岳周辺を含む広域で地震観測,GNSS観測,全磁力観測,空振観測を行っている.これらの観測は,火山噴火予知研究センター・鹿児島大学などの他大学と協力して進めている.

GNSSによる観測から2011年1月の噴火に先立ち2009年12月頃から新燃岳南西数㎞,深さ約8㎞にあると推定されているマグマ溜まり(以下,深部マグマ溜まり)に徐々にマグマが蓄積したことが明らかになった.噴火時にマグマの噴出により一挙にマグマ溜まりが収縮し,その後は2011年10~11月頃までマグマの蓄積が続き,一旦停止した.これに呼応して,新燃岳の活動は一旦休止している.以下に述べるように,この深部マグマ溜まりの膨張は,霧島山全体の大局的な活動の重要な指標となっていることが明らかになってきた.

2013年8月から2014年10月まで,再度深部マグマが膨張し,その後,停止した.それに呼応するかのように,2014年8月以降えびの高原の硫黄山から韓国岳に掛けて地震活動が活発化し,火山性微動の発生とそれ同期する傾斜変動も観測された.これらは硫黄山付近での水蒸気噴火の発生する可能性を示すことから,震源決定精度向上のため,震源域のほぼ直上に当たる韓国岳山頂に広帯域地震観測点を新設して観測を開始した.その後,この地域の活動は一旦低下したが,2015年8月頃より,硫黄山周辺で傾斜変動を伴う火山性微動が度々発生するようになり,2016年1月には顕著な地表高温域の拡大,噴気の増大が見られるようになった.地元の山岳ガイドと協力し,噴気温度を測定する態勢を作り,測定を継続している.この活動は,2017年9月以降一旦は低下したが,2018年3月初旬に霧島山・新燃岳が3度爆発的な噴火を開始した直後から,活動的になり,2018年4月19日に硫黄山に隣接するえびの高原で水蒸気噴火が発生した.

2017年7月からは深部マグマ溜まりが3度膨張を始め,火山活動の活発化が懸念されていたところ,10月11日に新燃岳で小規模な噴火が発生した.噴火に先立ち傾斜変動を伴う低周波の微動が観測されたほか,噴火中にBanded Tremor, Gliding Tremor, Chugging Event等色々な火山性微動が火口近傍の複数の広帯域地震観測点で観測された.この活動は約1ヶ月程度継続し,一旦活動が低下した.2018年3月1日から3度目の噴火活動が再開し,3月8日には爆発的な噴火に移行し,1週間程度活動が継続した.これも現在は小康状態になっている.

霧島山では,深部マグマだまりの膨張が引き金になって,新燃岳のマグマ噴火,硫黄山の水蒸気噴火を引き起こしていることが,最近の10年余りの観測から明らかになってきた.新燃岳の噴火と硫黄山の熱水活動や水蒸気噴火は,いずれも同じマグマ溜まりにマグマが供給された後に発生しており,共通のマグマの供給システムで駆動されていると推定される.即ち,霧島山は多くの火口を有する山容が示すように複雑なマグマや高温の火山ガス供給システムが地下に存在すると考えられ,新燃岳の噴火及び硫黄山付近での熱水活動や水蒸気噴火は,一連の火山活動として捉えられる.霧島山の一連の活動は噴火現象の推移の複雑さを理解する上で大変興味深い事例と言える.今後も観測を継続し,噴火活動の推移の理解につながる研究を目指す必要がある.

(5)三宅島

三宅島では,2000年噴火後は2010年頃まで山体収縮が続いていたが,それ以降山体膨張に転じた.これは,次の噴火に向けて,マグマ溜まりでのマグマの蓄積が再開したことを示している.また,2000年以前はそれほど地震活動が活発でなかったが,噴火後,大きく崩落した火口南側直下浅部を震源とする地震が非常に多く発生している.しかも,その活動度は季節により大きく変動していることが明らかになった.

2000年噴火直後と最近の地下の比抵抗構造の時間変化を研究するために,中腹の周回道路内側全域にわたって2012年にMT観測を実施した.これは,地下の温度変化,地下水の回復過程に着目して,今後の火山活動を評価し,その推移を解明するための基礎となるデータである.同様のMT観測を2019年にも実施し,地下比抵抗構造の時間変化を見出す研究を進めている.また,無人ヘリコプターにより,中腹の周回道路内側全域と火口周辺において空中磁気測定を2014年5月と2016年11月に実施した.その差から,火口直下では帯磁傾向が続いており,地下浅部では前回2000年噴火から地温の低下が継続していると推定される.今後も,定期的にこのような観測を繰り返し,時間推移を捉えることが重要である.

三宅島では近年の噴火周期が20年程度であることから,次回の噴火が遠くないと思われる.このような火山における噴火前後で発生するマグマや地下水の移動とそれに起因する諸現象を捉えることが,火山噴火現象の解明と噴火予測に重要であることから,文部科学省委託事業「次世代火山研究推進事業」の課題B「先端的な火山観測技術の開発」サブテーマ4「火山内部構造・状態把握技術の開発」で,他機関の観測点が少ない火口近傍に広帯域地震観測点を3点,GNSS観測点を2点設置して観測能力の向上をはかった.また,この観測点の増設により火口直下の浅部で地震活動が活発であることが判ったので,2019年5月から雄山の火口縁に2点,雄山南方の中腹に1点,短周期地震計による現地収録方式の臨時観測点を設置して地震活動を調査した.その結果,三宅島の最近の火山性地震の活動は,火山浅部の現在の噴気口の直下の限られた領域でBL型地震とBH型地震が発生し,それらは海抜下約1㎞の深さでそれ以浅はBL型,BH型が,それ以深はA型が発生しており,震源の分布がシャープに分かれていることが明らかになった.さらに,この境界がMT探査から判った比抵抗構造の明瞭な境界とほぼ一致していること,A型地震は現在の火口域だけでなく2000年噴火発生時に見られたダイク貫入域につながるように活動が続いていることも分かった.更に,他機関が三宅島に展開するGNSS観測点のデータを再解析すると,三宅島では上述もように2010年頃より山体膨張を繰り返しているが,特に2016年前半に急激な山体膨張が発生すると同時に,これまで少量ながら火口から噴出していた火山ガス(SO)が検出限界以下まで急激に減少した.これはこれまでマグマ溜まりから漏れ出てきた火山ガスが,マグマ溜まりと火口を結ぶ流路が閉塞したため,火山ガスの流出が止まり,それによってマグマ溜まりが増圧したと考えると現象をうまく説明できる.この増圧源は火口縁の南西約2㎞の深さ約5㎞と推定され,2000年噴火のダイク貫入域や先ほど述べたA型地震の震源が火口から南西側に延びる分布とも整合することがわかった.これは2000年噴火の際に大きな役割を果たしたマグマ溜まりが,現在まで活動を続け,最近になって火口への流路が閉塞したことを示唆している.次回の噴火が同じマグマ溜まりが活動して発生するかは大変興味がある問題で,これらの知見の積み重ねを経て,次回の噴火の予測や噴火現象の理解の深化を目指している.

