部門・センターの研究活動」カテゴリーアーカイブ

3.10.1 地震・火山噴火予知研究協議会企画部

 全国の大学等が連携して実施している「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」を推進するために,地震研究所には地震・火山噴火予知研究協議会が設置されている.地震・火山噴火予知研究協議会の下には,推進室と戦略室からなる企画部が置かれ,研究計画の立案と実施で全国の中核的役割を担っている.企画部推進室は,流動的教員を含む地震火山噴火予知研究推進センターの専任教員,地震研究所の他センター・部門の教員から構成されている.流動的教員は,地震研究所以外の計画参加機関にも企画部の運営に参加してもらうために,東京大学以外の大学,関連機関から派遣されており,2年程度で交代する.戦略室には,効果的に研究計画を推進するために,東京大学地震研究所以外の多くの大学の研究者も参加している.企画部では次のような活動を行っている.

1. 協議会の円滑な運営のため常時活動し,大学等の予算要求をとりまとめる.
2. 地震・火山噴火による突発災害発生時に調査研究を立ち上げるためのとりまとめを行なう.
3. 大学の補正予算等の緊急予算を予算委員長と協議し,とりまとめる.
4. 研究進捗状況を把握し,関連研究分野との連携研究を推進する.

例年は3月に成果報告シンポジウムが開催され,大学だけでなく研究計画に参加するすべて機関の研究課題の成果が発表されてきたが,2020年は5月に計画推進部会などごとの成果発表によるオンライン縮小開催となった.科学技術・学術審議会測地学分科会が毎年作成している成果報告書では,各課題の成果報告に基づいて全体の成果の概要をとりまとめている.

 2019年度から開始された「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)」では,災害科学として重要な次の5つの対象について,研究分野を横断した総合研究を実施することとなっている.南海トラフ沿いの巨大地震,首都直下地震,千島海溝沿いの巨大地震,桜島大規模火山噴火,高リスク小規模火山噴火.これら総合研究を効果的に実施するために,それぞれについて総合研究グループを設置して,研究集会等によりグループ内での密接な情報交換ができるようにした.2020年12月には,観測データや物理モデルを利用した地震長期手法の開発などをテーマとした,地震長期予測ワークショップをオンライン開催した.地震・火山噴火予測研究の現状を正確に社会に伝えることを目的として,主に報道関係者を対象とするサイエンスカフェを5回開催した(4月以降はオンライン開催).

3.10 地震火山噴火予知研究推進センター

教授加藤尚之(センター長),吉田真吾,加藤愛太郎(兼任),森田裕一(兼任),大湊隆雄(兼任)
准教授大園真子
助教小山崇夫,五十嵐俊博
特任研究員GRESSE Marceau
学術支援職員荒井道子

3.9.4 CREST次世代インテリジェント地震波動解析プロジェクト

日本には,国の機関等が整備した数千点の観測点で得られる高精度地震計測データのほか,建造物,電気・ガス等のライフライン,スマートフォンが持つ加速度計等のデータが存在しており,これらを活用する次世代の地震計測ビッグデータベースが構築されつつある.最先端ベイズ統計学に基づいて,これらの多種多様な地震計測データを包括的に解析するためのアルゴリズム群を開発し,地震防災・減災や地震現象の解明に役立てることを目的とするプロジェクトが,科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測解析手法の開発と応用」(略称:「情報計測」CREST)における研究課題「次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析」(略称:iSeisBayes)として,2017年10月に発足した.本研究課題は,地震研究所の地震学の専門家と,東京大学大学院情報理工学系研究科の統計学の専門家との異分野交流プロジェクトであり,2023年3月までの5.5か年にわたって実施される.2020年度からは,東北大学大学院工学研究科の流体力学の専門家グループが新規加入し,同分野において用いられているスパースセンシングなどの新しい情報科学技術に基づく地震データ解析アルゴリズムの開発に着手した。2020年は,深層学習とグラフ理論を用いた地震波形記録の自動検出アルゴリズムの高度化を継続した。また,開発した地震解析手法の性能を評価するためのデータセットの構築をほぼ完了し,まもなく公開予定である.また,強震動予測等において重要な地震の応力降下量の推定法について,既存の地震学的解析手法に統計学的手法を採り入れた解析をほぼ完遂した.さらに,確率分布を同定したより適切なモデル構築,状態空間モデルを導入した情報抽出,地殻内の地震波速度不連続性に適合的な正則化による地震波トモグラフィ,首都圏周辺の地震観測網データに基づいて地表面における地震波の時空間発展をイメージングするための地震波動場再構築手法の開発を継続的に進めるとともに,情報科学的手法に基づく地震観測点選択アルゴリズムの開発に着手した.

