「部門・センターの研究活動」カテゴリーアーカイブ
3.6.2 浅間山
浅間山に関してはこれまでの本センターの研究により以下のような知見が得られている.
(1)長周期パルス(VLP)・火山ガス噴出と火道浅部構造の関連
浅間山の火山ガス観測は,2009年以降,東京大学大学院理学系研究科,産業技術総合研究所地質調査総合センターと共同で進めている.山頂部における稠密広帯域地震観測データの解析から,長周期地震波パルス(VLP)の詳細な特徴が明らかになっている.VLPは火口北側浅部に位置する傾斜クラックがガスの流入に応じて開閉することで発生しており,火山ガス観測データとVLP活動の比較から,地震活動と火山ガス放出に関する定量的な関係や2009年微噴火前後の脱ガス機構の変化が明らかになっている.また,宇宙線ミューオンによる観測装置により検出された火口底直下の低密度領域とVLPとの関係が議論されている.一方,浅間の山頂付近で行っている多成分ガス観測から,火道内マグマ対流による脱ガスメカニズムの存在が示唆され,また,マグマ対流による流量変化は火道径の変化により生じていると推定されている.さらに,VLPの精密震源決定に基づいて,VLPが深部からの急激なガス流入により励起されている可能性も示唆されている.このように,火口近傍の広帯域地震データを用いて,噴火とVLP活動,微動・N型地震の活動,火山ガス噴出量の関係を精査した結果,噴火に先行して火道の閉塞が進行する場合や大規模なガス噴出などの多様な活動様式の存在が明らかになった.2009年秋からは釜山南で全磁力の観測を開始し,全磁力変化から山体内の温度変化を捉えられるようになった.火山ガスの放出状況,VLPやN型地震の発生状況と震源位置に加え,電磁気的な情報が加わったことにより,浅間山浅部における火道の閉塞状況や高温ガスの流れなどがより明瞭に捉えられつつある.
(2)浅間山の電磁気探査
地震波速度構造によって浅間西域に低速度異常が見つかったことをうけ,2018年度にはその異常域の検証および解明を目的として,同領域において比抵抗探査を実施した.その結果,浅間周辺の広域比抵抗層の分布があきらかになり,現在の浅間山の関係について解析が進められている.浅間山の噴火口が古くは烏帽子山,その後,黒斑山,浅間山と西から東に遷移していることから,元のマグマ溜りは現在の浅間山より西側に位置していることが示唆される.
また,浅間山の火山活動モニタリングの一環として全磁力連続観測も実施している.地殻活動による磁場変化は,力学的変化,化学的変化など複数 の要因があるが,火山地域では,熱的変化(熱消磁,冷却帯磁)がその大きな要因であり,磁場変化を検出することで,地下の温度変化をモニタリングすることができる.本センターでは,浅間山山頂域の北側および南側に1点ずつ,東山麓に1点の計3点で連続観測を行っており,全磁力の変化と火山活動の関連を継続的に調べている.
(3)地震波速度構造探査および地殻変動観測に基づくマグマ供給系の解明
浅間山における地震活動と活動期における地殻変動観測から,活動期には山頂西側数kmの海面下1km付近にまで板状マグマ(ダイク)が貫入することが明らかになっている.地下構造がそのマグマ輸送経路に与える影響を評価するために行った人工地震および雑微動を用いた地下構造探査の結果から,現在の活動にともなう西側へのダイク貫入は,過去にも繰り返し発生し地震波高速度領域を作ってきたこと,浅部では過去の活動にともない固化したマグマによって現在のマグマ輸送経路が規定されていること,山頂西側約8kmの海面下5-10km付近にマグマ溜まりが存在することが明らかになっている.浅間山周辺では,深部のマグマ溜まりへのマグマ蓄積過程やマグマの浅部への移動を捉えることを目的としてGNSS観測を継続している.また,火口周辺にも傾斜計を複数点設置し,噴火直前の山体膨張を捉えることを目指している.