3.11.2 海域における観測研究

(1)災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画による海底観測

(1-1)平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震震源域の海底モニタリング観測

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下東北沖地震)の発生時には,震源域の一部に,海底地震計が設置されており,本震発生直後から,海底地震計を追加設置し,余震観測を実施した.その結果,本震時に大きな滑りが推定されている本震震源付近では,本震直後から余震活動が低調であり,地震活動の様式が変化したことがわかった.その後2011年9月からは,主に長期観測型海底地震計を用いて,震源域における海底モニタリング観測を実施している.

 地震時の滑りが大きかった東北沖地震震源域本震付近における長期の地震モニタリング観測は,プレート間固着の変化などを把握するために重要である.そこで,2013 年9 月に,長期観測型海底地震計を宮城県・岩手県沖に展開し,モニタリング観測を2014年10月まで実施した.さらに,2015年5月には,震源域最北部の青森県沖に,長期観測型海底地震計を設置して,海底地震観測を2016年5月まで実施した.また,2014年10月から2016年10月まで,科学研究費助成事業「深海調査で迫るプレート境界浅部すべりの謎~その過去・現在」と連携して,広帯域海底地震計を含む小スパンアレイと長期観測型海底地震計による宮城県沖における海底モニタリング観測を実施した. 2016年10月からは,同科学研究費助成事業と連携して,小スパンアレイによる観測を福島県沖において開始した.福島県沖における観測では,新規開発した小型広帯域海底地震計を設置し,小スパンアレイと併せて,広域観測網も構築した.福島県沖の小スパンアレイと広域観測網は,2018年8月から11月までに複数の航海を用いて撤収した.2019年7月には科学研究費助成事業と連携して,北海道えりも岬沖に,小型広帯域地震計と長期観測型海底地震計を用いた小スパンアレイを設置して,地殻活動のモニタリングを開始し,2020年10月に観測を終了した.一方,長期観測型海底地震計による宮城県沖における海底モニタリング観測に関しては,長期にわたるモニタリングを目的として引き続き観測を実施しており,2020年10月には設置してある海底地震計の回収を行った.また,2020年10月は科学研究費助成事業とも連携して,岩手県沖において広帯域海底地震計を含む小スパンアレイと長期観測型海底地震計による海底モニタリング観測を開始した.なお,これらの観測研究は,北海道大学,東北大学,京都大学,鹿児島大学,千葉大学との共同研究である.

(1-2)南西諸島海溝北部における長期海底地震観測

 南西諸島海溝域では,島嶼が海溝軸から100~200 km 離れた島弧軸に沿って直線状に配列するのみであり,プレート境界付近の微小地震活動等の時間空間的変化の詳細な把握が難しい.本観測研究は,海域に長期観測型海底地震計を設置して,プレート境界3次元形状などを明らかにするとともに,活発な活動が確認されている短期的スロースリップイベントや超低周波地震の詳細を明らかにする.2020年7月に観測を行った長期観測型海底地震計を回収するとともに,予め準備した長期観測型海底地震計をトカラ列島東方海域に設置し観測網を構築して観測を実施している.なお,この観測研究は京都大学,鹿児島大学,長崎大学との共同研究である.

(1-3)ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯における海底観測

 ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯では,平均しておよそ2 年の周期でスロースリップが発生しており,このうち6 年程度の周期で規模の大きなイベントが起こっている.そこで,スロースリップおよびそれに付随する地震活動を把握することを目的に,2014年5月から2015年6月にかけて,海底地震計と海底精密圧力計を用いた観測を実施した.観測期間中に陸上の測地観測網から比較的大規模なスロースリップイベントが発生したことが確認されていたが,イベント発生時に海底に設置されていた海底精密圧力計の記録から,そのプレート境界面におけるすべりが部分的に海溝軸近傍まで達していることが,世界で初めて確認された.また,このスロースリップイベントが終了する時期から,決まった領域で微動の発生が始まり,さらに3週間ほど連続している可能性が示唆された.一方,通常の沈み込む海洋性地殻内での地震活動における発震機構の時間変化とスロースリップイベントとの対応関係から,平常時には横ずれ型の地震が発生しているが,スロースリップ発生直前には横ずれ型から逆断層型まで,多様な地震が発生していることを明らかにした.このことは,海洋性地殻内における間隙水圧の上昇が起こっていることが示唆され,スロースリップ発生直前のプレート境界面での有効法線応力の減少によってスロースリップが発生した可能性を明らかにした.なお,この観測研究は,東北大学,京都大学, UCSC(米国),LDEO(米国),University of Colorado at Boulder(米国)との共同研究である.2017年11月には,ヒクランギ沈み込み帯全域にわたる構造を調べるため,海底地震計を設置してエアガン発震を行い,良好な記録を得た.現在は取得されたデータの解析を行っており,地震波速度異方性も含めた地殻内構造の初期的結果を得た.なおこの調査研究は海洋研究開発機構,GNS Science(ニュージーランド),UTIG(米国),USC(米国),ICL(英国)との共同研究である.2019年10月には,1年前に設置した海底地震計を回収し,良好なデータが記録されていることを確認した.この観測期間には観測網直下で大規模なスロースリップ,またそれに伴う微動が発生した.この微動活動は2014年の活動に相似しており,スロースリップの終息時期から3週間ほど,沈み込んだ海山周辺域に限って連続して発生した.しかし活動の規模は2014年のものよりも遥かに大きく,その発生メカニズム解明に向け,活動の時空間分布について詳細に調査を進めている.2020年11月には,ヒクランギ沈み込み帯中部における,固着強度が大きく変化する遷移領域に,長期観測型海底地震計を設置して海域地震観測を開始した.