 本研究には,計算地球科学研究センターの他,地震予知研究センター,観測開発基盤センター,地震火山情報センターの教員と研究員が参加している.

[情報計測] 計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用プログラム概要
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah28-3.html

H29年度採択課題:次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/project/1111092/1111092_2017.html

iSeisBayesホームページ
http://www.eri.u-tokyo.ac.pj/project/iSeisBayes/

3.9.3 「富岳」プロジェクト先端的数値解析の研究開発

ポスト「京」(現在の「富岳」)を有効に活用するため,ポスト「京」で重点的に取り組む社会的・科学的に重要課題のひとつとして「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」が選定され,地震研究所はこの重点課題の代表機関を担った.2020年3月に最終成果発表会を開催し,2019年度末で本プロジェクトは予定通り終了した.この過程で,大規模シミュレーションを可能とする先端的数値解析の研究開発のための基礎的な数理研究と計算科学研究の学理が涵養され,2020年度から開始された「富岳」成果創出加速プログラムでは,「富岳」の性能を引き出すように計算科学・計算機科学の最先端技術を駆使して,地殻変動・地震動・地盤震動・都市地震応答等の地震に関する高性能大規模シミュレーション手法を開発している.

上記の過程を通して,首都直下地震を対象として,山手線内の30万を超える構造物の地震動応答解析を行えるだけの解析技術が整いつつある.10Hzまでの精度保証可能な1000億自由度級の有限要素法モデルを用いて,断層から地表までの地震動解析,地表近傍の堆積層による地盤震動解析を行う.これらの解析技術は上記の基礎的な数理研究と計算科学研究に立脚する成果であり,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な賞のひとつであるゴードンベル賞の最終選考論文5編に2014年2015年2018年に選ばれた.地殻構造の幾何形状が地殻変動の弾性・粘弾性挙動に大きな影響を及ぼすことが指摘されていることから,構築中の技術のこれらの解析への展開も進められている.2016年には,日本列島全てを含む広領域において高詳細な地殻モデルから構築した100億自由度以上の有限要素モデルを用いた弾性・粘弾性地殻変動解析等が行われた.また,2兆自由度を超える有限要素モデル構築技術及びこれを用いた地殻変動解析技術を開発し,プレート境界の応力分布推定のための超高分解能有限要素解析が可能であることを示した.これらの成果は,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な国際会議のひとつであるSCにおいて受賞するなど計算科学の分野においても高い評価を受けている.また,2017年には上述の山手線内の1000億自由度級の有限要素法モデルを用いた解析と人工知能を組み合わせた地震の揺れの推定高度化に関するする成果がSCにおいて受賞するなど,新たな研究の展開が進むと同時にその内容も高い評価を受けている.さらに,2018年には人工知能により高性能計算を高速化するというあらたな「人工知能と高性能計算の融合の在り方」を試みた超並列ソルバーを開発し,2018年時点で世界最速のスーパーコンピュータである米国Summitにおいて従来を凌駕する高性能を達成し,上述のようにゴードンベル賞の最終選考論文に選ばれた.また,2019年には人工知能用演算加速器を物理シミュレーションに適用可能とすることで,エクサ級のkernelにより全系で400ペタの速度を実現した新たな方程式ソルバーを開発した.2020年には,地震シミュレーションにおいて幅広く使われているものの,「富岳」で高速計算が難しいとされている非構造格子型有限要素法について,京コンピュータ全系と比較して富岳全系で59.2倍の高速化を達成するなどシミュレーション能力を大幅に引き上げると期待される新たな先端的な大規模シミュレーション手法の開発に成功するとともに,人工知能により微分方程式を学習することで方程式ソルバーの高速化を可能とする新たな手法の開発にも成功している.以上のように,新しい分野を開拓するとともに,継続的に高い国際的評価を受けている.

