(1)地震・電磁気・測地観測網(海半球観測ネットワーク)の展開・維持
(1-1)海洋島地震観測網
ジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)の9ヵ国14定常観測点における観測を, 海洋研究開発機構と共同で継続した.このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した.
(1-2)海洋島電磁気観測網
ポナペ(ミクロネシア連邦),アテーレ(トンガ王国),モンテンルパ(フィリピン),カンチャナブリ(タイ),ワンカイヨ(ペルー),南鳥島の各観測点における地磁気3成分と全磁力の観測を海洋研究開発機構と共同で継続した.絶対観測値を用いて2016年以降の地磁気三成分確定値の検討を開始した.また,2018 年までの観測値の公開準備を行った.
(1-3)海底ケーブルネットワークによる電位差観測
フィリピン-グアム,二宮沖-グアム(TPC-1),グアム-沖縄(TPC-2),上海沖-苓北(上海ケーブル)の海底ケーブルについて電位差観測を継続し,これらの電位差に含まれる長期変動成分の解析を継続して行った.電位差成分の永年変動(時間1階微分)と,短期主磁場変動の地磁気ジャークや海流変動との関連の調査を継続した.また,電位差変動から地下電気伝導度構造の推定を目的として,海洋潮汐による電磁誘導数値モデリング手法の開発も継続して行った.
(2)海半球観測網を補完する長期アレイ観測
(2-1)海底地震観測
海底観測網直下の構造を浅部から深部まで決定する「広帯域海底地震探査」の手法開発を継続して行った.周期3–30秒においては地震波干渉法を,周期30–100秒においては遠地地震のアレイ解析手法をもちいることで,地震波異方性も含めた深さ10–150 kmの構造の定量的な議論が,浅部の構造を仮定せずに行うことが可能となった.既存の海底観測アレイにこの手法を適用する中で,使用するデータの選別の重要性が明らかになった.
広帯域海底地震計(BBOBS)の鉛直成分に混入する水平動成分起源の傾斜ノイズ除去方法を適用し,その有効性を明らかにした.周期20秒以上で本ノイズ除去は効果的であり,「ふつうの海洋マントル計画」で得たデータに適用した結果では15–20 dBの改善が見られた. Oldest1地震観測では,鉛直成分ノイズを低減するために従来1×1 mであったBBOBSの錘の底面積を2×2 mに拡張し,さらに精密な圧力変化を記録するために微差圧計(DPG)を追加した.鉛直成分に混入するコンプライアンスノイズ(内部重力波による海底圧力変動に起因)は,圧力データを用いたノイズ除去が有効であるが,Oldest1で得られた記録に適用し,周期50-300秒の周期帯で最大15dBの改善が見られた.
本センターが実施した海底地震観測の記録は,「ふつうの海洋マントル計画」までの記録がOHPデータセンターより公開済みである.
(2-2)海底電磁気観測
三陸沖日本海溝では,太平洋プレートの沈み込みに伴う変遷と地震発生との関連を電磁気学的手法と熱学的手法で解明することを目的とした研究を,2007年よりJAMSTECと共同で進めた.またこの海域での観測は,2009年度以降は,「地殻流体」計画の一環として継続している.2012年度までに海溝軸を横切る複数の測線上の合計31観測点でデータを取得し,2次元構造解析を進めている.なお,本研究で2010年に設置したOBEMは,2011年3月11日の東北沖地震に伴って生じた大津波によって誘導された磁場変動を記録しており,巨大振幅津波の波源域推定に貢献した(Ichihara et al., 2013, Earth Planet. Sci. Lett.).更に2013年4月から8月にかけて,新潟・秋田県沖日本海でも6台のOBEMを用いた観測を行った.同時に周辺の島で観測したデータ,過去に秋田県沖日本海で取得したデータを加えて3次元解析が進行中である.これらの観測データを統合的に解析し,最終的には日本海溝から日本海にかけての島弧断面の電気伝導度構造を明らかにすることを目指している.