(4)18世紀天明噴火における噴火遷移の解明
18世紀天明噴火のマグマ上昇過程,噴火推移とその原因を明らかにするために,噴出物の地質調査,化学組成分析および岩石組織の解析を進めている.プリニー式噴煙柱および火砕流(吾妻火砕流)由来の噴出物について,石基組織の詳細な解析を行った結果,噴煙柱由来の降下堆積物と火砕流由来の堆積物とで,気泡数密度や気泡サイズ分布等の特徴が大きく異なることがわかった.このような岩石組織の差異はマグマ上昇時の減圧過程の違いを反映したものと考えられ,噴火様式の変化とも密接に関係している可能性がある.そこで,石基・鉱物化学組成にもとづくマグマの温度や含水量の推定,理論モデルによる減圧率の推定などを行い,マグマ上昇過程や噴火様式の遷移条件に制約を与えることを試みている.
3.5.9 地震活動の特徴に関する研究
南海トラフ沿いで発生している深部低周波地震(LFE)の長期的な挙動に関する理解を深めるために,基盤的地震観測網で取得された11年間を超える連続地震波形データに対して,マッチドフィルター法を適用した(Kato and Nakagawa, 2020).その結果,合計で約510,000個のLFEを検出した(気象庁カタログの約23倍).新たな特徴として,既知の低速度且つ長距離の移動現象に加えて,高速度且つ短距離の移動現象においても拡散的な移動様式(拡散係数:約105 m2 /s)を示すことを発見した.また,主要なスロースリップイベント中に,LFEの急速な移動がストリークに沿って断続的に発生したことも捉えた.これらの結果から,スロースリップには,拡散現象が律速する時空間的にクラスター化した断層滑りイベントが多数含まれていることが示唆される.
地震活動の空間的な特徴の違いを定量的に議論するために,地震活動を表す数理モデルの1つであるHIST-ETASモデルを2019年山形県沖地震と1964年新潟地震の震源域の地震活動に対して適用した(Ueda et al., 2021).背景地震活動度(μ)が高い場所は東西圧縮の歪み速度が大きな場所と一致しており,それらが高い領域で上記の2つの大地震が発生していたことが分かった.また,新潟地震の震源域と比べて山形県沖地震の震源域では,余震発生率(K)が高いとともに地震波速度も周囲よりも遅い性質を示しており,岩石変形のマクロな特徴が地震活動に影響を与えることが示唆される.
3.5.8 地殻ダイナミクスプロジェクト:超稠密地震観測による内陸地震発生場の特徴
2000年鳥取県西部地震の震源域における稠密地震観測網(約1000点)で取得した波形データを解析することで,高い精度で震源分布と地下の地震波(P波)速度構造の推定(空間分解能0.5km)に成功した(Kato et al., 2021).震源分布から推定された地下の断層形状はとても複雑で,北北西-南南東走向の断層面だけでなく西南西―東北東の共役関係にある断層面も複数分布することが,様々なスケールにおいて明らかになった.また,断層面の深部形状は,震源域北西部では北東側へ傾斜するのに対し,震源域南東部では南西側へ傾斜しており,ねじれていることも分かった.すなわち,大地震は平らな1つの断層面で起きるのではなく,共役断層も含めた複数の断層面がずれることで発生していることを意味する.
P波の速度構造の特徴を見てみると,震源域北西部に顕著な低速度域が存在し,その境界は西南西―東北東走向の断層面に一致する.また,2000年鳥取県西部地震の発生時に大きくずれた領域は,全体的にP波速度が速い性質を示す.低速度域に存在する断層の長さ200 mの地震活動の集まり(クラスター)を調べてみると,厚さ10 m以下のとても狭い領域に集中しており,4つの板状構造(長さ~30 m)に分かれていた.さらに,この地震活動は,約30 m/日の速さで断層面に沿って深い側へと移動していたことも判明した.この移動速度から判断すると,地下で流体が移動することで地震活動が誘発された可能性が考えられる.このように,断層構造の複雑性と流体移動が地震活動のパターンに影響を与えていることが示された.
3.5.7 スロー地震学プロジェクト:スロー地震発生領域周辺の地震学的・電磁気学的構造の解明
近年明らかとなった断層すべりの多様性は,プレート境界面摩擦特性の不均質性に起因し,境界面の形状,そこに存在する物質の物理的性質や水の分布などの構造・環境的要因を反映していると考えられる.本研究では,多様な断層すべりが連動して発生する豊後水道周辺域を主な対象領域として,地震学的・電磁気学的な手法を総動員し,プレート境界周辺構造の包括的な理解,さらには断層すべりの発生に伴う構造内の変化を捉えることに挑戦する.本プロジェクト内で実施される観測によって求められた詳細なスロー地震発生領域と,本研究課題で得られた構造およびその変化との対比,さらにはプレート境界物質の物性に関する地質学的情報とあわせ,スロー地震の発生環境の把握を目指している.また,ニュージーランド・ヒクランギ沈み込み帯をはじめとする他の沈み込み帯との比較による共通点・相違点の構造的要因を解明し,断層すべりの統一的理解に基づく物理モデル構築を目指すための研究を行っている.