 

3.9.2 巨大地震関連現象の解明に資するデータ同化およびデータ駆動型モデリングの研究開発

(1)革新的データ同化の創出を目指して

科学研究を進める上において,物理・化学法則等に基づく数値モデルと,観測・実験に基づくデータの比較が重要であることは論をまたない.しかしながら,近年の巨大スパコンの登場や大規模地球観測網・実験設備等の整備に伴い,大規模数値モデルと大容量観測データを突き合わせることすら容易ではなくなってきた.数値モデルと観測データをベイズ統計学の枠組みで統融合するための計算技術であるデータ同化は,時々刻々と入力する観測データに基づいて各時刻における状態の逐次推定を行う「逐次データ同化」と,予め決められた時間窓において観測データと最も整合する状態を探索する「非逐次データ同化」とに大別される.大規模数値モデルへデータ同化を実装する際には,4次元変分法を始めとする非逐次データ同化を用いるのが常套であり,例えば気象予報は主に4次元変分法に基づいて行われている.

従来の4次元変分法は,事後分布の局所最大を与える状態を推定するのみであり,その不確実性を推定することが原理的に不可能であるという大きな欠点があった.我々は,2nd-order adjoint法を採り入れることにより,不確実性評価が可能な4次元変分法を開発することにより,これを解決した(Ito et al., 2016).このようにして得られた不確実性は,観測デザイン最適化のためのフィードバックともなる極めて重要な情報である.

本年度はこの不確実性評価法を、豊後水道沈み込み帯を模擬した境界要素モデルに適用し、断層面内の摩擦パラメータを空間場として推定し、その不確実性を評価するアルゴリズムの開発を継続実施した.これにより沈み込み帯で発生するスロースリップ現象の物理と摩擦パラメータ空間場の関係の定量的評価が可能となる.

また,必要なメモリを最低限に抑え,さらにヘッセ行列の数値誤差を計算機誤差まで抑えることを可能にする2nd-order adjointモデルの最適な数値積分法の選択法を提案した(Ito et al., 2021).本手法は,2nd-order adjoint法に登場する微分方程式群に内在する保存量を離散化後も保存するような数値積分法を構築し,高精度なヘッセ行列計算を可能にする.反応拡散系や波動方程式系の初期値推定問題やパラメータ推定問題などを通じて本手法を検証し,本手法から提案される数値積分法は,従来用いられてきた数値積分法に比べて,ヘッセ行列に含まれる数値誤差を劇的に抑えることを確かめた.

(2)情報と計測の融合に資する数理的手法の開発

本センターは,科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」において,平成29年度に採択された研究課題「ベイズ推論とスパースモデリングによる計測と情報の融合」に参画し,本学大学院新領域創成科学研究科,統計数理研究所,海洋研究開発機構との協働により,ベイズ推論に基づいて実験計測効率を最大限に高める「ベイズ計測」を実現するための情報数理基盤の開発研究を実施している.

本年度は,2.5次元古典スピン系の磁化ダイナミクスを双極子間相互作用を含む時間依存 Ginzburg-Landau (TDGL) 方程式によって実現し,平衡状態で見られるドメインの空間パターンを分類する方法論を構築した(Anzaki et al., 2021).

(3)画像データからの深部低周波微動シグナル検出に向けた深層学習モデルの構築

現在のようなデジタル記録以前においては,地震波形データはペンによって振動を連続的に記録紙に直接書き記したドラム式のアナログ紙記録として保存されていた.数十年〜数百年という地震発生サイクルの時間スケールを考えると,過去の地震波形データにスロースリップイベントに伴う深部低周波微動が記録されているかどうかを詳しく調べ,その特徴をさらに明らかにすることは,地震学において当然検討すべき重要課題である.このようなアナログ紙記録には,深部低周波微動や通常の地震だけでなく,地球内部以外に起因する振動や人工ノイズ,さらには一定時間ごとに挿入される刻時のためのパルス波形など,多種多様な波形が重畳している.

本研究では,畳み込みニューラルネットワークに基づき,アナログ紙記録から深部低周波微動を自動で検出するためのアルゴリズム開発を実施した.数値実験によって学習済みモデルを検証したところ,人工データに含まれる微動の有無をほぼ確実に正しく判定することを確認した(Kaneko et al., 2021).