(1-4)宮崎県沖日向灘における長期海底地震地殻変動観測

 宮崎県沖日向灘では,活発な低周波微動活動が確認されている.深部スロースリップからの類推として,低周波微動の発生に併せて浅部スロースリップが発生していると予想されている.そこで,その存在が予想される浅部スロースリップイベントの海底観測による直接検出を目的として同海域において,広帯域海底地震計,長期観測型海底地震計および海底精密水圧計による観測を,科学研究費助成事業「スロー地震学」と連携して開始した.すべりの空間分布を推定するとともに,浅部微動や浅部超低周波地震の詳細な時空間発展や地球潮汐応答等の活動様式を明らかにし,これらの現象のスケーリングや相互関係性の評価を行うことなども目的である.2017年3月に広帯域海底地震水圧計,長期観測型海底水圧計,長期観測型海底地震計からなる観測網を日向灘に設置した.さらに,2018年3月に長期観測型海底地震計を用いて観測点間隔1 km程度の小スパンアレイを日向灘に設置した.2018年8月には日向灘における次期観測網の構築のために小型広帯域海底地震計,長期観測型水圧計,長期観測型海底地震計の設置を行った.長期観測型海底地震計小スパンアレイによる観測は2019年1月に終了した.また,2019年1月から2019年4月にかけて,複数の航海により,2017年3月に設置した広帯域海底地震水圧計,長期観測型海底水圧計,長期観測型海底地震計の回収および予め準備した小型広帯域海底地震計,長期観測型海底水圧計,長期観測型海底地震計の設置を行い,観測網の入れ替えを実施した.2020年9月に小型広帯域海底地震計,長期観測型海底水圧計,長期観測型海底地震計を回収した.また,2020年11月には,長期観測型海底地震の小スパンアレイを新規に設置して,観測を開始した.なお,この観測研究は,京都大学との共同研究である.

(1-5)東北日本弧横断構造探査実験

 日本列島の形成や海溝型地震の影響を考える上で,深部構造を精度よく求めることが必要であり,日本海溝外側から日本海までの領域について,リソスフェアとアセノスフェアの詳細な構造を求めることは重要である.日本海における地殻構造の不均質や日本海東縁の歪み集中帯の形成,2011年に発生した東北地方太平洋沖地震が長期に与える影響などを考える上で,有益な情報である.そのために,日本海から日本列島を横切り日本海溝に至る測線を設定し,測線上に長期観測型海底地震計を設置して,実体波トモグラフィー・レシーバー関数解析・表面波解析などから深部までの構造を求める.さらに,この測線上で大容量エアガンを用いて構造探査実験を行い,深部構造と上記の解析に必要な詳細な浅部構造の情報を得る.2019年8月に,この計画の一環として,宮城県沖に測線を設定し,長期観測型海底地震計を設置し長期観測を開始した.さらに,設置した長期観測型海底地震計,別計画で設置された日本列島上の高密度臨時地震観測点と日本海に設置された海底地震計に向けて,エアガン発震を行った.2020年は長期観測型海底地震計による地震観測を継続した.

(1-6)房総半島南部における長期海底地殻変動観測

房総沖スロースリップ領域において,海底における地殻変動を検出することを目的として,長期観測型海底水圧計による観測を実施している.2018年9月に,海底水圧計を設置して観測を行っているが,海底水圧計を2020年10月に追加で設置して観測を継続した.用いている海底水圧計は3年間以上の連続収録が可能である.また,設置されていた次世代広帯域地震傾斜計を2020年10月に回収した.これまでに回収した長期観測型海底水圧計のデータについて解析した結果,海底の上下変動が約1 cmの精度で観測できることが示された.2018年6月の房総沖スロースリップの活動期間を含むデータから,スロースリップに伴う約1~2 cmの上下変動が検出された.なお,この観測研究は,千葉大学との共同研究である.

(2)文部科学省委託事業による海底地震調査観測研究

(2-1)日本海地震・津波調査プロジェクト

 日本海沿岸地域において,津波・地震対策の基礎として,津波波高・強震動予測を実施する必要がある.そのため,2013年から開始された8ヶ年のプロジェクトにより構造調査などの調査観測が実施されている.その一環として,日本海下の深部構造を求めモデリングに貢献するために,広帯域海底地震計及び長期観測型海底地震計を用いた地震モニタリング観測を行っている.2020年は本プロジェクトによる海底地震観測を含めてこれまでの記録から大和海盆,大和碓,日本海盆のリソスフェア構造を求めるための解析を進めた.

(2-2)防災対策に資する南海トラフ地震調査研究プロジェクト

 南海トラフでは将来規模の大きな地震の発生が想定されている.そこで,南海トラフ地震の活動を把握・予測し社会を守る仕組みを構築し,地域への情報発信による減災への貢献をめざす委託研究プロジェクトが2020年から5カ年の計画で実施されている.このプロジェクトの一環として,南海トラフ西部の日向灘において,広帯域海底地震観測を計画している.2020年は年度内の観測開始をめざして小型広帯域海底地震計等の整備を実施した.なお,この観測研究は京都大学と連携して行っている.