豊後水道周辺域におけるスロー地震の発生に伴う電磁気的シグナルの有無の検証,および比抵抗構造から多種多様な断層すべりと地下流体の分布との相関を明らかにすることを目的として,陸域における長基線地電位差観測からなるネットワークMT法観測網を整備し,観測を継続した.また,2017年3月から海域での海底電磁場計による海底MT観測を開始した.このうち,陸域のデータの解析をすすめ,20秒程度から数万秒にわたる長周期で良好な応答関数が推定できることを確かめた上で,2016年4-5月に決定した応答関数を用いた3次元比抵抗構造解析を実施した.沈み込むプレートの上盤側中部地殻に顕著な低比抵抗域が認められ,微小地震活動がその低比抵抗域を避けるように分布していることが確認できた.沈み込むプレートの上部領域において,長期的スロースリップが繰り返していた領域とその外側の領域の比抵抗を比較したところ,スロースリップが繰り返し発生していない領域のほうが相対的に低い比抵抗を示すという結果が得られた.その傾向は,同領域が相対的に高P波減衰であるとするKita and Matsubara(2016)の結果と調和的である.しかし,さらにその下部のプレート境界面領域では,顕著な低比抵抗異常域は検知されなかった.一般的に,上部に低比抵抗域が存在するとその下部領域の構造決定精度は落ちる.このため,中部地殻の低比抵抗領域が存在する条件下で,プレート境界面領域に対する解像度の検証を行った.その結果,中部地方や東北地方に存在すると報告のあるプレート上面に沿う低比抵抗帯と同程度の低比抵抗があると,観測量が有意に異なることが明らかになった.このことによって,四国西部のプレート境界に沿って,確かに顕著な低比抵抗領域が存在しないことが確認できた.プレート境界面領域に対する解像度の検証を行っているところである.
2019年11月には四国西部の陸域で,火薬発破を人工震源とする大規模構造調査を実施した.探査測線は短期的スロースリップおよび深部微動の発生領域上に沿った愛媛県西予市から久万高原町に至る地域(測線長:約80km)と,それに直交する愛媛県大洲市から高知県四万十町に至る地域(測線長:約50km)に設定し,測線上の6か所で発破を行った.薬量は,すべての点で200kgである.これらの発破による信号を観測するために,探査測線上に地震観測装置を200m~250m間隔で600か所に設置した.得られた発破記録は良好で,初動到達後に,深部地殻内や沈み込むフィリピン海プレートからの反射波と考えられる明瞭な後続波が確認できる.地震波トモグラフィーによる地震波速度構造と比較すると,このプレート境界からの反射強度分布はP波速度とS波速度の比(Vp/Vs)が大きい場所と良い一致を示すとともに,短期的スロースリップの発生域とも良い相関があることが確認された.また,上盤側地殻内にも,いくつかの特徴的な反斜面があることが明らかとなった.
2020年8月から9月にかけて,微動活動からスロースリップまで多様な地震活動が見られる豊後水道周辺域にて海域地震波構造調査を実施した.海底地震計(OBS)の設置と人工震源による屈折法地震探査およびマルチチャンネル反射法(MCS)地震探査を,海洋研究開発機構の「かいめい」にて実施(KM20-05航海)した.人工震源としてはエアガンアレイ(総容量10600立方インチ)を使用し,用いたOBSは合計100台で,南海トラフ軸に沿ったHYU01測線,および九州パラオ海嶺の沈み込みに沿ったHYU02測線の2測線に,それぞれ50台ずつを2㎞間隔で設置した.またMCS用に長さ6000 mのストリーマーケーブルを使用した.取得したデータの状態は概ね良好である.OBS記録上では,初動走時がオフセット距離約60㎞まで明瞭に確認できる.MCSデータ上では,海底下の深部に反射イベントが確認できている.これらの記録については,さらに解析を進めている.