3.9.1 計算地震工学分野での大規模数値解析手法の開発に関する研究

断層-構造系システムとは,対象とする断層と構造物から成る地殻と構造物のモデルである.断層から生成される強震動と,その強震動に対する構造物の地震応答を計算するために使われる.開発されてきた独自のマルチスケール解析手法を改良し,大規模化・高速化を実現し,断層-構造系システムの解析を行っている.なお,大規模化・高速化の結果,従来の手法を凌駕する時間・空間分解能で,断層から伝播する地震動に対する構造物の地震応答を計算することに成功した.断層-構造系システムの根幹である地震波動の計算では,地盤・地殻構造の幾何形状を詳細にモデル化することが重要であり,このためには有限要素法を用いる必要がある.しかし,有限要素法は差分法に比べ,計算コストが膨大となる.数理的な観点から分析し,計算コストを低減させる効率的なアルゴリズムを考案し,マルチスケール解析手法の計算コードに実装した.実装に際して並列化性能を上げることにも成功した.断層-構造系システムの大規模数値解析手法の開発では,このように基礎的な数理研究と計算科学研究にも重点が置かれている.断層-構造系システムの具体的な対象として,大規模地下トンネルや原子力発電所といった実際の大規模構造物も挙げられる.実構造物に忠実な大自由度の解析モデルを構築し,改良されたマルチスケール解析手法を適用し,地震応答を計算している.構造物の特性を理解するためには,民間企業等の協力が必須であり,共同研究を介することで実構造物のより現実的な地震応答解析手法の構築をすすめている.
 断層-構造系システムにおける地震波動の計算の高性能化を目指し,大規模で複雑な断層系の震源過程をシミュレーションするために,三次元不均質体内のき裂伝播を効率的にモデル化可能なPDS-FEMをベースとした高性能計算シミュレーション手法の開発を行っている.これにより,複雑な断層形状,不均質な摩擦特性,不均質で非線形な材料などを含む大規模な三次元モデルにおいて,Super-shear ruptureを含む多様な震源過程をより詳細にモデル化出来るようになり,強震動シナリオ構築に寄与すると期待される.また,PDS-FEMは三次元不均質体のき裂伝播一般を正確に扱うことが出来るので,上記のような強震動の震源過程だけではなく,多様なスケール・メカニズムの破壊過程の現象解明を目指した展開も期待される.
 断層-構造系システムの応用として,広域都市の震災想定を高度化することを目的として,広域都市をモデル化し,その地震時応答をシミュレーションする統合地震シミュレータ(IES)の開発を進めてきた.災害後の経済の迅速な復興を支援するために,このIESと連携可能な,高性能計算に基づく高分解能エージェントベース経済シミュレータ(HP-ABES)の開発を進めている.このHP-ABESは,日本のような大規模経済圏の数億の経済主体(個々の企業,家庭,銀行など)をシミュレーションすることが可能であり,ガス,水道,交通などのライフラインネットワークやサプライチェーンネットワークのような現実世界の複雑性を考慮するのに十分な柔軟性がある.IESとHP-ABESを統合することで,自然災害や災害後の経済の進展の高分解能でシームレスなシミュレーションに成功している.より詳細なデータを活用し,HP-ABESの性能向上を図ることで,災害が経済にもたらす影響の定量的検討への貢献が期待されます.図.3.9.1

3.9 計算地球科学研究センター

 

教授市村 強 (センター長),古村孝志(兼務),佐竹健治(兼務),田島芳満(工学系研究科,兼務)
准教授ラリス・ウィジャラットネ,長尾大道,鶴岡弘(兼務), 中川茂樹(兼務)
助教藤田航平,伊藤伸一
特任助教熊澤貴雄
特任研究員長谷川慶,安崎遼路,平田 直
学術支援専門職員長﨑由美子,吉田美和
外来研究員堀 宗朗,大塚悠一,桑谷 立,椎名祐太,高橋勇人,前根文子,三橋祐太,森川耕輔,山本 実,吉田健太
大学院生山口拓真(D3),Quaranta Lionel (D3),Gill Amit(D2),日下部亮太(D1),Wang Pengxiang (M2),Dharmasiri Migel Arachchillage Kasun (M2),村上和也(M2),小田倉雅人(M2),櫻井 航(M2),村上颯太(M2),Akram Muhammad Naveed(M2),山名祐輔(M1),菊地由真(M1),Cong Dai Doan(M1),金子亮介(M1)
学部学生安久岳志(B4)