(2-3)陸上電磁気観測
1998年以来,中国地震局地質研究所の協力を得て中国東北部吉林省中部および遼寧省西部・中部においてネットワークMT観測を行ってきた.そのデータの解析から,吉林省内の4地点においてマントル遷移層の深さで電気伝導度が他地域に比べて有意に高くなる傾向が認められた.ただ,その解析において,深部構造を決定する鍵となる数日以上の長周期データは,長春の磁場観測に基づく鉛直磁場-水平磁場変換関数のみを用いていたという問題点があった.このため,上記の変換関数の空間的な分布特性を調べるために,2007年より,中国全域にわたる既存磁場データのコンパイルと解析を始め,周期数日から100日程度の超長周期の変換関数推定を試み,誤差の小さな質の良い応答関数を推定した.その応答関数に基づき,1次元層構造を仮定した構造推定を試みた.その結果,中国東北部の広域にわたってマントル遷移層が高い電気伝導度をもつことが明らかとなった.しかし一方で,特に低磁気緯度地域で,下部マントルに至るまで異常に低電気伝導度となる結果が得られた.このため,昨年度に引き続き,3次元順計算によって,大規模な低比抵抗域に電流が集中することが磁場-磁場変換関数にどのような影響を与えるかを見積もった(地震予知研究センターと共同).
(3)海半球ネットワークデータの編集・公開
Boulder Real Time Technologies社のAntelopeというソフトウェアを用い,オーストラリア地質調査所,台湾中央研究院地球化学研究所,及びIRISとリアルタイムデータ交換を継続した. インドネシアの国内観測点, ADPCの観測点のデータの取得を継続した.
阿蘇山で行った広帯域地震観測の波形データを公開すべく準備を開始した.
超伝導重力計データの公開を継続した. 海洋研究開発機構と共同で,広帯域地震データ,GPSデータ,電磁気データの公開を継続した.
(1)次世代の海底地震・測地観測システムの開発
本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000 mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.
広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に突入させて自己埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を,ROV等の潜水艇による支援(設置・回収時)を要する運用方式で実用化した.2010年以降での複数の観測結果から,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.更に,このBBOBS-NXと同等の観測がROVを使用せず,自律動作により可能となる次世代機(NX-2G)の開発研究を科研費基盤研究(A)の補助を受け2015年から進めた.2016年10月にNX-2G試験機での実海域試験を実施,2017年4月に福島県沖日本海溝陸側斜面にて,既設置のBBOBS近傍にNX-2G試験機を設置,長期試験観測を開始し,2018年10月に無事回収した。更なる改良のため、再試験を来年度に実施する予定である.<br/> また,BBOBS-NXを基に,機動的に広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXの開発・実用化を進めると共に,海底での条件次第ではこれまでのBBOBSでも傾斜変動が計測可能であることも,複数地点での試験的観測データにより分かってきた.使用している広帯域地震センサーの長期間での安定性には問題は無さそうで,観測対象次第では有用と考えられる.2020年10月に,房総半島南東沖に2015年7月に設置したBBOBST-NXを5年ぶりに回収し[図3.7.4],2年間の地震・傾斜連続データを得ることに成功した.水温データも4年間分を取得した。なお,上記のNX-2Gでも傾斜観測は可能であり,機動的で高密度な海底地震・地殻変動観測アレイの実現性が出てきた.
(2)最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発
電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期によって制御される(表皮効果).OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百kmに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,長いケーブル(EFOS-6は6km,EFOS-2は2km)を海底に展張して良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.上記「ふつうの海洋マントル計画」では,海域Aに合計3台のEFOS-2と1台のEFOS-6を設置し,2014年9月に3台のEFOS-2を,2015年9月に1台のEFOS-6を回収した.観測点NM16に設置したEFOS-2[図3.7.5]とOBEMの電場データのノイズスペクトルを比較すると,105秒よりも長い周期でEFOS-2のノイズが約1桁低いことが示された.このデータを用いて遷移層の電気伝導度を求め,地震波のレシーバ関数解析結果と統合して,遷移層に存在しうる水の量の上限を推定することができた.
今後進めるべき方向の一つは,EFOSによる観測を世界中の様々な海域で実施して,遷移層の水のグローバルな分布を明らかにすることであろう.しかし現状のEFOSは,設置および回収に無人探査機(ROV)を必要とし,このことがEFOS観測のグローバル展開を困難にする要因となっている.現在のEFOSは耐圧容器にガラス球を用いているために深海有人探査機での取り扱いができない.2017年度はこの点を改善して有人探査機でも扱えるよう,耐圧容器を金属製に変更した.2018年度および2019年度には,科研費基盤研究(B)により有人探査機による展張・回収システムを検討し,作成した.このシステムを有人潜水調査船「しんかい6500」により2019年8月に小笠原海盆に設置し,1年間の実証観測を行う予定であったが,台風による海況不良のため,機器設置を行うことができなかった.2021年5月から試験観測を開始する予定である.