3.5.6 ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯の研究
オーストラリア・プレート上にあるニュージーランド北島の下には,東から太平洋プレートが沈み込むことによって,ヒクランギ沈み込み帯が形成されている.特にこの地域は,西南日本地方と類似して浅い沈み込みが進行し,プレート境界の物理特性とその挙動を明らかにする上で格好の地域である.海底資源の調査のため,およそ10 km間隔でひかれた海溝軸に直交した測線で人工震源を用いた反射法地震波構造調査も行われており,海域下のプレート境界の形状も詳細に把握されている.2009年以来,当センターでは,ニュージーランドGNS Science,ビクトリア大学ウェリントン校,コロンビア大学及び南カリフォルニア大学と国際共同観測研究を実施してきた.海陸統合制御震源地震探査からは,北島下に沈み込む地殻の厚い(~12 km)ヒクランギ海台やプレートの沈み込み形状の構造が明らかになった.また,散乱波を用いた解析によって,プレート上盤側のワイララパ断層のイメージングに成功した.
2012年4月から2013年3月にかけて,ヒクランギ沈み込み帯北部においておよそ2年間隔で周期的に発生するスロースリップを観測することを目的として,東京大学地震研究所の海底地震計を用いて,日・NZ共同でヒクランギ沈み込み帯では初となる海域地震観測を実施した.本海域では,人工震源地震波構造調査によって,沈み込んだ海山や,その沈み込み前方に見られるプレート境界からの地震波反射強度が強い場所,すなわち水の含有量が大きいと考えられる領域が確認されている.本観測で観測された海域から陸域にかけて発生する地震の震源を詳細に決定するとともに,地震波速度構造を明らかにした.その結果,沈み込む太平洋プレートの海洋性地殻内にP波とS波の速度比(Vp/Vs)が大きい場所が局在していることが確認されるとともに,通常の地震活動がその周辺域で発生していることを明らかにした.また,プレート境界面上の存在する流体が豊富な領域は,このVp/Vsが大きい場所の上面にあたることが分かった.Vp/Vsの大きい場所では,プレートの沈み込みに伴う海洋性地殻内の脱水反応が大きい場所にあたること,また地震の発生は脱水反応によって生成された流体の間隙圧が適当な領域で発生している可能性を示した.
2014年5月から2015年6月にかけて,日・NZ・米の国際協力による大規模な海域地球物理観測を行った.本観測では,地震研究所から海底地震計5台,海底圧力計3台,東北大学・京都大学から海底圧力計4台,海洋研究開発機構から海底電位差磁力計3台,コロンビア大学から海底地震・圧力計10台,海底圧力計5台,テキサス大学から海底圧力計5台の総計35台の海底観測機器を使用した.観測期間中の2014年9~10月には,2000年ころから整備された陸上GPS観測網によって捉えられたスロースリップとして,2番目に規模の大きなスロースリップが本海底観測網直下で発生し,これによる地震活動,海底地殻変動などを観測するのに成功した.海底圧力計のデータを用いて海域における断層すべり分布を詳細に求めた結果,断層すべりは沈み込んだ海山を避けるように分布していること,断層すべりの一部は海溝軸近傍まで達していることが初めて明らかとなった.さらに海底地震計の解析から,海域下において初めて微動の発生が確認された.この微動活動について詳しく調べてみると,スロースリップにおけるプレート境界面上の断層すべり運動が終了するころになって沈み込んだ海山周辺域に限って活動を開始し,その後およそ3週間にわたって連続的に発生していることがわかった.一方通常の地震活動は,そのほとんどが沈み込むヒクランギ海台の海洋性地殻内で発生していることが改めて確認され,その発震機構を調べたところ,平常時は横ずれ型地震が起こっているが,スロースリップ発生直前には横ずれ型から逆断層型まで,多様な地震活動が見られるようになることがわかった.これは,海洋性地殻内において脱水反応による間隙水圧が上昇し,最大主応力周辺の差応力が減少したことによると解釈される.従って,スロースリップ発生直前には,間隙水圧が海洋性地殻からプレート境界まで上昇していることが考えられる.このようなスロースリップ発生に伴う変化は,地震波速度異方性にも現れていることが確認された.さらに,2018年10月から2019年10月にかけて,地震研究所の海底地震形5台を用いて同様の海域にて地震観測を実施した.この海底地震計5台は全台回収され,良好なデータが取得された.観測期間中には,ふたたび大規模なスロースリップが発生し,これに伴う微動も発生した.微動活動の規模は2014年のものを遥かに上回るものであるが,スロースリップとの活動期間の関係,および沈み込む海山周辺に限った分布については,同じ特徴を有することが示された.海洋性地殻からプレート境界周辺域の構造的特徴と,スロースリップおよびそれに伴う微動活動との関係について,詳細を調べている.