計算地球科学研究センターは,東日本大震災を契機として2012年4月に設立された巨大地震津波災害予測研究センターで培ってきたシミュレーション技術等の計算科学分野における知見を十分に活用しうる目途がついたことにより,当該分野の研究体制をさらに強化するとともに,従来の地球科学との融合をより加速していくため,巨大地震津波災害予測研究センターからの改組により2019年9月に設立された.本研究センターでは,地震研究所で培ってきた固体地球観測と高速計算によるシミュレーション技術を融合した計算地球科学の創成を目指している.関連する学内連携を強化しつつ,観測データを活かす高性能計算プログラムとそれを使った大規模シミュレーションの研究開発を行い,計算地球科学の国際的卓越性の確立を目指すとともに,地震・津波・災害の現象解明・予測研究分野での学際的・国際的に卓越した若手世代の育成を目指している.

3.8.3 国際活動

国際桜島ミュオグラフィ観測所の強化

2020年12月,ウィグナー物理学研究センターのリモート参加により,国際桜島ミュオグラフィ観測所(SMO)の強化作業を実施した.

Muographers 2020(rescheduled)

2021年1月22日の日程で,主催:The University of Oulu Kerttu Saalasti Institute, 共同主催:東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構、国際ミュオグラフィ研究所 により,Muographers 2020 General Assemblyを実施した.フィンランド,英国,イタリア,ポーランド,日本,チリ6か国8機関から22名の参加があった.

MUOGRAPHY ART ワークショップ

2021年2月3日,東京大学基金「ミュオグラフィリベラルアーツ」の一環としてMUOGRAPHY ARTの国際ネットワークの拡大を目的としたオンラインワークショップを開催した.参加機関はCERN,関西大学,欧米で活躍するアーティストグループ,国際ミュオグラフィ連携研究機構であった.

国際共同研究に関する打合会

Hyper Kilometric Submarine Deep Detectorの英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設への実装についてのオンラインの打合会を2020年12月16日に実施した.参加機関は英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設,シェフィールド大学,国際ミュオグラフィ連携研究機構であった.国際エトナミュオグラフィ観測所(EMO)の実現に向けて,打合会を実施した.参加機関はカターニア大学,ウィグナー物理学研究センター,国際ミュオグラフィ連携研究機構であった.

3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a)深層学習による画像認識技術を用いたミュオグラフィ画像解析

 東京大学医学部附属病院コンピュータ画像診断学/予防医学講座と共同で画像認識で威力を発揮するconvolutional neural network(CNN)を用いた深層学習の手法を用いた,火山の噴火予測への適用可能性を探索するスタディを開始した.同講座では医用画像データをもとにした画像診断AIソフトウェアおよびそのプラットフォームの開発を行っている.医学領域では医用画像を表示,解析する技術が高度に発達しており,特に近年ではディープラーニングを用いた画像解析により,AIソフトウェアが人間の目以上の画像識別能力を示すに至っている.一方,今後膨大な数の時系列的画像が生成されることが予想されるミュオグラフィ分野においても,医学分野において高度に発達してきた画像解析技術を応用し,ミュオグラフィによる火山内部構造の新たな解析技術の確立を目指す研究は意義深い.火山のミュオグラフィは素粒子の飛跡情報を火山内部の異常の有無の判断や質的な評価につなげる事を最終目的としており,医用画像の解析と共通する点が多い.

 一日一枚のリアルタイムに桜島浅部の透視画像(800画素:100 mの空間分解能)の自動処理の一環として,機械学習(CNN)による噴火判定プログラムを開発した.プログラムの性能を確認するために,2014年〜2016年に取得されたデータの中から過去7日間の連続透視画像を学習した結果を翌日の噴火の有無の判定に適用した.その際 a)7日間中断なく計測されたデータのみを使用 b) training, validation, testでデータの重複がないようにした(eruption dayが他のデータのprediction dayに含まれないように調整)  c) 噴火の有無を半々となるように調整を行った.その結果,学習データ期間外のデータに適用した場合噴火予測と実際の噴火の有無の一致を示す正答率(accuracy)は71%で,過去7日間に噴火した日数を基にした予測の正答率の57%を上回った.噴火しない日を正しく噴火しないと予測できた割合は約85%とさらに高かった.