(3)共同研究による海底観測研究

(3-1)南西諸島における広帯域地震計による低周波地震・微動モニタリング研究

 南西諸島域では島弧全体にわたって浅部プレート境界において低周波微動,超低周波地震,短期的スロースリップの活動が活発であることがわかってきた.これらの低周波イベントはプレートのカップリングと密接に関連していると考えられている.そこで,低周波イベント活動および微小地震を含む地震活動の正確な把握を目的として,南西諸島海溝域における海底地震観測を2015年から開始した.南西諸島域の大部分は海域となっており常設の地震観測点が少ないために,海底観測点を追加することにより効果的な地震観測網を構築できる.観測域には島嶼観測網から低周波イベントの発生が推定されている南西諸島海溝中部から北部とした.2015年1月から2016年8月まで広帯域海底地震計・長期観測型海底地震計を設置して南西諸島海溝中部において全体の活動を把握するための広域地震観測網を構築して観測を実施した.2016年8月から低周波イベント活動が活発な奄美大島東方海域に観測点間隔30 km程度の観測網を構築し観測を開始した.2017年8月には設置した海底地震計を回収し,北東に拡張した観測網を再度構築し,2019年4月に海底地震計を回収した.一方,2019年2月には観測を継続するために小型広帯域海底地震計による観測網を構築し,2020年1月まで観測を行った.これまでに回収されたデータには,低周波微動と超低周波地震が記録されており,解析を進めている.なお,本研究は,公益財団法人地震予知総合研究振興会,京都大学との共同研究である.

(3-2)メキシコ太平洋沿岸部ゲレロギャップにおける長期海底地震・圧力観測

 メキシコ太平洋沿岸部は,ココスプレートが北米プレートに沈み込んでおり,プレート境界型巨大地震が発生する.しかし,ゲレロ州の沖合(ゲレロギャップ)は,近年大きな地震の発生が見られない一方,スロースリップが4年程度の間隔で繰り返して発生していることが知られている.プレート間歪みをスロースリップのみで解消しているわけではなく,将来巨大地震発生の可能性があると考えられている.そこで,ゲレロギャップ下のプレート間固着を明らかにすることを目的として,同領域において海底地震地殻変動観測網を構築した.2017年11月に,長期観測型海底地震計および長期観測型海底圧力計を,メキシコ国立自治大学(UNAM)所属研究船El Pumaを用いて設置した.観測領域は,海溝沿いに約120 km,直行方向に約50 kmである.2018年は11月に同じく研究船El Pumaを用いて前年に設置した長期観測型海底地震計および長期観測型海底圧力計を回収し,新たに長期観測型海底地震計を設置して観測を継続した.2019年11月には同研究船により前年に設置した長期観測型海底地震計を回収し,新たに長期観測型海底地震計を設置して観測を継続した.2020年は海底観測を継続するとともに2019年に回収されたデータの解析を進めた.なお,本研究は,2016年度から開始された国際科学技術共同研究推進事業,地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「メキシコ沿岸部の巨大地震・津波災害の軽減に向けた総合的研究」の一環として,京都大学,東北大学,UNAM(メキシコ)との共同研究として行われた.

(3-3)沖縄トラフ北部における長期海底地震観測

 沖縄トラフと別府島原地溝帯の延長部が交わる男女海盆では2015年11月に発生した薩摩西方沖地震(M7.1)後に地震活動が活発化しているが,陸上の定常観測点データのみでは精度の高い震源分布を明らかにすることは難しい.そこで男女海盆において海底地震計を用いた観測を実施し,得られた観測データを用いた地震活動解析から詳細な地震活動を明らかにすることを目的として,長期海底地震観測を開始した.得られた地震活動データから日本列島周辺では余り存在していない伸長場でのテクトニクスを考察する.2019年8月に沖縄北部最北部である男女海盆に設置した長期観測型海底地震計を2020年7月に回収した.なお,この研究は科学研究費助成事業の一環として,東京海洋大学,京都大学,鹿児島大学と共同して実施している.

(3-4)南海トラフにおける高密度海底地震計アレイ観測

 西南日本沈み込み帯においては,室戸沖から熊野灘沖にかけて海底ケーブル地震観測網(DONET)が敷設されており,スロー地震の活動域と非活動域がトラフ軸に沿って明確に分かれていることが明らかとなっている.このスロー地震活動域/非活動域に対応する地下構造の要因を明らかにするため,ならびに,スロー地震の高精度な震源決定のため,当該海域において長期観測型海底地震計15台による自然地震観測を継続している.設置した海底地震計は,来年度に回収する計画である.また,DONETの地震記録を用いた,予察的な解析を進めている.本研究は京都大学,東北大学,神戸大学,海洋開発研究機構,九州大学との共同研究である.

(4)海底地震地殻変動観測システム開発およびデータ解析手法開発

(4-1)三陸沖に設置したICTを用いた光ケーブル式海底地震・津波観測システムの運用

 従来の光ケーブル海底地震・津波観測システムは,海底通信技術を用いた高信頼性システムであるが,コスト面や運用面に改善の余地がある.そのため,データ伝送とシステム制御にICTを用いたシステムを新たに開発し,その1号機を新潟県粟島近海に設置した.このシステムは,データ通信の冗長性を備え,より低コストで,小型・軽量であることが特徴である.2号機に関しては,既設の三陸沖光ケーブル海底地震・津波観測システムの更新システムとして開発・製作した.2号機は地震計と津波計を装備した観測点を2点,地震計と拡張ポートを装備した観測点を1点設置し全長は約110 kmである.拡張ポートはPoE I/Fを用いており,設置後無人探査機などにより,新たなセンサーを接続できる.観測装置は約30 kmまたは約40 kmの間隔であり,設置時には,拡張ポートにデジタル出力型高精度水圧計を接続した.2015年9月に岩手県釜石市沖へ2号機の設置を行った.システムの設置は通信用海底ケーブル設置に用いられている海底ケーブル敷設船を利用した.このシステムの設置により釜石市沖は三陸沖光ケーブル海底地震・津波観測既設システムと併せて,空間的に高密度なリアルタイム海底地震・津波観測網が構築された.2017年4月には,波浪の影響を受けやすい汀線部から沖側約30 mまでの区間のケーブルの保護対策とアース電極の沖合への設置作業を実施した.アースの強化としては沖合30 m程度にアース電極を設置しこれまでに利用していた汀線部アースと並列に接続した.その結果,給電電圧の変動はほぼ無くなり安定した運用ができるようになった.2018年9月には汀線部から沖合100 m程度までの状況の監視調査を行った.また,陸上部装置の保守を行った.沖合へのアース電極設置以降,給電電圧の変動はほぼ無く,安定した運用を行っている.