2017年11月には,ヒクランギ沈み込み帯全域にわたる構造を調べるため,海域には海底地震計を設置し,北島全長に渡るヒクランギ・トラフに沿った測線,それに平行なトラフ軸海側の測線,さらにはヒクランギ・トラフに直交する北島北部,南部の2測線において,エアガン発震を行った.ヒクランギ・トラフ北部の海山が沈み込んでいる海域の周辺で海底地震計100台を用いた3次元構造調査を実施し,現在,本調査について解析を進めているところである.特に地震波走時トモグラフィー解析では,地震波速度異方性を含めた解析を行なっており,海山の沈み込みに伴う構造の詳細について調査を行なっている.また,陸域には,タウポ背弧リフト帯の地震波速度構造,反射面分布を高分解能で得るために,ニュージーランドの GNS Science, ビクトリア大学ウェリントン校,アメリカのテュレーン大学と共同で,Plenty湾岸に臨時地震観測点を約2㎞間隔で25台設置し,エアガン発震及び自然地震の観測を実施した.取得したエアガン発震記録からは,初動到達後に,深部地殻からの反射波と考えられるイベントが確認できる.そこで,NMO補正を適応し,CMP時間断面図を作成したところ,往復走時7秒付近(深さ約20㎞相当)に顕著な反射面が確認でき,さらに深部にも反射イベントが確認できた.Plenty湾内で実施された構造探査で得られた結果(Gase et al., 2019)と比較すると,これらはモホ面やマントル内の反射イベントと考えられ,さらに詳細なイメージングを得るための解析を進めている.
2020年11月には,これまでのヒクランギ沈み込み帯北部から,プレート間固着強度が大きく変化する中部へと観測領域を移し,海底地震計10台を用いた海域地震観測を開始した.ヒクランギ沈み込み帯北部での結果によると,多様な断層すべりの特徴は,沈み込むプレートの海洋性地殻内における脱水反応との関係が示されている.プレート間固着強度の大きな変化も,脱水反応の大きさのコントラストに起因する可能性も考えられ,固着強度遷移域をカバーした海域地震観測によって地震活動と沈み込みの構造を明らかにし,固着強度変化の要因を明らかにすることを目的としている.2020年中のコロナ禍の中,NZへの入国許可は限定的であったが,NZ側共同研究機関であるGNS Scienceによって関係する日本人研究者の特別な入国が申請され,地震研究所と国内共同研究機関の東北大学・京都大学から観測人員の入国が許可された.
ヒクランギ沈み込み帯では,その北部の浅いプレート境界において2年という短い周期でスロースリップが発生している.このような高頻度でスロースリップが発生している場所は世界的にも類を見ず,プレート境界も浅いために境界面上の現象を捉えるにも恰好の場所である.東京大学地震研究所では,これまで,低周波微動やスロースリップが発生している南海トラフ豊後水道周辺の陸域で,ネットワークMT観測を実施してきた.同様の観測をヒクランギ沈み込み帯においても実現すべく,2019年度はGNS Scienceならびに現地の電話会社Chorusと共同して,観測に必要なメタル通信回線網の現状を調査した.また,Gisborneの北にあたるTolaga Bay地域において,4電極点と2磁場観測点からなる試験的なネットワークMT観測を開始した.2020年度にヒクランギ沈み込み帯中部の固着強度が大きく変化する場所において観測網を構築することを目指していたが,コロナ禍の影響により計画に遅れが生じている.GNS Scienceの研究者との協議は進めており,状況が改善し次第,観測網設置に向けて計画を進めていく.