(b)全方位ミュオグラフィによる火山観測研究

 火山体の内部構造は,火山噴火のダイナミクスを反映すると共に,火山活動の推移や歴史を記録している.噴火現象を理解する上で重要な情報の一つは,マグマを地表に供給するシステムである火道の形状,特に浅部の形状である.しかしながら,一方向からのミュオン観測では,その方向に沿って積分された密度長のみが測定可能な物理量である.ミュオンの経路に沿った方向に対しては構造を分離できない.そのため,例えば火山の火道付近の構造のみに興味があっても,山体の他の部分の不定性が混入する.この不定性を取り除くには,異なる方向から対象を観測する必要がある.今日三次元密度イメージング手法として発展を遂げたX線Computed Tomographyのように,ミュオグラフィも原理的には観測方向を増やすことによって三次元空間分解能を得ることができる.過去に2方向,あるいは3方向からのミュオン観測が行われた例もあるが,火山学的に有意義な三次元空間分解能に達するためには観測方向をさらに増やす必要がある.

 静岡県伊東市に位置する大室山スコリア丘に対し,山体を囲むように乾板検出器を設置することで,多方向からミュオンの減衰を測定し内部の三次元密度構造を推定する試みが現在進められている.これまでに行われてきた観測を表1に示す。

表1:これまでに大室山周辺に設置した原子核乾板検出器の一覧。観測の方向数における「+」は,以前と同じ場所に設置するのではなく,新たな方向から観測することを意味する。

設置した年(西暦)観測の方向数一方向辺りの有効面積(cm2観測期間(days)進捗など
2018310060解析結果をまとめ中
2019+820090解析結果をまとめ中
2020+8600120現像まで完了

 2018,2019年に設置された原子核乾板検出器について解析を進めている。現像・膨潤処理後に各乾板に記録されたミュオン飛跡の画像はデジタルデータ化され,観測時に入射したミュオンの飛跡がデータ上で再構成され,ミュオンフラックスが測定された。ミュオンの減衰データと大室山の地形から,各々の方向について2次元角度空間における平均密度を求めた。大室山と周辺の地形図と2019年に設置された山体を一様密度であると仮定した場合の各方向からみた平均密度をそれぞれ図3.8.3に示す。
 2020年春には可搬型重力計を用いた大室山の重力観測も行った。目的は(1)大室山の密度に関して独立な測定情報を得て,多方向ミュオグラフィの結果と比較すること,(2) 将来ミュオン観測と重力観測と組み合わせたジョイントインバージョンを行い,より精密な三次元密度構造を求めること,である。(1)について,山体の密度を一様であると仮定したときの平均密度を,1.39±0.07 g/cm3と算出した。この結果は各ミュオン検出器で推定された値(1.41~1.52g/cm3)と調和的であった。これらの基礎データを元にして, 2019年までに得られた11方向のミュオン観測データを用いた大室山の三次元密度再構成の解析を行う予定である。

(c)宇宙線電磁成分の減衰を用いた土壌水分量の測定

 マグマの移動に伴う質量移動を検出する方法として,ミュオグラフィの他には,地表面での重力の時間変動を追う方法がある.重力計によって得られた重力値の時系列データを眺めていくと,降雨に追随した明瞭な変動が見られることがある(振幅にして約10マイクロgal).これは,雨水の質量による万有引力の効果を重力計が受けるために生じる.このような雨水擾乱の効果を正しく補正しなければ,マグマの質量移動を正しく議論できない.そうした雨水の効果を,別の物理探査主張から定量的に把握するための方法として,宇宙線に含まれる電磁成分(電子・陽電子・ガンマ線の総称)を用いたラジオグラフィ手法の開発に取り組んできた.