 2019年10月に台風19号の影響により釜石陸上局が停電となり発動発電機が起動し,給電が行われた.同日中に復電し,欠測とはならなかったが,局舎周辺に小規模な土砂災害が発生した.現在復旧に向けた作業を行っている.また,2019年11月落雷より陸上局舎内の給電装置に不具合が発生し観測不能となった.その後,給電装置の復旧により同年12月初めに観測を再開したが,設置以来の長期欠測となった.なお,再起動以降は連続観測を行っている.2020年9月には陸上局システムの整備としてサーバ機のメインテナンスなどを行い,また汀線部付近におけるケーブル敷設状況調査を実施した.

(4-2)小型広帯域海底地震計の開発

 長期観測型海底地震計は実用化以降多数の実績を持っており,繰り返し観測の手法によりモニタリング観測が可能となった.この長期観測型海底地震計の地震計センサーは,三成分高感度短周期速度計であり,その固有周波数は1 Hzである.通常の地震観測には十分な帯域であるが,近年着目されている浅部低周波微動や超低周波地震を観測するにはやや帯域が不足である.近年,小型で低消費電力である広帯域地震計が利用可能になってきた.そこで,Nanometrics社Trillium Compact Broadband Seismometerを長期観測型海底地震計に組み込むために,専用レベリング装置の開発を実施し,2017年に小型広帯域海底地震計の最初の観測を行った.小型広帯域海底地震計の開発は引き続き実施中であるが,2019年は主として固有周期120秒の地震計センサーを搭載した小型広帯域海底地震計の観測への利用を進めるともに台数の確保に努め,2020年には20台規模で観測に用いることができるようになった.海底での記録の蓄積から雑微動レベルについて上下動はセンサーの帯域において低いレベルであるが,水平動成分に関しては上下動成分よりも雑微動レベルが高いことが確認されつつある.雑微動レベルは地震観測としては低いレベルであり,超低周波地震,遠地地震,深発地震なども明瞭に記録されている.

(4-3)光ファイバー計測技術による海底ケーブルを用いた海底高密度地震観測システムの開発

 光ファイバセンシングの一つであり,振動を計測する分散型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing,以下DAS)は,近年様々な分野で応用され始めている.地震関係の分野では,石油探査のために構造調査に利用されており,地震観測にも適用され始めている.この計測は,光ファイバー末端からレーザー光のパルスを送出し,光ファイバー内の不均質から散乱光を計測し,その変化から,振動を検出する方法である.光ファイバーに沿って,時空間的に密な観測を実施できることが特長である.地震研究所が1996年に設置した三陸沖光ケーブル式海底地震・津波観測システムは,伝送路である海底ケーブルに予備の光ファイバーを持っている.この予備光ファイバーに,DAS計測を適用することによって,空間的に高密度の海底地震観測を実施できる可能性がある.2018年から,DAS計測技術を三陸沖光ケーブル式海底地震・津波観測システムの予備光ファイバーに適用する開発を開始し,2019年は2月,6月,11月の計3回計測を実施した.2月の計測では,測定長100 kmとして,チャンネル間隔5 mとして,合計約2日間実施した.その結果,計測装置を設置した陸上局から70 km程度まで,連続して地震波が記録されることを確認した.また,6月の計測では,空間的高密度計測として,測定長5 km,チャンネル間隔1 mとした.観測期間は約3日である.観測記録には多数の地震が記録されていた.11月の計測では,長期観測を念頭において,2週間弱の連続観測を行った.測定長は70 km,チャンネル間隔は5 mである.2020年11月にはエアガンとDAS計測による構造調査を実施した.エアガンの発震は海洋研究開発機構学術調査船白鳳丸KH20-11研究航海にて実施した.白鳳丸はエアガンを曳航しながら海底ケーブル敷設ルート上を航行し,この間陸上局においてDAS計測を行った.発震には大型エアガンアレイ,またはGIガンアレイを用いた.DAS計測は測定全長100 kmまたは80 km,チャンネル間隔5 mとして,エアガン発震時間帯を含む約5日間の連続観測を行った.現在データの解析中である.今後,定常観測に用いることをめざして,システム開発を引き続き実施する予定である.なお,本研究のデータ解析に関する研究の一部は株式会社富士通研究所との共同研究として行っている.

3.11.1 陸域における地震観測

(1)陸域地震観測

(1-1)広域的地震観測

関東・甲信越,紀伊半島,瀬戸内海内帯西部に展開している高感度地震計を用いた広域的地震観測網による観測,および伊東沖(故障中)と三陸沖に設置している光ケーブル式海底地震・津波観測システムを用いた海陸境界域の観測を継続し,地震活動と不均質構造との関係を明らかにする研究を進めてきた.

全国の国立大学や研究機関等によって観測されている地震波形データを収集し,本センターのデータと統合して処理している.これらのデータは,日本列島周辺で発生する地震に対して行った臨時観測データと合わせることによって高密度な観測網となり,より詳細な地震活動が明らかになった.

最近の技術の進展により,観測機器の小型化,省電力化が進み,大規模な観測局舎が必要なくなってきた.さらに伝送経路の光回線化等のため,各観測点の伝送装置の切り替えを進めている.その結果,全観測点に対して,不必要な大規模観測施設は撤去もしくは小型の機器収納ボックスに置き換える等の検討・作業を行っている.光化作業については、陸域の広域的観測網だけでなく火山等も含めると,対象回線数60のうち、2020年度までに40回線について工事完了あるいはモバイル化などで対応を行った.

(1-2)臨時集中観測

日本列島周辺で発生した顕著な地震に対して,それらの地震活動を把握するため,全国の国立大学や研究機関等と共に,臨時地震観測を行ってきた.2011年東北地方太平洋沖地震の発生後には各地で地震活動度が高まり,千葉県,茨城県,栃木県,福島県,長野県に臨時観測点を作り,リアルタイムで連続的にデータを収集している.特に,千葉県,茨城県では,太平洋沖で発生するスロー地震等の検出を目指し,広帯域地震計を設置し,観測を継続している.