3.5.5 地殻変動
沈み込み帯での巨大地震後に測地学的に観測される余効変動の主要なメカニズムとして,プレート境界における余効すべりとマントルにおける粘弾性応力緩和が挙げられる.しかし,余効変動に対するこれらのメカニズムの寄与を測地データから客観的に推定することは一般的には困難である.この問題を解決するために,余効すべりと粘弾性応力緩和を組み合わせた余効変動の物理モデルを構築し,このモデルのパラメータを推定する手法を開発した.このモデルでは,余効すべりは摩擦構成則,粘弾性緩和はBurgers rheologyに従い,これらのプロセスは地震時の応力変化により駆動され,力学的に相互作用すると仮定した.このモデルの未知パラメータは地震時のすべり分布,プレート境界の摩擦パラメータ,マントルの粘性率分布,地震前のすべり速度等である.これらの未知パラメータの最適値とその不確実性を測地データから逆問題として推定するための手法を開発した.このモデルと手法を2011年東北沖地震の地震時及び地震後7年間の地殻変動に適用した結果,観測された余効変動に対する余効すべりと粘弾性応力緩和の寄与の時空間変化を明らかにすることができた.また,推定されたパラメータは地震時及び地震後の地殻変動の時空間パターンを良く説明できた.
マントルにおける粘弾性応力緩和が地震間の地殻変動に及ぼす影響を明らかにするために,沈み込み帯に対する粘弾性地震サイクルモデルの構築を行った.このモデルでは,巨大地震及びプレート境界の固着により生じる応力変化の粘弾性的な緩和を考慮して地震サイクル全体に亘る地殻変動の時間変化を計算する.このモデルを用いて,粘弾性構造や地震の繰り返し間隔等のパラメータが地震間の地殻変動やプレート境界の固着分布の推定に及ぼす影響を調査した.
3.5.4 比抵抗構造探査
電気比抵抗は,温度,水・メルトなど間隙高電気伝導度物質の存在とそのつながり方,化学組成に敏感な物理量である.これらの岩石の物理的性質は,すべて,その変形・流動特性を規定する重要なファクターであり,比抵抗構造と地震学的諸情報をあわせることで,より詳細かつ正確な情報を抽出し得る.従って,当センターは内外の研究者と協力して,震源域や火山地域スケールおよび列島スケールや周辺大陸縁辺域の比抵抗構造を解明するプロジェクトにおいて,観測法やインヴァージョン手法の開発を含め,中心的な役割を担ってきた.
2020年には,前年度に引き続き,2004年から2008年にかけて実施していた中部地方背弧の跡津川断層系を切る測線でのネットワークMT,広帯域MT観測データの同時解析を継続した.その結果,富山湾の複雑な海底地形を3次元的に考慮しても,跡津川断層,牛首断層,高山・大原断層帯の下の下部地殻に局在する低比抵抗域(断層下の塑性せん断帯に対応すると考えられる)及びフィリピン海スラブ周辺のマントルウェッジに存在する低比抵抗域(スラブからの脱水流体が寄与していると考えられる)がイメージングされることを確認できた.2011年東北地方太平洋沖地震に関連して,本震発生時にとらえられた磁場シグナルの性質を調べた(観測開発基盤センター,静岡県立大学・神戸大学との共同研究)ほか,2012年から2018年にかけて観測を実施したいわき-北茨城誘発地震域やいわき地方から新潟平野に至る測線での広帯域MT観測データの解析を継続した(東京工業大学・東北大学・秋田大学・産総研との共同研究).特にいわき-北茨城誘発地震域では,地震波の解析から誘発地震多発域の直下15㎞から20㎞に反射面が存在することが明らかにされたが,その深さに顕著な低比抵抗域が検出され,誘発地震の発生に地殻内流体が関与していた可能性が指摘された.また,比抵抗構造は深さが浅くなるにつれて構造が変化し,地震の多発域では高低比抵抗帯からなる筋状の構造が見られるようになり,誘発地震活動はその筋状の高比抵抗域に沿って発生していることが示された(3.5.1参照).一方,2011年から2012年にかけて三宅島で実施した広帯域MTならびに自然電位データの解析を進め,マグマ供給系に関連した構造解明を図る一方(火山噴火予知研究センターとの共同研究),2018年に実施した北海道胆振東部地震震源域における広帯域MT観測データの解析を進めた(北海道大学・名古屋大学との共同研究).また,大陸縁辺域スケールの大規模深部構造を求めることを目標として,中国全域にわたる3成分磁力計網のデータのコンパイルと解析を継続した(海半球観測研究センター,北京大学・中国地震局との共同研究).