 宇宙線に含まれる電磁成分は,ミュオンと比べると物質の貫通能は乏しいものの,その分,雨水による僅かな質量変動に応じて大きく減衰されることが期待されるため,土壌水分量の測定が可能で,連続重力測定データなどに見られる雨水擾乱の補正に効果的である.このアイデアの実証のため,国土交通省大隅河川国道事務所・有村観測坑道(桜島)の中に,特別な検出器を設置し測定を行ってきた(図3.8.4a).
 今年度は,2014~2019年にかけて断続的に測定されたデータの解析に取り組んだ.これらの時系列データ(図3.8.4b)を見ると,電磁成分の強度と大気圧の変動によるこれらの変動を補正したところ,雨量と電磁成分強度の間に負の相関が見つかった(図3.8.4c).  こうした降雨に伴う電磁成分強度の現象は,坑道上の土壌に浸透した降水によって電磁成分が吸収された結果だと解釈できる.現在,プールを用いた較正試験とモンテカルロ・シミュレーションを併用して,この解釈の正当性を検証している.ただし,図3.8.4cで見られた電磁成分強度の減少は非常に小さい.これまで観測を行ってきた有村観測坑道は軽石層に覆われており,雨水がすぐに地下へ流れてしまったからであると推測される.そこで,土被りの分厚い他の地点に移設して,追加試験を行うことを検討している。

(d)ニュートリノ振動を用いた,地球深部の化学組成・密度構造測定

 ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動,本学梶田教授2015年ノーベル賞).ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,及び媒質中の電子数密度で一意に決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度分布を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成(原子番号と原子量との比)をイメージングすることも可能である.

 ハイパーカミオカンデは,次世代のニュートリノ観測装置であり,スーパーカミオカンデの8倍の巨大な有効体積と,高いエネルギー・角度分解能を備える.これを用いることで,地球液体核やマントルの化学組成に制限を与えられることが,これまでの研究から明らかとなっている.ハイパーカミオカンデは,2020年度より建設が開始され,現在,様々な建設作業が行われている.

 地震研究所では,ハイパーカミオカンデの主要構成要素である,光検出器の研究開発を,宇宙線研究所ほかと共同で行ってきた.特に,地震研究所では,光電子増倍管に用いられるガラスの高品位化に取り組んできた.光電子増倍管は既に2020年度から量産が開始されているが,最初のロットでは,ガラスの高品位化の結果,感度が5%向上していることが分かっている.今後,ガラスの高品位化が光電子増倍管の雑音レベルの低減にどの程度影響したのか,評価を行っていく.今年度はガラスの高品位化に加えて,鉱山活動のハイパーカミオカンデへの評価も行った.特に,鉱山での発破に伴う振動加速度レベルの測定を行った.ハイパーカミオカンデは稼働中の鉱山の近傍に建設されるため,また,我が国の歴史の中でも最大級の大規模実験であるため,鉱山活動に伴う詳細なリスク評価を事前に行っておく必要がある.半年間の評価の結果,鉱山活動に伴う振動は,スーパーカミオカンデ建設地で記録されたものと同程度であり(図3.8.5),ハイパーカミオカンデの建設・稼働には大きな影響がないと予想される.2021年度も継続して測定を行い,より正確なリスク評価につなげたいと考えている.また,急激な気圧の変化(空振)等,より多面的なリスク評価も行う予定である.

3.8 高エネルギー素粒子地球物理学研究センター

教授相原博昭(兼任),田中宏幸(センター長)
助教宮本成悟,武多昭道,西山竜一(兼任)
特任研究員保科琴代,OLÁH László
学術支援専門職員市川雅一
大学院生長原翔伍(D3)

本センターの設置目的は,宇宙線ミューオンやニュートリノ等の高エネルギー素粒子を用いて,これまでにない高い分解能(10-100m程度)で断層や火山などの固体地球内部を透視し,地震・火山現象の解明と防災・減災に貢献することである.そのためには素粒子透視技術(ラジオグラフィー)の一層の高度化が必要となる.とくに素粒子検出デバイス開発に対しては,小型・軽量・低消費電力という野外観測からの要求に応えつつ,一方で空間的にも時間的にも高い解像度を確保することが,世界の中でのリーディング・エッジを今後も確保することが欠かせない.また,一方でこれまでは火山に限定されてきた応用分野を,地震断層等にも広げていくことが望まれてきた.これらのことを念頭に,当センターで進めてきた研究活動を以下に述べる.