(2)地殻変動観測

南関東・東海などにおいて歪・傾斜などの高精度センサーを用いた地殻変動連続観測を行うとともに,GEONET 等によるGNSS 観測結果と比較検討し,地震発生と地殻変動の関係に関する研究を行っている.観測は1970 年頃より長期にわたって継続観測を実施している油壺,鋸山,弥彦及び富士川の各地殻変動観測所における横坑式観測と,伊豆の群発地震発生地域や想定される南海トラフ地震発生地域などに設置された深い縦坑を用いたボアホールや横坑での観測によって実施されている.前者においては水管式傾斜計と水晶管伸縮計を中心とした観測方式を採用しており,後者においては,ボアホール地殻活動総合観測装置(歪3 成分,傾斜2 成分,温度,加速度3 成分,速度3 成分,ジャイロ方位計から構成されている)あるいは水管傾斜計を用いて観測を継続している.また,全国の地殻変動研究関係者が中心となってデータの公開を進めており,地震研からは鋸山と富士川の両観測所及び伊東,室戸のデータを提供した.なお,弥彦観測所は1967年より53年間にわたり観測を続けていたが,2020年度に閉所した.弥彦観測所の傾斜観測記録については地震研究所技術研究報告第26号(2021)に掲載される.

(3)茨城県北部・福島県南東部の地震活動と応力場の研究

2011年東北沖地震以降の活動が継続している茨城県北部・福島県南東部における稠密地震観測網(約60点から構成)の維持・整備を実施するとともに,それらのデータと周辺域の定常観測点のデータとの統合処理を行った.取得された連続波形記録に対して自動処理を施すことで地震活動の解明を行っている(地震予知研究センターの章参照).

(4)スロー地震モニタリング

西南日本等日本全国に発生するスロー地震のモニタリングを継続的に行っている.近年,ケーブル式海底地震観測システムの整備に伴って日本海溝付近や南海トラフ付近の低周波微動等のスロー地震活動が明らかになってきたが,陸域の広帯域地震観測網のデータを用い、北海道・東北地方太平洋沖、南海トラフ域浅部及び深部における超低周波地震活動の長期間にわたる時空間変化を捉えた.つまり,太平洋プレートやフィリピン海プレートの境界面の形状やプレート運動を仮定してプレート境界面の各グリッドにおいて計算された理論波形をテンプレートとして,防災科研F-netの連続波形データから超低周波地震を検出した.その結果,東北沖の浅部超低周波地震活動は2011年東北沖地震によって大きく影響を受け,東北沖地震の震源域では東北沖地震発生まで小規模な超低周波地震がエピソディックに起き,東北沖地震後は完全に静穏化したのに対して,震源域外側の余効すべり域では東北沖地震後に急激に活発化したことが明らかになった.これらの結果は,東北沖地震後のプレート間すべりの空間分布を反映していると考えられる(Baba et al., 2020a).一方,南海トラフ域の浅部と深部で検出された超低周波地震活動を比較すると,深部に比べて浅部の方が地震モーメント解放レートが大きく,またその空間的不均質性も大きい.また,浅部超低周波地震の活動度とプレート境界のカップリングの程度には負の相関があり,カップリングの弱い領域ほど活発に活動していることがわかった.さらに,流体が多く存在すると示唆される,地震波速度の遅い領域の周辺で超低周波地震活動が活発であることも明らかになった.流体が豊富な領域では,プレート境界の摩擦強度が低く,カップリングが弱いことが考えられる(Baba et al., 2020b).さらに、南海トラフにおける地震現象の正確なモニタリング実施にむけ、3次元地震波速度構造でのGreen関数データベースを構築し、それを利用したCMT解析手法を開発した。開発した手法を用いてF-net MTカタログを再解析したところ、海域の地震について深さやメカニズム解の推定を高精度化することに成功した。高精度に推定されたCMT解カタログとこれまでのスロー地震データベースのカタログ、プレート境界のすべり欠損速度を比較することで、南海トラフの通常の地震、スロー地震および固着域の棲み分けを明確に示した(Takemura et al., 2020a)。CMT解カタログは、オープンデータリポジトリであるZenodo(https://doi.org/10.5281/zenodo.3523582)で公開されており、740件以上ダウンロードされている。このような陸域観測網による長期的な解析が力を発揮する一方で、固着域の浅部側で発生する浅部微動をモニタリングするには海底地震観測網を用いる必要がある。しかし、DONETを含む海域観測網の観測波形は海洋堆積物(付加体)、海洋プレートや海底地形の影響を受け複雑化し、簡易的なモニタリング手法では限界がある。浅部微動の定量的モニタリングへ向け、紀伊半島南東沖に展開されたDONET1の観測記録と大規模地震波伝播シミュレーションを併用することで、観測波形に含まれる不均質構造の影響を調査した。プレート境界浅部で発生した微動から輻射された地震波は、直上の付加体による振幅の増幅と継続時間が増大し複雑化することを明らかにした(Takemura et al. 2020b)。

「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」の研究課題「プレート境界すべり現象モニタリングに基づくプレート間カップリングの解明」において,九州東部から四国西部に合計6点における広帯域地震計臨時観測を継続し,不具合の見られる地震計の交換などを行った.さらに,科研費新学術領域研究「スロー地震学」において四国西部,紀伊半島,東海にそれぞれ6点,4点,4点の広帯域地震計を設置し,南海トラフ近傍で発生する浅部超低周波地震と内陸下で発生する深部超低周波地震の観測体制を強化した.さらに,深部超低周波地震の検出手法の改良を行い,検出限界マグニチュードを低下させ多数のイベント検出が可能となった.それに伴い,深部超低周波地震の活動様式が鮮明になりつつある.例えば,豊後水道では通常は約3か月間隔でエピソディックに発生する深部超低周波地震が,長期的スロースリップイベント継続期間中には1か月間隔,及びさらに短い間隔でバースト的活動が頻繁に発生することが分かった.