深海でのEFOSの設置・回収作業が可能な有人/無人探査機は世界中を見ても,極めて数が限られる.一方,マニピュレータがないため複雑な作業はできないが,深海底でケーブルを展張する機能はある各種曳航体が使用可能な研究船は,多くの国で保有している.これらの曳航体を用いた設置・回収が可能になれば,EFOSによる観測の機会が格段に増えることが期待される.我々は,深海曳航体(ディープトウ)によって設置/回収できるよう,EFOSの全面的設計変更を行い,このシステムについても本格的な開発を進めてゆく予定である.
(a)ミュオグラフィ検出器 - 並列ミュオグラフィの強化
2006年に地震研究所が火山内部を世界に先駆けて描き出して以来,ミュオグラフィは急速に世界に広まりつつある.ミュオグラフィとは,宇宙線に含まれる高エネルギー素粒子・ミューオンの強い透過力を利用して,キロメートルを超えるサイズの巨大物体内部を透視し,その内部の密度構造を可視化する技術である.これまで第2世代システムのノイズ低減能力を強化することで2013年に薩摩硫黄島で発生した噴火において,マグマの昇降をとらえることに成功しているが,薩摩硫黄島は小規模火山として位置付けられるため,ミュオグラフィを桜島のような中規模火山に適用しようとすると,より厚い岩盤を通り抜けることができる極めて低強度のミューオンを一定時間内にできるだけ多く記録する必要がある.そのために2014年に設置された桜島ミュオグラフィ観測所(SMO)を観測装置の並列化により継続的に強化してきた.
2015年から2017年にかけて学術交流協定,知的財産協定など種々の協定を締結してきたハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターとの協働により,2017年には軽量高解像度ミュオグラフィ観測システム(Multi-wire-proportional-chamber-based Muography Observation System; MMOS)を開発した.これは軽量でありながらも第2世代システム以上の高いノイズ低減能力と従来技術を一桁以上凌駕する解像力を実現した.ただ,有感面積が不十分であったため,2018~2019年にかけて口径を順次拡大し,現在では5.9m2となっている.2019年度はこれをさらに拡大し,2020年に入るまでに総有感面積は9m2に到達した.また,2019年度には並列化に起因する故障率を低減する目的で複数台の観測装置すべての通信系統を無線化することで通信故障率が軽減されたが,2020年度は電気系統においても,安定運用を妨げる要因があることが明らかとなり,その対策を講じている.
一方,並列化の段階で得られたデータについても解析・解釈が進んだ.2017年終わりから2018年初めにかけて桜島における噴火が昭和火口から南岳火口へと推移したが,それに合わせて観測された昭和火口底直下における直径200m程度の密度上昇現象について考察を行い,それがプラグ様の物体であることが分かった.2020年度も引き続き後継を拡大することで時間分解能を上げ,時系列画像を取得していった結果,南岳火口下にプラグ形成を示唆する高密度構造物の成長が見られた(図3.8.1).このプラグは南岳火口の活発化に伴って形成されつつあるものであることが想定されるが,今後更に時間分解能を上げた解析によって,切迫性評価にどう活用できるか引き続き火山学の各分野の研究者とさらに連携して検討していく.
(b)ボアホール設置型ラジオグラフィー
宇宙線ミューオンは上空からのみ飛来する.したがって,断層破砕帯や地滑り面等の地下構造を透視するためには,測定対象を見上げるように,ミューオン検出器を地下深く掘削坑(ボアホール)等に埋設することが必要となる.しかし,ボアホールのような狭隘な空間では,センサーの有効面積を大きくとることが困難であり,ミューオン・フラックスは限られた量しか得られないので,それを有効に活用する観測技術の開発が不可欠となる.
2014年度までに,跡津川断層(岐阜県飛騨市の山中)近傍に掘削された最大深度350mのボアホールを利用して,深度100mまでのミューオン・フラックスデータを取得した.2020年度は検出器の較正と解析にとりくんだ.これまでは検出器の感度分布を完全に再現することができなかったが,原因がチャンネル間のクロストークにあることを突き止め,クロストークの効果を含めたシミュレーションとデータ解析ツールを開発し,問題を解決した.解析の結果,シミュレーションは観測データを良く再現し,得られた断層の姿勢(走向・傾斜角・深さ)は,過去の地質調査結果と良く一致した(走向:北から時計回り72.5±0.4°・傾斜角:斜面北向き85.1±0.4°・断層とボアホールとの交点:-57.5±3.3 m).また,観測結果から予想される断層露頭の位置と,過去の地質調査で見つかっている露頭の位置も一致した.加えて,断層破砕帯とみられる低密度領域の幅は,140±40 mという結果が得られた(図3.8.2)一般の断層と比べると非常に幅が広いが,過去の電磁気探査の結果とは調和的な結果となった.