2020年に新たに実施した観測として,三宅島における自然電位観測があげられる(2020年10月に実施,火山噴火予知研究センター,気象庁との共同研究).また,阿蘇カルデラを含む九州地方中央部の深部広域構造を決定するためのネットワークMT観測を継続した(産総研・京都大学との共同研究).一方,豊後水道スロースリップ域やその北側に東西に分布する深部低周波微動域を含んだ広い領域での深部比抵抗構造を決定する目的と,スローイヴェント時の電磁気的シグナルの有無を検証するため,四国西部と九州東部においてネットワークMT法連続観測ならびにそのデータ解析を継続した(3.5.7参照).また,ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯においても同様の観測を実現すべく,準備と試験的観測を開始した(GNS Scienceとの共同研究,3.5.6参照).
さらに,広帯域MT観測データとネットワークMT観測データを同時解析するため3次元インヴァージョン手法を世界に先駆けて新規開発した.深部構造に対する感度が高いネットワークMT観測データと(ネットワークMT観測データと比較して)浅部構造に対する分解能が高い広帯域MT観測データを同時解析することで,上部地殻から上部マントルに至る地下の3次元比抵抗構造を精度良く推定可能になると期待できる.シンセティックデータを使用したインヴァージョンで手法の有効性を確認するとともに,上述の跡津川断層系を横切る測線の観測データに適用することで開発した手法が実用的に使用できることを確認した.
3.5.3 活断層-震源断層システム
内陸地震の長期評価や発生メカニズムを理解するには,地震発生層底部から表層に至る一つのシステムとして活断層-震源断層を理解する必要がある.このため,当センターでは地殻スケールから極浅層に至る反射法地震探査による活断層の地下構造の解明に主眼をおいた研究を,全国の研究者と共同で進めている.2020年度には受託研究「日本海地震・津波調査プロジェクト」の一環として,津軽平野から青森平野に至る区間において,岩手大学ほかと共同で海陸統合地殻構造探査および高分解能反射法地震探査を実施し,断層の地下形状が明らかになった.
日本列島の震源断層のモデル化は,島弧地殻の変形プロセス・内陸地震の長期予測・強震動予測においても重要であり,2010 年から全国の研究者と共同で地質・変動地形・重力や地震活動などの地球物理学データに基づいた総合的な日本列島の震源断層のマッピングプロジェクトを進めている.2020年度は東北日本海域周辺の震源断層モデルを作成した.
3.5.2 海域地震観測および地震波構造調査
沈み込み帯における地震発生は,プレート境界面における摩擦によってひずみが蓄積し,地震時に蓄えられたひずみエネルギーが解放される現象である.地震発生に関するプレート境界の性質は,境界の形状および温度や水の含有量といった物性によって決定されると考えられる.低周波イベントからプレート境界型巨大地震まで,その発生メカニズムを理解する上で,プレート境界の固着程度の把握,およびその周辺の構造や物性を詳細に理解することが必要不可欠である.さらには,プレートの沈み込みに伴う脱水反応によって生成された水の挙動が,上盤プレート内の内陸地震の発生に関与していることもわかってきた.我々は沈み込み帯の全体構造の把握,およびプレートの沈み込みに伴う諸現象の理解を通して地震発生メカニズムの解明をめざし,海域での地震観測や制御震源地震波構造調査などによる研究をすすめている.