(5)古文書に記載された地点における稠密地震観測

地震計が発明される以前に発生した地震を調査するため,古文書等の記述をもとにしてその地点の被害状況を知り,その分布から震源地や地震規模の推定を行ってきた.しかし,揺れの強さは,震源からの距離だけに依存したものであるとは言えず,建物の強度,地盤特性,地下構造の違いによって不均質になり,被害の程度に違いが出ることが考えられる.そこで,古文書に書かれている地点を特定し,その地点に地震計を設置し,地震時の揺れを実測することにした.発生した地震による揺れを観測することで,その地点における揺れの特徴を客観的に知ることができる.その分布から,古文書に書かれている記述との比較が可能になり,記述の信頼性を検証することができる.

今年度は,1855年安政江戸地震を対象として研究を進めた.地震研究所から近い,谷中・根津・千駄木の地域には,江戸時代から続く建物や施設があり,過去の地震被害の記述が多く残されている.そこで,それらの記述から被害地点を特定し,地震計を設置することにした.2020年9月1日から現在(2021年3月)まで約半年間, 19か所で臨時観測を行っている.固有周期1秒の3成分一体型地震計を地表に設置し,単一乾電池32本で約2か月間稼働する収録装置でオフライン観測を行った.観測された地震波形は,観測点ごとに最大振幅や卓越周期に違いがみられ,振幅が2倍以上大きくなる地点もあった.この観測を行うことで,古文書等に記述のなかった地点での揺れも推定することが可能になると期待している.

(6)汎用的な利用が可能な稠密地震観測網の開発

場所ごとの不均質な揺れを知るために,多数の地震計を用いた地震観測システムの開発研究を行っている.その場所の揺れは,地盤構造や建築物等の違いによって異なり,被害に差が生じることが知られている.この差を考慮した耐震対策の優先順位や効果的な救援・復旧手段を講ずるためには,多くの地点で揺れを測って,あらかじめ揺れの特性を知っておく必要がある.そこで,小型軽量で設置が容易な安価な地震計を開発することを目的として,MEMSを利用した地震記録収録伝送装置を開発している.

昨年度は,近距離無線を利用して,データを伝送する仕組みを開発したが,今年度は,データを中継する機能を開発した.地震研究所だけでなく本郷キャンパス全体の21か所に観測範囲を広げた試験観測を行った.ここで利用している電波は,省電力を実現するため,微弱である(乾電池2個で1年間の連続稼働).そのため,地震研に設置した中央集約装置へ直接送ることはできない.そこで,となりの機器までデータを送り,そこからバケツリレー形式で,その隣の観測装置へ伝送する仕組みを構築し,最終的に中央集約装置へ届けられるようにした.実際に地震が発生し,それを検知すると,一定時間の記録を保存し,となりの観測機器へ送ることができた.今後は,もっと観測機器を増やしたときに自動的に最適なネットワークが組み上がり,迅速にデータの収集が可能なシステムを構築する予定である.

(7)地殻活動モニタリングシステム構築

地震活動や地震波観測記録を基にした地殻活動の現況のモニタリング,新たな地震学的な現象の発見・研究テーマの創出等,所内研究活動の更なる活性化を目的とした計算機システムを新たに構築した.本システムはリアルタイムで流通する高感度地震連続記録を長期間一元的に整理蓄積し,所内研究者に広くデータ利用可能な環境を提供している.さらに,連続あるいはイベント波形データに様々な自動解析処理を施した結果を閲覧可能なwebシステムを構築し,観測点毎の連続波形画像,深部低周波微動モニタリング用エンベロープ画像,広帯域マルチトレース,近地地震・遠地地震波形画像等の作成・閲覧に関する運用,新たなモニタリング手法の開発,所内公開を継続的に実施している.

3.11 観測開発基盤センター

教授新谷昌人,森田裕一,中井俊一(兼任),小原一成,酒井慎一(兼任),清水久芳(兼任),篠原雅尚
准教授平賀岳彦(兼任),三宅弘恵(兼任),望月公廣(兼任),中川茂樹(兼任),鶴岡 弘(兼任)
助教悪原 岳,蔵下英司(兼任),小河 勉,高森昭光(兼任),武村俊介,竹尾明子
特任研究員田中優作
学術支援専門職員渡邊倫子
技術補佐員安部恵子,藤田園美,五十嵐仁美,工藤佳菜子,二瓶陽子,長田志保
外来研究員野村麗子,大橋正健,高橋弘毅,山田知朗,吉開裕亮
大学院生馬場 慧(D2),前田拓也(M1),高野洋輝(M1)

観測開発基盤センターは,平成22年4月の地震研究所の改組に伴い,これまで地震予知研究センター,火山噴火予知研究センター,強震観測室,研究部門などに配置されていた教員の一部を観測,機器開発という視点で再編成して,研究所の持つ地震観測網,火山観測網,強震観測網,分析装置に大きく関連する研究分野や観測機器の開発を強化のために設置された.本センターは,全国にある本研究所の観測所等の観測拠点とテレメータ観測網を活用した観測研究を推進するとともに,その高度化に必要な観測機器,データ伝送・流通システムの研究開発を図り,地震・地殻変動・火山・電磁気現象に関する広範な観測研究を進めている.地震や火山など地球で起こる現象を解明する研究は,自然界で起こることに疑問を持ち,それを解明するために現象を正確に捉えることが出発点であり,戦略的な観測と新たな観測システムや解析手法の開発を通して,新たな視点から地球を捉える姿勢が不可欠である.このような観測研究と技術開発を併せて推進していることが本センターの大きな特徴である.

 本センターでは地震・火山・強震・電磁気・地殻変動の観測網を維持・保守するとともに,地震・火山観測機器,強震観測機器,地球電磁気観測機器及び分析装置の維持・管理・活用等の研究支援,観測機器開発をすることも行っている.そのため,本センターでは他の研究センターや研究部門と兼任して,両者の研究資源を用いて研究を進める教員が多い.ここでは,他のセンターの章での記載の重複を避け,このセンターが中心となり実施した内容を中心に記載した.