跡津川断層の観測の結果,我々が開発したボアホール型ミューオン検出器は断層の透視を行う上で十分な性能を持ち、断層の姿勢及び破砕帯の幅の100mスケールでのリモートセンシングという,これまでの手法では不可能であった観測が可能となることが分かった.今年度は解析に加え,より小型な検出器の開発にも取り組み,電子回路の製造,シンチレータ検出器の製造を行った.今後は新たに開発した検出器を用いて、観測事例を増やし,防災研究への応用を行っていく.
2017年度より地震研究所と史料編纂所との連携研究機構として「地震火山史料連携研究機構」が設置され,地震予知研究センターからも教員・研究員が参画している.同連携研究機構では,東京大学デジタルアーカイブズ構築事業の一環として「日記史料有感地震データベース」を構築しており,2018年度から試作版を公開するとともに,順次データを追加している.また,いくつかの地点での有感地震の時空間分布の分析を行なった.「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」の一環として,地震関連史料データベースの構築を進めている.
1830年文政京都地震などについて,GISデータをWebで公開した.1925年北但馬地震の際の海軍史料などの分析から,震央付近の人的被害と救援活動について明らかにした.歴史地震研究におけるデジタルアーカイブの活用や人文情報学的手法の導入について検討した.欧州の歴史地震データベース(AHEAD, the European Archive of Historical Earthquake Data 1000-1899)で用いられているツールを活用して,歴史地震の震度データベースを試作した.
太陽系の岩石惑星の中でも,地球は,海と陸,活発な地震・火山活動,プレート運動と大陸移動,地球磁場を有し,生命を宿す「にぎやかな惑星」である.なぜ兄弟惑星である火星や金星と異なりこれほど活発で多様性に富むのか,その仕組み・鍵の一つは水にあると考えている.物質科学系研究部門・岩森研究室では,これらのユニークな地球の営み(=地球ダイナミクス)について,特に水と固体地球の相互作用に注目しながら,温泉や火山の調査,室内分析,データ統計解析,数値シミュレーションなど,さまざまなフィールドや手法を組み合わせて研究している.2019-2020年には,
- 島弧火山岩および地下水組成解析(地球化学解析および統計解析)に基づき,沈み込んだプレートから物質が供給され,マグマや深部流体が地表に達するまでのプロセスを定量的にとらえた.具体的には,(1)カムチャッカ半島北部における火山活動には,沈み込む海山列から供給された流体が関与していること,(2)日本列島に分布する有馬型塩水の組成,特に希土類元素組成の多様性は,沈み込むプレートからの脱水深度,上昇過程での冷却・酸化,天水との混合,および母岩との反応によって支配され,組成からそれぞれの寄与が分離できること,などが分かった.
- 地球表層を覆うリソスフェアが,地球内部のアセノスフェアと熱的・物質的にどのように相互作用するかは,プレート運動や地球内部物質循環,および地球の熱的進化を規定する重要なプロセスである.アフリカ・カメルーンでは,大陸リソスフェアがプルームあるいはマントル対流の上昇流と相互作用し,火山(カメルーン火山列)を生み出していると考えられている.カメルーン火山列のマグマの組成およびその時空間から,リソスフェア-アセノスフェアの相互作用を探った.マグマ中のアセノスフェア由来成分とリソスフェア由来成分を識別し,両者ともそれぞれ複数の成分が存在すること,量的には前者が卓越すること,ものの,より放射改変起源成分に富むリソスフェア由来と考えられる複数の成分が存在することが分かった.今後,これらを鍵として,リソスフェアがどのように熱的に変化したかを議論する.