(1)茨城沖の海山の沈み込みと多様な地震活動との関係
茨城県の東方沖合~100 kmでは,太平洋プレートの沈み込みに伴って,~20年周期でマグニチュード(M)7級の地震が繰り返し発生してきた.2004年の海域構造調査,および2005年海域地震観測から,深さ10 kmに海山が沈み込んでおり,M7繰り返し地震の断層がその沈み込み前縁部に位置すること,また海山上のプレート境界では地震活動が見られないことを明らかにした.2010年10月から,この海山前縁部周辺の 35km×30km の領域に長期観測型海底地震計を用いて,観測点間隔 6kmという高密度なアレイを構築し,およそ1 年間の地震観測を行った.またこの観測網を通る南北150kmの測線で,エアガンを人工震源とした構造調査を行った.本観測期間中には東北地方太平洋沖地震が発生し,さらに本震震源域南限に位置した本観測アレイの近傍で最大余震が発生した.本震発生前後での地震活動を比較すると,本震発生後は震源域南限全域で地震活動が活発化しているが,特に沈み込む海山の前縁部周辺域で非常に活発化していることがわかった.また,海山沈み込み最前縁部において,地震活動の空白領域が存在する可能性が示された.この地震活動と本震および最大余震の発生との関連について詳細に調べたところ,本領域の活動が本震よりも最大余震によって活発化したことを明らかにし,本震のプレート境界面すべりが茨城県沖まで達しなかった可能性について議論した.これまでの海山の沈み込み前方で発生したM7以上の地震の発生様式を比較すると,海山の沈み込み前方基底部で地震が発生し,その後にプレート境界面上の沈み込み深部を震源としてM7以上の地震が発生するというパターンが見られる.最近になって日本海溝沿いに海底地震津波観測網が整備され,通常の地震活動に加え,低周波の地震活動も明らかになりつつある.沈み込んだ海山周辺でも,微動や超低周波地震の活動が確認された.これらの活動と沈み込み構造との関係を調べるため,人工震源構造調査のデータを解析している.また,本海域で発生した地震の震源および発震メカニズムを詳細に調べることを目的として,非常に遅い堆積層内S波速度構造を精度良く決定するための手法,および海底地震計波形データを用いた微小地震のモーメント・テンソル・インバージョン法の開発を行っている.なお,この観測研究は北海道大学,東北大学,九州大学,千葉大学との共同研究である.
(2)2011年東北地方太平洋沖地震震源北限域における地震波構造調査
三陸沖の北緯39度には,南側の地震活動の活発な領域と北側の非活発な領域の境界が存在することが知られていた.2001年に海域地震波構造調査を行い,地震活動とプレート境界反射波の振幅の間に,良い反相関の関係があることを明らかにした.この境界領域は,東北地方太平洋沖地震震源域の北限に当たると考えられている.地震発生前後でプレート境界の反射強度に変化が見られるか確認するために,2013年9月に海洋研究開発機構の白鳳丸を利用して行われたKH-13-5次航海において,2001年と同じ測線上に同じ観測点配置で海底地震計を設置し,再度構造調査を行った.また2014年10月には,同じく海洋研究開発機構の白鳳丸によるKH-14-4次航海において,東北地方太平洋沖地震でプレート境界が大きく動いたとされる海溝軸近傍の陸側斜面において,海底地震計およびエアガン人工震源を用いた海域構造調査を行った.2013年構造調査のデータを用いて,人工震源からの初動の走時,およびプレート境界からの反射波の走時を目視検測し,走時インバージョン法によって本調査測線に沿った2次元P波速度構造およびプレート境界面の形状を明らかにした.その結果,地震活動が変化する境界に対応して,プレート境界の深さも,およそ1km程度変化していることがわかった.プレート境界反射波の強度について,2001年と2013年のデータについて比較したところ,2001年構造調査で確認された反射波強度が強いところで強度が弱くなり,弱いところで強くなる傾向にあることが考えられ,さらに検討を進めているところである.2014年構造調査測線では,東北地方太平洋沖地震で大きな断層すべりがあったとされる場所のプレート境界の深さが浅くなっている領域が認められた.走時インバージョンによって求められた速度構造については,誤差評価の解析を進めつつ,断層すべりとプレート境界面形状との関係について,さらに詳しい調査を進めている.なお,これらの調査研究は,北海道大学,東北大学,鹿児島大学,千葉大学との共同研究である.
(3)伊豆大島における陸海統合地震波構造調査
伊豆大島火山と周辺海域において,人工震源を用いた構造探査が2009 年10-11 月に実施された.伊豆大島の常時観測点に加え,37 台の海底地震計を東西方向の長大測線,288台のジオフォンを東西・南北方向の 3 測線(A-C)に臨時配置され,最大3日間にわたり連続観測が実施された.その際に,長大測線に沿って,エアガンが 476 回発振され,海中発破が 9回行われた.さらに,伊豆大島を囲むようにエアガンが 751 回発振された.現在,海底地震計データから伊豆大島周辺の地殻上部の大局的なP波構造を,陸上観測点データから伊豆大島直下の詳細なP波速度構造を推定し,火山性地震との関連性を議論しているところである.同時観測された常時微動データに地震波干渉法を適用することで S 波構造推定を試み,P 波構造との統合的解釈を目指している.