3.10.5 電離層起源電磁場変動を用いたマントル遷移層電気伝導度構造解析

マントル遷移層は豊富な含水可能性が示唆されており,マントルダイナミクスに大きな影響を与えていると考えられる.本研究では電磁探査法を利用して,含水率に感度の高い電気伝導度の標準的なマントル遷移層構造を推定した.外部電磁場ソースを平面波で近似できる一般的な広帯域MT法の周波数帯域と違い,マントル遷移層の深度の解析には数時間〜1日周期の電磁場変動が必要であり,その周波数帯域が卓越する電離層起源のSq場は,短波長分を含むため,平面波ソース近似が不適であることが知られている.また,100点余の全世界の定常陸上磁場観測点データを使ってもSq場分布推定には不足であるため,本研究では磁場データを用いてソース分布を準備する代わりに,大気圏ー電離圏結合モデルGAIAによる高空間解像の電流変動モデルを電磁場ソースとして用いた.3次元電磁誘導計算には,Sqソース入力に対応するよう,積分方程式法であるCIE法によるコードを開発した.世界中の71点の磁場データを最小二乗的に説明する1次元電気伝導度構造を推定したところ,マントル遷移層上部 0.05 S/m〜下部 0.2 S/m であることがわかった.高圧実験によるマントル遷移層物質の電気伝導度測定結果と比較すると,マントル遷移層上部はドライな状態に相当することがわかった.沈み込み帯直下ではプレートによって水が遷移層まで運搬されると考えられているが,マントル全体としては平均的にはドライな状態であり,地域性が大きいことが示唆される.

3.10.4 日本島弧-アジア大陸間の地殻変動解析

日本海や東シナ海といった海域を結ぶ領域の地殻変動を把握するため,日本および中国東部の沿岸に近い陸域GNSS観測点の日座標時系列を解析している.北海道から沖縄まで,日本の西部にある観測点と対岸にある中国の観測点をおおよそ太平洋,フィリピン海プレートの沈み込み方向に結んで17本の基線を組み,2011年東北地方太平洋沖地震の前後で,それぞれの基線長変化を調べた.東北日本では,地震前には太平洋プレートの沈み込みに伴う短縮が見えていたが,地震後は震源域に近い領域で伸長が存在し,それが現在も継続していることが分かった.これは地震後の余効変動が日本の陸域のみならずアジア大陸側にも広がり,広域でその影響が続いていることを示す.西南日本から伸びる基線は,フィリピン海プレートの沈み込みの影響で短縮変形が発生しており,これは地震前後で大きな違いは見られない.また,太平洋側まで基線を伸ばして,その直線上にある観測点間の基線長変化を調べ,空間分布を見ると,海溝に近い太平洋側の基線ほど短縮速度が大きく,プレート間固着に伴うひずみの蓄積が発生していることが分かる.南西諸島では,沖縄トラフの拡大に伴う伸長とプレート収束による短縮が顕著にみられる.これらの基線長変化の特徴は,全体的にプレートやブロックの運動,プレート境界での海溝型地震前後の影響を反映しており,日本周辺のプレート境界の状態を把握するためには,日本のみならず,その影響が及ぶアジア大陸側の地殻変動も把握した上で考える必要があることを示す.

3.10.3 相似地震

ほぼ同じ場所ですべりが繰り返し発生する相似地震は,断層面のすべりの状態を示す指標として注目されている.また,地震の再来特性を考える上で重要な地震である.そこで,日本列島全域に展開されているテレメータ地震観測点で観測された地震波形記録を用いて,日本列島および世界で発生している小規模~中規模相似地震の検出を継続的に行っている.その結果,沈み込むプレートの上部境界では,長期間にわたって繰り返す相似地震群が多数検出された.一方,地殻浅部で発生した大地震の余震活動や群発地震活動の中にも相似地震が存在しているが,その多くは地震活動が活発な時期にのみ発生するバースト的な活動を示していた.作成した相似地震カタログを用いて,日本列島周辺および世界の沈み込み帯におけるすべりの空間分布を調べたところ,得られた平均すべり速度はプレート間巨大地震とその余効すべりの影響が見られる地域ではプレート間の相対運動速度よりも速く,それ以外の地域では遅い傾向を示した.また,プレート間巨大地震発生からの経過時間に応じたすべり速度の時間変化を調べたところ,地震発生直後に急激に増加した後,10年以上かけて徐々に減少していき,30年程度経過した頃から次の地震に向けて緩やかに増加していく傾向が見られた.このような時空間変化の特徴は地震発生サイクルにおけるすべり速度の長期的な変化を示していると考えられる.

3.10.2 地震発生サイクルシミュレーション

 速度・状態依存摩擦則を利用して,沈み込み域のプレート境界での地震サイクルの数値シミュレーションを実施した.プレート境界の浅部では速度・状態依存摩擦則に従う摩擦がはたらき,深部ではプレート相対運動速度で安定すべりすると仮定した.サイクルの初めの段階から,深部の速度強化摩擦域での余効すべりにより浅部の固着域(速度弱化摩擦域)への応力集中が発生し,そのため,プレート運動速度の1/10程度のすべり速度の非地震性すべり(長期的先行すべり)が発生することがわかった.このときの応力降下量は地震時のそれに比べると非常に小さいが,伝播距離とともに徐々に大きくなっていく.また長期的先行すべりの発生時には,すべりの進行とともにせん断応力が低下するすべり弱化がみられるが,その際のすべり弱化距離は,摩擦パラメターである特徴的すべり量の2倍程度である.この低速のすべりは,ほぼ一定の伝播速度で浅部に向けて伝播する.伝播速度は,プレート運動速度に比例,法線応力に反比例,特徴的すべり量に依存しないことがわかった.平均的なすべり速度は,地震発生間隔の約80%までは,ほぼ一定であるが,最終的な破壊核形成過程に向けて加速し,すべり速度は地震発生までの時間の逆数に比例して大きくなっていくことがわかった.