日向灘は,巨大地震の発生してきた強い固着域である南海トラフの西端に位置し,固着が弱いと考えられている琉球海溝への遷移域である.日向灘・豊後水道における巨大地震の発生は確認されていないものの,南海トラフ地震の破壊領域の端に位置し,地震活動や固着メカニズムの解明及び防災計画立案に対し重要海域である.南海トラフと琉球海溝の境界に九州パラオ海嶺が存在し,そこを境として沈み込むプレートの凹凸や熱流量値が急激に変化している.また海山列の沈み込みが上部プレートの破砕や応力の局所的な増大をもたらし,日向灘・豊後水道における地震発生に大きく影響を及ぼしているであろう.これまでになされていない詳細な構造推定や原位置の岩石物性の把握を進め,定量的に地震分布・発生との関係を導く必要がある.
このプロジェクトでは,海山が現在沈み込みつつあるトラフ付近に焦点を当てる.沈み込む海山の前方に微動・超低周波地震が分布しており,明瞭な関連性が見られる.しかしながら,海山の具体的な位置・形状,プレート境界断層の形状,上盤内部の構造は十分に得られたとはいいがたい.加えて,過去に掘削が実施されていないため物性が不明であり,定量的なモデル評価が困難である.地震波による地殻構造推定が不可欠であると同時に,掘削を通じたコア採取・原位置計測・室内実験,孔内観測が必須である.
2020年4月に,国際深海科学掘削計画(International Ocean Discovery Program; IODP)に対して掘削予備提案を提出した.その後国際ワークショップ(9月)等を経て,10月に本提案を提出した.これと並行して,JAMSTECと共同で実施した地震構造探査の解析を実施した.構造探査は2021年度にも継続予定であり,その後掘削提案の改訂を経て,2024 年ごろに掘削実施を目指している.地震学・地質学・地球化学など学際的な連携が不可欠であり,国内(海洋開発研究機構・京都大学・高知大学・神戸大学など)のみならず,アメリカ・カナダ・ニュージーランド・フランスなどを含めた国際性の高いプロジェクトである.日向灘~豊後水道域では,海底地震観測,GNSS 観測が継続的に実施されていることに加え,防災科学技術研究所による N-net の敷設が予定されており,関連研究と連携していく予定である
日本海溝海側における太平洋プレートの屈曲変形に伴い,プレート上層部で水や物質・熱が活発に移動することを示す現象が,近年相次いで発見された.プレート内火成活動(プチスポット),広域的な高熱流量異常,地震波速度構造の異常等である.速度構造の異常は,屈曲変形で生じた亀裂に水が取り込まれたことを示唆しており,熱流量異常も,海洋地殻の破砕により流体循環が発達し,熱を運ぶことで生じたと考えられる.このような海溝海側での水と熱の流動は,沈み込むプレートの温度構造と水分布を変化させ,プレート境界の地震発生帯付近の環境条件に影響を及ぼすものである.また,海洋プレートに水が侵入し沈み込み帯に持ち込まれる過程は,物質循環やマグマの成因等,物質科学の観点からも注目されている.
これらの海溝海側で生じる過程に関して,科学研究費・基盤研究(A)「海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程とその沈み込み帯への影響の解明」(2018~2021年度)を軸とした総合的な研究を進めている.この研究では,海洋プレート上層部における水の動きとそれによる熱輸送に焦点を絞り,複数の研究機関が共同することで,地球物理学的探査,物質科学的分析,室内実験,数値モデリングといった幅広い手法を用いている.
2020年には,三陸沖日本海溝及び北海道沖千島海溝海域での観測調査航海を実施した.日本海溝では,海溝海側斜面の正断層近傍において,断層に沿った流体流動を捉えることを目指し,高密度の熱流量測定を行うとともに,堆積物コア試料を採取して間隙水の化学分析を進めている.また,2019年に設置した海底電位磁力計を回収し,プレート上層部の比抵抗構造(水分布)を調べる解析を開始した.千島海溝では,2018年に続いてアウターライズ上での熱流量測定を行い,局所的な高熱流量異常の存在を確認した.これらの観測で明らかになってきた,日本海溝・千島海溝海側の熱流量分布の特徴は,プレートの屈曲で破砕された海洋地殻の構造(透水率分布)を反映していると考えられる.さまざまな透水率構造を仮定して流体循環の数値モデル計算を行うことにより,観測された熱流量異常から海洋地殻の破砕過程に関する情報が得られつつある.
多様な分野の研究者による議論や情報交換を推進する場として,日本地球惑星科学連合・米国地球物理学連合の合同大会で,沈み込み帯へのインプットに関するセッションを開催した.また,海洋プレート屈曲断層の実体と水の流入過程の解明を目指して,日本海溝アウターライズを掘削する計画の検討を進め,IODPによる掘削の本申請を提出した.